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異端令嬢と無感情公爵 〜眠れる心を取り戻す運命の恋〜  作者: 無月公主


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39/52

39話目

ティチェルリスが目を覚ました――。


その知らせが屋敷中に広がると、瞬く間に歓声が上がった。

使用人たちは涙を滲ませながら喜び、医師たちは安堵の表情を浮かべ、ダリアは「本当に、本当に良かった……!」と声を震わせて彼女の手を握った。


領地に戻ってからも、ティチェルリスが目を覚ますことなく、ただ静かに眠り続ける日々が続いた。

その間、屋敷の空気は張り詰め、誰もが不安を抱えていたのだ。


だからこそ、目覚めた彼女の姿を見た瞬間、屋敷中が歓喜に満ちたのだった。


「もう、大丈夫ですよね?」


「えぇ、意識もはっきりしてるわ。」


ティチェルリスが微笑むと、ダリアは再び目に涙を溜めて「本当に良かったです……!」と感極まっていた。


そんな祝福の中、ビトリアンだけはずっと黙ったまま、ティチェルリスのそばを離れなかった。


――そして、夜。


柔らかなランプの灯りが揺れる寝室。

広々としたベッドの上で、ティチェルリスはふわりと暖かい腕に包まれていた。


背後からしっかりと抱きしめるビトリアンの腕は、まるで彼女を二度と離したくないとでも言うかのように、ぎゅっと強くなったり、少し緩んだりを繰り返している。


「もう……外に……出ちゃ……だめ……だよ。」


かすれた声が、耳元に降る。


「えぇ、そうするわ。」


ティチェルリスは、ゆっくりと目を閉じながら優しく答えた。


「知らない人に……ついて……いっちゃ……だめ……だよ。」


「もちろんよ。」


「絶対に……僕を……連れて……いくか……許可……とってね。」


「わかったわ。」


彼の腕の中は、とても心地よかった。

まるで、全ての不安や恐怖を閉じ込めるように包まれている気がする。

彼がそばにいてくれるだけで、安心できる。


それに――。


(……可愛いわね。)


普段は無表情で冷静な彼が、こんなに必死に念押ししてくるなんて。

どれだけ心配をかけたのかが伝わってきて、思わず口元が綻ぶ。


「ティチェ……偽物?」


「失礼ねぇ!本物よ!」


少しムッとしながら振り返ると、ビトリアンはじっと彼女の顔を見つめていた。


「でも……聞き分けが……良すぎる……から。」


「ふふっ、私、ビトーのその喋り方も好きよ。」


そう言うと、ビトリアンの眉が少しだけぴくっと動く。


「む……そう言われると、もっと、はきはき、喋りたくなる。」


「ぷはっ!あははは!!」


ティチェルリスは思わず吹き出してしまった。


(今のビトーは、しばらく未来のビトーみたいにはなれっこないわね。)


未来の彼はもっと流暢で、落ち着きがあり、どこか余裕があった。

けれど、目の前のビトリアンはまだ不器用で、ゆっくりとしか話せない。


でも、それが今の彼らしい。


そう思うと、自然と愛おしさが込み上げてきた。


そして――。


ティチェルリスは、ゆっくりとビトリアンの方へ向き直った。


彼の顔を見つめ、そっと微笑む。


そのまま――。


彼の唇に、そっと自らの唇を重ねた。


「……っ!?」


ビトリアンの体が、一瞬で硬直する。


唇が触れたまま、彼の瞳が驚きに見開かれるのが分かった。

きっと、彼女の方からキスをしてくるなんて予想もしていなかったのだろう。


ほんの数秒だけ、唇を重ねて。


それから、ゆっくりと顔を離した。


「……ふふっ。」


ティチェルリスは満足そうに微笑む。


一方で――。


「……。」


ビトリアンは、完全に固まっていた。


目を見開いたまま、顔をほんのりと赤く染め、唇をそっと触れる仕草をしている。


(可愛い……。)


いつもは冷静な彼が、こんなに分かりやすく動揺している。


ティチェルリスは、その様子を愛おしげに見つめながら、くすっと笑った。


――今の彼が、一番好き。


―――――————

―――――――


翌日――。


「こっち……。」


ビトリアンに手を引かれながら、ティチェルリスは公爵邸の執務室へと足を踏み入れた。


そして――。


「……え?」


目の前に広がる光景に、思わず息をのんだ。


書類の山。

山、山、そしてまた山。


机の上はもちろんのこと、サイドテーブルや本棚の一部にまで、びっしりと書類が積み上げられていた。


「……なにこれ?」


ティチェルリスは呆然とした声を漏らした。


「ティチェが……起きるまで……側にいたら……たまった。」


ビトリアンは、相変わらず淡々とした口調で答える。


(……いやいやいやいや!!)


「たまったって、呑気に言ってる量じゃないわよ!!!」


思わず彼の腕を掴み、ぐらぐらと揺らす。


「書類が机の高さを超えてるじゃない! あれ、もう倒れる寸前よ!!」


「……心配……かけた……罰。」


「罰!?やれってこと!?」


ティチェルリスは彼の腕を揺らしたまま、絶叫しそうになった。


「僕が……手伝う。」


「そりゃそうでしょうよ!!」


まるで当然のことのように言うビトリアンに、ティチェルリスは目を丸くする。


「こんなの一人でできるわけ――」


「一緒に……頑張ろうね。」


にこり。


ふわりと優しく微笑むビトリアン。


(えっ、ずるい。)


ティチェルリスの動きが、一瞬で止まる。


彼がこんな風に微笑むことなんて、滅多にない。

いつもクールで冷静で、無表情なことがほとんどなのに。

今はどこか楽しそうに、そしてほんの少し意地悪そうに笑っている。


(……これはもう、逃げられないわね。)


ティチェルリスは大きくため息をついた。


(書物庫で色々読みたいものがあったし、訓練もしたかったのに!!)


それなのに、これでは丸一日潰れてしまう――。


「……わかったわよ。やるわよ!! でも、その代わり、終わったら書物庫に行く時間をちょうだい!」


「……いいよ。」


交渉成立。


とはいえ、書類の山は高くそびえ立ち、彼女を待ち受けている。


(……頑張るしかないわね。)


覚悟を決めたティチェルリスは、積み上がった書類を前に拳をぎゅっと握った。


「よし!片っ端から終わらせていくわよ!!」


「うん。」


そんなやる気満々のティチェルリスを見ながら、ビトリアンは静かに微笑んでいた。


――————————

――——————


しばらくして――。


「……だめだわ。終わらない……。」


ティチェルリスは、山積みになった書類の前で頭を抱えた。


ペンを握る手はすでに疲労で重くなり、目の前の数字や文章がじわじわと滲んで見える。


書類を次々と片付けてはいるものの、減るどころか、むしろ「まだこんなにあるの……?」と絶望するレベルだった。


(これ、どう考えても今日中に終わる量じゃないわよね……。)


現実を受け入れたティチェルリスは、ぐったりと机に突っ伏した。


「ティチェ……。」


隣で静かに書類をめくっていたビトリアンが、ふっと手を止める。


「今日……処理しないと……いけないのは……もう終わってる……から……行っていい……よ?」


「……いけるかぁぁぁ!!!」


ティチェルリスはガバッと顔を上げて、勢いよくビトリアンの腕をつかんだ。


「なに言ってるの!? こんなの、明日でもいつでもできるって思ってたら、どんどん溜まるに決まってるでしょ!!」


「……そう……?」


「そうよ!!」


彼の冷静な返答に、ティチェルリスは思わず眉をひそめる。


(……ったく、この人は!!)


もともと無表情な彼が、いかにしてこの膨大な仕事をこなしてきたのか……想像するだけで恐ろしい。


この領地を治める公爵家の仕事は、膨大な決裁書類と、細かい政策の調整が日々必要だ。

適当に後回しにしては、困るのはこの地で暮らす人々。


(……ビトーも、本当はそんなこと分かってるくせに。)


彼が「もう終わってる」と言ったのは、ただ彼女を気遣ってのことだと分かる。

けれど、それでもティチェルリスは納得できなかった。


「これをきちんと決裁しないと、困るのは領民たちだもの。」


静かに、けれどはっきりと言い切る。


ビトリアンは、その言葉を聞くと、じっとティチェルリスを見つめ――


「……ティチェ……偉すぎ……。」


ぽつりと、小さく呟いた。


(えっ。)


唐突な褒め言葉に、ティチェルリスは思わずドキリとする。


ビトリアンは普段、あまりこういうことを言わない。

だからこそ、その一言が妙に胸に響いた。


(な、なによ……そんなふうに言われたら、恥ずかしいじゃない……。)


「……ふふん、当然よ!」


照れ隠しのように胸を張ると、ビトリアンはふっと微笑んだ。


その微かな笑みに、また胸がきゅっと締め付けられる。


(……この人のためなら、もうちょっと頑張れる気がするわ。)


そう心の中で呟きながら、ティチェルリスは改めて書類の山へと向き合った。


(よし……あと少し、もうひと踏ん張りよ!!)


そんな彼女の隣で、ビトリアンは変わらぬ静かな表情のまま、けれどどこか満足げに、彼女の姿を見守っていた。


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