工場は死角が多い
昼休みが終わるまで、まだ5分ほど時間があったが、高木は少し早めに部材倉庫へ向かった。午後からの作業に備えておこうという気持ちもあったが、それ以上に、食堂で無駄に時間を潰すのが嫌だった。
倉庫の中は静かで、ひんやりとした空気が漂っていた。高木は適当なパレットに腰を下ろし、チャイムが鳴るのを待った。
すると、不意に音がした。
棚の向こうにある空調機械室の扉が開く音だった。
(誰かいるのか……?)
あそこは空調設備が置かれた狭い空間で、普段、人が入ることはほとんどない。たまに置き場に困った不用品を仮置きするときぐらいだ。昼休みに入る理由はないはずだ。
高木は反射的に気配を殺し、棚の陰からそっと様子を窺った。
出てきたのは、平末と美樹だった。
(は……?)
思わず息を呑んだ。
二人は何気ない顔で周囲を確認しながら扉を閉めた。やましいことはない、と言わんばかりの態度。しかし、高木の目の前で起こった出来事が、その「何気なさ」を裏切った。
平末が軽く美樹を抱き寄せた。
美樹も、それを受け入れるように身を寄せた。
一瞬のことだったが、はっきりとハグを交わしていた。
(マジかよ……)
高木は咄嗟に身を伏せ、パレットの上に寝そべった。心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
(あいつ、沙耶と付き合ってるんじゃなかったのか?)
ただの同僚同士で、わざわざ人目につかない空調機械室に二人で入るだろうか? しかも、あの親しげな雰囲気……。
(ふざけんなよ……)
胸の奥がざわざわと波立つ。怒りなのか、嫉妬なのか、あるいは別の感情なのか、自分でもよく分からなかった。ただ、もやもやとした塊が腹の中で膨らんでいくのを感じた。
やがて、平末と美樹はそのまま別々の方向へ歩いていった。高木はそっと頭を上げ、二人の背中を見送った。
(なんなんだよ、あいつ……)
静かな倉庫の中に、高木のやるせない気持ちだけが取り残されていた。