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異端令嬢と無感情公爵 〜眠れる心を取り戻す運命の恋〜  作者: 無月公主


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43話目

――冷え切った冬の空気の中、ティチェルリスはビトリアンの腕の中で、静かに揺られていた。


「ティチェ……なんだか……あったかいね。」


屋敷の入口へと歩くビトリアンが、ふっと囁くように言った。


ティチェルリスは、彼の腕の中で小さく瞬きをする。


(……そりゃあ、未来のあなたが散々あっためてくれたからね。)


心の中で密かに呆れながらも、言葉にはせずにそっと目を伏せた。


未来のビトリアンの魔力が、まだほんのりと体の奥に残っている気がする。 あの人は"心中"なんて恐ろしいことを言っていたけれど、結局は彼女の体を温めてくれたのだ。


(ほんと、あの人は……敵なのか味方なのか、わからないわね。)


そんなことを考えているうちに、ビトリアンの腕の力がぎゅっと強まる。 彼はまるで、今この瞬間の温もりを逃がしたくないかのように、しっかりとティチェルリスを抱きしめた。


ティチェルリスは、彼の胸元にそっと頬を寄せた。


そして――。


屋敷の大きな扉が、ギィィ……と音を立てて開かれた。


「……っ!」


その瞬間、目の前に広がった光景に、ティチェルリスは息をのんだ。


「「「奥様、お誕生日おめでとうございます!!」」」


屋敷のホールいっぱいに響く、祝福の声。


燦然と輝くシャンデリアの下、豪華な装飾が施された空間が広がっていた。 色とりどりの花が飾られ、大きなテーブルの上には美味しそうな料理やケーキが並んでいる。


その場には、屋敷の使用人や騎士たちが勢揃いし、皆がティチェルリスに向けて笑顔を向けていた。


「……え?」


ティチェルリスは、一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。


すると、ビトリアンが静かに歩を進め、ホールの中心へと向かう。


そして――。


「ティチェ……17歳の……誕生日……おめでとう……。」


そう言いながら、ティチェルリスをそっと降ろした。


「……!」


ティチェルリスの胸の奥が、じんわりと温かくなった。


(……これって、私のための……?)


呆然としながら周りを見渡すと、使用人たちの顔には優しい笑みが浮かんでいる。 ダリアやマルチェをはじめ、騎士たちもそれぞれ手にグラスを持ち、祝杯をあげようとしていた。


「ティチェ様、本当におめでとうございます!」


ダリアが涙ぐみながら微笑む。


「お嬢様の笑顔が見られて、嬉しいです。」


マルチェが、微笑みながら温かく言う。


「奥様、おめでとうございます。」


そして、ビトリアンの側近騎士の一人が、にやりと笑ってウィンクをする。


(……あぁ。)


ティチェルリスは、ゆっくりと息を吸った。


――この一年間、あっという間だった。


ビトリアンと出会い、結婚し、公爵夫人としての生活を送りながら、数えきれないほどの出来事を乗り越えてきた。


大変なこともあったし、困難もたくさんあったけれど――それでも、こうして彼女の誕生日を祝ってくれる人たちがいる。


(……あったかいなぁ。)


じんわりと胸が熱くなる。


けれど――。


「……ありがとう。」


ぽつりと呟いたティチェルリスの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。


(なんだか、照れるわね……。)


抱っこされていたせいで、余計に逃げることもできず、真正面からみんなの祝福を受け取ることになってしまった。 こんなにもストレートに祝われることなんて、今までなかったから、どう振る舞っていいのか分からない。


けれど、ぎこちなく微笑みながら、ティチェルリスはそっとビトリアンを見上げる。


すると、彼は静かに、でもどこか誇らしげな表情で、ティチェルリスを見つめていた。


(……この人、もしかしてずっと準備してくれてたの?それで今日は護衛を誰もつけれなかったのね。)


そう思った瞬間、胸がさらに熱くなった。


「……ビトー。」


彼の名を呼ぶと、ビトリアンは少し首を傾げる。


「……?」


「ありがとう。」


ティチェルリスがそっと微笑むと、ビトリアンはゆっくりと瞬きをして――ほんのわずかに、口元を緩めた。


「……うん。」


その静かな返事に、ティチェルリスの心はふわりと温かくなる。


――これからも彼と一緒に、こうして年を重ねていけたらいい。


そう思いながら、ティチェルリスは17歳の誕生日を迎えたのだった。



――—————————

――———————


荘厳な王宮の玉座の間。


天井には豪奢なシャンデリアが輝き、壁には歴代の王の肖像画が並んでいる。

大理石の床には、王家の紋章が刻まれた豪華な赤絨毯が敷かれ、堂々たる威厳を放っていた。


そして、部屋の中央には――。


巨大な水晶が鎮座し、淡く青白い光を放っていた。


その前に立つのは、公爵家の当主、ビトリアン・ガーナンドブラック。


彼は何の感情も浮かべることなく、水晶に向かって静かに手を翳す。


ジリジリ……バチバチッ……ッ!!


雷の魔力が奔流となって水晶へと流れ込み、内部に封じられたエネルギーが活性化する。

王宮の電力供給――それがガーナンドブラック家に課せられた"義務"だった。


「――昨日は、夫人の誕生日だったそうだな。」


ふと、王の低い声が響いた。


玉座に腰掛ける男――王ディバルデント・ナージストは、悠然と彼を見下ろしながら、興味深げに言葉を投げかける。


「……。」


ビトリアンは顔色一つ変えず、ただ黙々と魔力を供給し続けた。


まるで王の言葉など、どうでもいいとでも言わんばかりに。


――だが、その沈黙を破るように。


「……子は、まだできんのか?」


ピクリ。


魔力を送る手が、一瞬だけ止まりかける。


だが、それも一瞬のことだった。


「……。」


ビトリアンは、淡々と魔力を送り続ける。


「どうなのだ?」


王は鋭い目を向ける。

まるで逃げ道を与えぬ獣のように、彼の反応を窺っていた。


(……しつこいな。)


ビトリアンは心の中で、小さく息を吐いた。


この話を持ち出されることは、予想していた。


この国では、貴族――特に魔力を継ぐ家系にとって"後継者"の誕生が最重要事項とされる。

ましてや、彼の雷の魔力は、王宮のエネルギー供給を担うほどの力を持っている。


王が、早々に"後継ぎ"を求めるのも当然の話だった。


「……こうして頻繁に電力供給のために膨大な魔力を吸われていては、僕の体力がもちません。」


ビトリアンは静かに答えた。


――もちろん、これは"言い訳"だ。


(実際は、こんな魔力供給など大したことではない。)


ビトリアンにとって、これほどの魔力放出は呼吸するようなものであり、本気で疲労することなどあり得ない。


だが、"余裕"を見せればどうなるか――。


さらに魔力を搾り取られ、さらなる圧力をかけられるのは目に見えていた。


("疲れたふり"をしなければならない……。)


そこで、彼はほんのわずかに肩を落とし、浅く息を吐いた。


「ふむ……。」


王は顎に手を当て、考え込むように彼を見つめた。


――その時だった。


「そういえば、近ごろ、鍛錬をしておるそうだな?」


ビトリアンの指が、わずかにピクリと動く。


(……まだ屋敷にスパイがいるようだな。)


確かに、最近は鍛錬を再開したばかりだった。

王宮の者がそれを知っているということは――彼の行動はまだ監視されている。


「……はい。」


ビトリアンは、一瞬の思考の末、静かに答えた。


「妻を満足させようと鍛えはじめました。」


――バチッ……!


水晶の中で魔力が大きく弾け、室内に雷の余波が走る。


「……ほう。」


王が、口角を持ち上げた。


「よかろう!」


低く響く王の声が、玉座の間に広がる。


「ならば、来年の冬からは、そちの傍系にも電力供給を担わせよう。」


「……!」


「そちに"暇"を与えてやる。」


その言葉の意味は、明白だった。


――"子を作る時間を与える"ということだ。


「その間に励むようにな。」


王の声には、圧力が含まれていた。


まるで、彼の"義務"であるかのように。


(……つまり、来年の今頃からは絶対に子作りしなければならないということか。)


もし子を作らなければ、後継ぎを作るために、ティチェと離婚させられる可能性もある。


ビトリアンは、静かに目を伏せた。


ビトリアンは、静かに水晶への魔力供給を終えると、一歩後ろへ下がり、王へと一礼する。


「……陛下の御意を心得ました。」


玉座の上で、王は満足げに頷いた。


「うむ。期待しておるぞ。」


そう言い残し、王は手を振る。


「下がれ。」


「……。」


ビトリアンは、深く一礼をしてその場を後にした。


そして、王宮の廊下を歩きながら――。


(……あと一年。)


静かに、己の手を握りしめる。


(何としても、ティチェを守る。どんな手を使ってでも――。)


彼の青い瞳には、確かな決意の光が宿っていた。

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