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異端令嬢と無感情公爵 〜眠れる心を取り戻す運命の恋〜  作者: 無月公主


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40/52

40話目

長い戦いだった。


山のように積まれた書類を片付けること一週間。

ようやくすべての決裁を終え、ティチェルリスは待ちに待った"自由"を手に入れた。


(結局、一週間かかったわ……。)


疲れた体を引きずりながらも、ティチェルリスはようやく辿り着いた書物庫で、深いため息をついた。

本の香りに包まれるこの場所が、彼女にとって何よりも落ち着く場所だった。


(本当なら、もっと早くここに来たかったのに……。)


少し不満をこぼしながらも、書棚を物色し、目当ての本を手に取る。

厚みのある古びた装丁――『ガーナンドブラック家当主たちの手記』と刻まれている。


彼女は静かにページをめくった。


――最初の当主たちは、雷の力を継承し、代々その魔力を引き継がせていた。


(やっぱりね……。)


雷の力を持つことが、公爵家にとって代々の宿命だったのは知っていた。

けれど、それがどのように継承され、どんな影響を及ぼしていたのかまでは知らなかった。


そして、さらに読み進めると――。


――しかし、魔力が少ない者にとっては、それが命取りとなる。


「……命取り?」


ティチェルリスはページをめくる手を止めた。


4代目、5代目と続いていくうちに、ふと気づく。


6代目の手記だけが、途中で終わっている――。


(……え?)


不思議に思いながら、さらにページをめくると、7代目当主の手記が始まっていた。

そこに綴られていたのは、嘆きの言葉だった。


――継承による事故。

 継承と同時に、生命活動に必要な魔力まで引き継がれてしまう。


(生命活動に必要な魔力……。)


つまり、魔力の継承が行われた際、継承者が持つ生命を維持するための魔力までが奪われることがある。

その結果――前当主が亡くなることもあるということ。


「……だから、6代目の手記は途中で終わっているのね。」


ゾクリと、背筋が冷たくなる。


(でも、これだけじゃない。7代目の手記には、まだ続きがある。)


ティチェルリスはページをめくった。


――さらに、その人が生きてきた人生の記憶までもがセットでついてくる。


(……記憶。)


その瞬間、彼女の脳裏に、ある考えがよぎった。


(私が思っていたのと、少し違うわね。)


記憶の継承といっても、彼女が経験している"未来のビトリアンの存在"とは違う。


(私にまとわりついてる未来のビトーは、"記憶"というより――まるで"本人そのもの"のように感じる。)


未来のビトリアンは、彼女の中に眠る記憶ではなく、"そこにいる"ように感じるのだ。

その違和感が、ティチェルリスの中でますます深まっていく。


(これって、一体……どういうことなの?)


答えを求めてさらに読み進める。


しかし――。


「……分からない。」


どれだけページをめくっても、そこに明確な答えはなかった。


(やっぱり、簡単には分からないわよね……。)


深くため息をつきながら、ティチェルリスは本を閉じた。


「ティチェ……夕食。」


「――うわぁ!?!?」


突然の声に、思わず飛び上がりそうになる。


驚いて振り返ると、すぐ隣にビトリアンが座っていた。


「い、いたならいるって言ってよ……!」


心臓がバクバクと跳ねる。


どれだけ集中していたのか、彼がいつからここにいたのか、まったく気づかなかった。


ビトリアンはいつものように無表情のまま、静かに彼女を見つめていた。


「……真剣……だったから……。」


淡々とした声。


その言葉に、ティチェルリスは少し戸惑った。


(……もしかして、ずっと私のこと見てた?)


そう思うと、なんだか妙に気恥ずかしくなる。


ビトリアンは、何を考えているのか分からない表情で、じっと彼女を見ている。


「……まぁ、色々考えてたのよ。」


ティチェルリスは、本をそっと閉じて立ち上がった。


「行きましょ、夕食。」


彼の顔を覗き込むと、ビトリアンは静かに頷いた。


けれど、その目は、どこか探るようにティチェルリスを見ていた。


(……なに?なんか聞きたいことでもあるの?)


そんな彼の視線に少しだけ苦笑しながら、ティチェルリスは彼の腕を引いた。


「……ビトー。」


「……なに?」


「ご飯よ、ご飯!」


「……うん。」


そうして、二人は書物庫を後にした。


――—————————

――——————


夜の帳が降りた公爵邸。

ベッドの上で、ティチェルリスとビトリアンは並んで横になっていた。


天井をぼんやりと見つめるティチェルリスの心は、昼間の書物庫での出来事を思い返していた。

未来のビトリアン、雷の継承、記憶の継承――

考えれば考えるほど、疑問が膨らんでいく。


そして、ふと、ずっと聞けずにいたことを口にしたくなった。


「ねぇ、ビトー。」


静かに隣を見つめると、彼も同じように天井を見つめたまま、小さく「ん?」と返事をした。


ティチェルリスは少し迷った。

けれど、意を決して聞く。


「嫌なこと、聞いてもいい?」


ビトリアンの瞳がゆっくりと瞬いた。

そして、何の迷いもなく、静かに言った。


「いいよ……夫婦……だから。」


その言葉に、ティチェルリスの胸が少しだけ温かくなる。


彼は今まで、どんなことも誤魔化さずに答えてくれた。

だからこそ、今回も――彼の本心を聞いてみたかった。


「ビトーはどうして、生きる気力をなくしてたの?」


ほんの少しの沈黙があった。


そして――。


「ふふふ……。」


突然、ビトリアンが不気味に笑い始めた。


「えっ!? 何、何で笑うの!?」


ティチェルリスは思わず身を起こし、彼を見下ろした。


「ティチェは……真っ直ぐ……だなぁ……って。」


ビトリアンは、くすくすと笑いながらそう言った。


「ふ、普通は聞かないわよね!? ご、ごめん……。」


少し気まずくなり、バツの悪そうに目を逸らすティチェルリス。

けれど、ビトリアンは「いや……いいよ。」と静かに首を振った。


そして、少しだけ遠くを見るような目をして呟く。


「前に……税金を……着服してた……ジャルノー……覚えてる?」


「えぇ、覚えてるわ。でも、名前は初めて知ったけど。」


「あいつ……あいつが……僕の目の前で……………乳母を殺したんだ。」


「……っ!?」


ティチェルリスは息を呑んだ。


「そんな………。」


貴族社会において、乳母は時には母よりも大切な存在になることもある。

幼少期からずっと世話をしてくれた人、誰よりも愛情を注いでくれた人。


(そんな人を……目の前で……。)


ビトリアンが、あの時、ジャルノーに「目玉をくり抜く」と言った理由をようやく理解した。


彼はその時、きっと何もかもが壊れてしまったのだろう。


そんなビトリアンを見て、ティチェルリスはそっと手を伸ばした。


彼の指にそっと触れると、そのまま腕を回し、ぎゅっと抱きしめられた。


「もう……今は……ティチェがいるから……大丈夫……。」


かすかに震えた声が、耳元に落ちる。


ティチェルリスの胸が痛んだ。


(全然、大丈夫じゃないわよ……。)


彼がどれだけの喪失を抱えて生きてきたのか。

今、こうして笑っているのが奇跡のように思えるほどに。


「私なんて……。」


私なんて、彼に比べたら何も背負っていない。


「大した人間じゃないわ。」


けれど、ビトリアンは首を振った。


「でも……ティチェが……いるから……生きたい……って……気付けた……。」


「……ビトー……。」


その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなる。


そして――彼は、静かに続けた。


「ティチェが……本気で……僕を殺そうと……してくれたから……。」


「えっ!? 私そんなことした!?」


驚いて飛び起きるティチェルリス。


ビトリアンは、そんな彼女の髪をそっと撫でながら、微笑んだ。


「……ドリンク……死ぬかと……思った。」


「ドリンク?」


「口移し……したでしょ?」


「なっ!!」


一瞬でティチェルリスの顔が真っ赤に染まる。


「あ、あれは……!! でも、風邪、1日で治ったじゃない……!」


「……激辛の……飴も……。」


「あ、あれは……。」


思い出すだけで、舌が痛くなるような激辛の飴。

ビトリアンの舌が一時的に麻痺してしまい、本気で死にそうになっていた。


「確かに……あれは、辛いというより、舌が痛くて……死にそうになったわね。」


「ほら……。」


「わ、悪かったわね……。」


思わずぷいっと顔を背けるティチェルリス。


ビトリアンは、そんな彼女をじっと見つめ――。


「僕を……こんな……体にした責任……とってね。」


「どんな責任よ!?」


思わず叫んだティチェルリスの声が、静かな寝室に響いた。


ビトリアンはそんな彼女を見つめながら、静かに微笑んでいた。


彼のその微笑みが、どこか嬉しそうで――。


ティチェルリスの心が、また少しだけ温かくなった夜だった。

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