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異端令嬢と無感情公爵 〜眠れる心を取り戻す運命の恋〜  作者: 無月公主


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48話目

――雷の魔力を吸収し尽くした瞬間、ビトリアンの体に確かな違和感が走った。


(これは……ティチェ……?)


ディアンナの魔力の奥深くに、確かに感じたのは 未来のティチェルリスの気配 だった。


長い時間をかけて、彼女の体に宿り続けた存在。 まるで、魂ごと取り込まれたかのように。


(赤子の頃から……未来のティチェルリスが、ディアンナの体を乗っ取っていた?)


――いったい、どうしてこんなことに?


吸収し終えたディアンナは、まるで生まれたばかりの赤子のようになってしまっていた。 意思のない目、言葉も発することなく、ただ茫然としたまま床に座り込んでいる。


(これが、ディアンナの本来の姿……。)


それほどまでに、彼女の生きてきた時間は"何者か"に支配されていたということだ。


ビトリアンは、ゆっくりと手を握りしめる。


(やっと掴めた……すべてがわかった。)


そして、こう確信する。


――ならば、ティチェも……。


彼は強く拳を握りしめると、すぐさま屋敷へと戻った。


――———————

――—————


――ガーナンドブラック公爵家。


屋敷の玄関をくぐると、すぐに執事のマルチェが待ち構えていた。


「……マルチェ。」


「お帰りなさいませ、公爵様。」


「……ティチェは?」


彼女の姿を探しながら問いかける。


しかし――マルチェの表情がわずかに曇った。


「それが……どこを探しても、見当たりません。」


「……え?」


一瞬、耳を疑った。


「書物庫にいらっしゃったのですが……ダリアも外の扉を見張っておりました。それなのに、忽然と消えてしまいました。」


「――っ!」


胸がざわつく。


ティチェが……消えた?


(何が……起こった?)


ビトリアンは息を詰めると、すぐさま外へ駆け出した。


広がる夜の闇。


冷たい風が吹き抜け、庭に積もった雪をさらっていく。


(ティチェ……どこにいる!?)


視界は悪い。 だが、彼女の痕跡を探る術はある。


ビトリアンはそっと目を閉じた。


――雷の気配を探る。


彼女が残した魔力の痕跡が、空気の中に漂っているはずだ。


ゆっくりと、指先に魔力を集める。 周囲の微細なエネルギーの動きを感じ取りながら、意識を研ぎ澄ます。


しかし――。


(……ない。)


微かに感じるのは、彼女が書物庫にいた痕跡だけ。 そこから外へ出た形跡もなく、移動した気配すらない。


「……どういうことだ。」


まるで、一瞬にして消滅したかのように、痕跡すら掴めない。


(ティチェ……どこにいる?)


焦燥が胸を締めつける。


(まさか……未来の僕が……!?)


あの男なら、ティチェをどこかへ連れ去ることなど造作もないはずだ。 だとすれば――。


――もう迷っている時間はない。


ビトリアンは決意すると、目を閉じ――次の瞬間、全身が雷光に包まれた。


"プラズマ体"になる。


身体が一瞬で光へと変わり、空へと飛び立つ。


(ティチェ……!!)


――せっかく、手がかりを掴んだのに!!!


大気を切り裂きながら、雷光は夜の闇の中へと消えていった。


――————————

――—————


――冷たい風が、頬を打つ。

雪をかぶった木々の間を、ティチェルリスは必死に走っていた。


森は深く、暗い。

どこまで続くのか分からない木々の間を、ただひたすら駆け抜ける。


「ティチェ……どこへ行こうというのですか?」


背後から、静かな声が響いた。

それは優しく、どこか微笑みを含んだような声だった。


未来のビトリアン――。


(……心の中まで読まれていなくて助かったわ。)


ティチェルリスは、安堵しながらも息を切らし、走り続ける。

どんなに冷静なふりをしても、彼が本当に企んでいることは分かっている。


――今のビトリアンの体を、乗っ取ろうとしている。

そして、その方法とは 『もう一度、共鳴を起こすこと』 だった。


共鳴――それは、ティチェルリスとビトリアンの魔力が混ざり合う現象。

一度でも起これば、未来のビトリアンは完全に"今のビトリアン"の体に入り込むことができる。


(……そんなことになったら。)


もう ビトーには会えない。

彼が、彼じゃなくなってしまう――。


「……っ!」


その思いが、ティチェルリスの足を止めた。

森の奥――誰の気配も感じない場所で、彼女はふらりと座り込む。


肩で息をしながら、胸を押さえる。

心臓が痛いほど早鐘を打っていた。


未来のビトリアンは、すぐに彼女の隣へ膝をついた。


「ティチェ、帰りましょう……。こんな寒い場所にいたら、風邪を引いてしまいます。」


優しい声。

いつものように、彼はゆっくりと腕を回し、ティチェルリスをそっと抱きしめる。


(……なんで、こんなに優しいのよ。)


彼の体は、まるで本物の人間のように温かかった。

雷の魔力が、じんわりと流れ込んでくる。


けれど――その温もりは、どこか違った。

ティチェルリスが求めるものではなかった。


「……待って。」


彼の腕の中で、ティチェルリスはかすれた声を出す。


「今のビトリアンの顔……見たくないのよ。落ち着くまで待って。」


彼の腕の中から逃げることはできなかった。

それでも、ほんの少しの時間稼ぎにはなる。


(帰ったら、嫌でも共鳴させられる気がする。)


彼が今、無理にでも自分を連れ帰ろうとしないのは、ティチェルリスの魔力が必要だからだ。

帰った瞬間、ビトリアンと共鳴させられてしまう。


なら――どうすればいい?


いっそ、このまま……。


(離れて……離婚されるのも、いいかもしれない。)


もしそれが、ビトリアンを守るための唯一の方法なら――。


「ねぇ。」


ティチェルリスは、未来のビトリアンの胸元に顔をうずめながら、ぽつりと呟いた。


「今まではどうして、もっと早く乗っ取らなかったの?」


彼は少しだけ間を置いてから、静かに答えた。


「まだティチェの魔力が、不安定だったからですよ。」


(……魔力?)


「ガーナンドブラック家に来て、ようやく雷の魔力を補給することができました。」

「だから僕も、力を蓄えることができたのです。」


ティチェルリスは、ゆっくりと瞳を伏せた。


(なるほどね……。)


――ガーナンドブラック家は、その地の豊潤な魔力で雷を補給できる。

けれど、それを王家に悟らせないように、今までひっそりと生き延びてきたのだ。


発展を望まず、静かに、ただ存続するために。


(まぁ、傍系の長のジャルノーだけは違ったみたいだけどね。)


彼は野心家だった。

王家に取り入り、ガーナンドブラック家を利用しようとした結果、多くの領民が苦しむことになった。


(領民も、彼のせいで良い迷惑を受けていたみたいだし……。)


彼女の中で、いくつもの考えが渦を巻く。


これからどうすればいいのか。

どう動けば、ビトリアンを守ることができるのか。


答えは――まだ見えない。


ふと、夜空を見上げる。

暗闇に、ちらちらと小さな雪が舞っていた。


(あーあ、もうすぐ誕生日だったのに。)


こんな状況では、屋敷に戻ることもできない。

誕生日なんて、祝えるはずもない。


(……ビトーも、本当に浮気してるかもしれないし。)


未来のビトリアンが見せた光景が、ふと頭をよぎる。


あの優雅な微笑み。

ディアンナの手を取る、彼の姿。


(……いや。)


彼女は首を振る。


――信じない。


ティチェルリスは首を振った。


今のビトリアンが、そんな器用な真似をするはずがない。

彼は不器用で、優しくて、まっすぐで――嘘をつくのが苦手な人だ。


(ビトーが、あんなことをするなんて……。)


そう思いかけたその瞬間――。


バチバチッ……ッ!!!


視界の端で、青白い光が弾けた。


「……!?」


驚いて未来のビトリアンを見ると、彼はゆっくりと手を空にかざしていた。

指先から淡い雷が立ち昇り、まるで大気と共鳴するかのように、空がざわめき始める。


(まさか――!)


ビトーを呼ぶつもりだ。


そう確信した瞬間、ティチェルリスの全身が駆け出していた。


「……っ!」


裾を翻し、森の中へと走り出す。

木々の合間を縫うように、足を滑らせないように慎重に。


けれど――。


「やはり、時間稼ぎでしたか。」


背後から、優雅な声が降ってきた。


(はやっ!?)


恐る恐る振り返ると――未来のビトリアンが、まったく息を乱すことなく、並走していた。

まるで、追いかけることすら楽しんでいるかのような、穏やかな微笑みを浮かべて。


「こう見えて、僕、ティチェのことならなんでもわかるんです。」


「……っ!」


ティチェルリスは、思わず加速する。


バサッ!!


木の枝が肩をかすめるが、気にする暇もない。

全力で駆け抜けるしかなかった。


(逃げなきゃ、逃げなきゃ!!)


けれど、未来のビトリアンの声は――どこまでも追ってくる。


「だって……愛していますから。」


その囁きは、やけに甘く、そしてどこか狂気じみていた。


「……っ!!!」


ティチェルリスの背筋が凍る。


(えっ……なに、その執着……!?)


全速力で逃げながら、必死に考える。

でも、思考の隅で、ふと妙なことに気がついた。


――彼は、未来のビトリアン。

でも、元々は今のビトリアン。


(……ってことは、そもそもビトーって、こういう人なの!?)


(もしかして、めちゃくちゃ執着心強い!?)


「えええええ!!?」


自分の思考に驚きすぎて、思わず声が出た。


けれど、背後の未来のビトリアンは、ただ静かに微笑むばかりだった――。


(いやいや、待って!! それは怖すぎる!!!)


そんなことを考えながら、ティチェルリスは必死に逃げ続けたのだった――。


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