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異端令嬢と無感情公爵 〜眠れる心を取り戻す運命の恋〜  作者: 無月公主


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18話目

最近、やたらとビトリアンが私の体を懸命にマッサージする。


「……ビトー。」


 ティチェルリスは、うつ伏せのまま、じっと顔をしかめた。

 心地よいはずのマッサージが、何だか妙に念入りすぎる。


「訓練に、仕事もあるでしょ? こんなこと、メイドに頼みなさいよ。」


 肩を揉むビトリアンの手は、相変わらず無駄に優しい。

 メイドに頼めばいいのに、どうしてこんなに懸命なのか。


「……だめ。」


「なんでよ。」


 ふと振り返ると、ビトリアンは相変わらず淡々とした表情で、じっくりと彼女の肩をほぐしている。


(……もしかして、まだ鍛えてると疑ってる?)


 確かに、彼の目を盗んで訓練しようと試みたことは何度かある。

 だけど最近、周りの騎士たちは誰も訓練に付き合ってくれなくなった。


(もう、まともに鍛えられないじゃない……。)


 少しむくれながら、ティチェルリスは考え込む。

 何か他の手立てを考えないと……。


 ――そんなことを考えている間も、ビトリアンの手はゆっくりと彼女の背を撫でていた。


――—————

――————


翌日———


「――お届けに上がりました、公爵夫妻の婚礼衣装です。」


 屋敷の大広間に、仕立て職人が慎重に衣装を並べる。

 その美しく仕立てられた布地を見た瞬間――ティチェルリスは、はっと息をのんだ。


「あ……すっかり忘れてた。」


 彼女はため息をつきながら、衣装を指でつまむ。

 上質なシルクに繊細な刺繍が施され、豪華なデザインが際立っている。


「もうそんなに経ってたの?」


 思えば、ビトリアンと結婚して、もうすぐ半年が経とうとしていた。


 色々なことがあった。

 今も何が起こっているのかよく分からないことばかりだけど――


(……まあ、なんとかやってるわよね。)


 そんなことを考えながら、彼女は試着室へと向かった。


◇◆◇◆◇


 鏡の前に立ち、ティチェルリスはそっとドレスの裾を整える。


 美しい。

 だが――


「……ねえ、ビトー。」


 衣装をじっくり見つめながら、彼女は淡々と問いかけた。


「どこか、おかしいとこ……ない?」


 すると、ビトリアンが静かに彼女の姿を見つめ、首をかしげる。


「……ない。」


 短く答えたが、ティチェルリスは納得できなかった。

 だって――


「採寸もしてないのに、どうしてピッタリなのか聞いてもいいかしら。」


 このドレス、まるで彼女のために仕立てたかのように、完璧にフィットしている。


 ビトリアンは、何でもないことのように、さらりと言った。


「毎晩、測った。」


「――っ!?」


 ティチェルリスは一瞬、思考が停止した。


「……毎晩?」


「うん。毎晩。」


(ちょ、ちょっと待って!? つまり――寝てる間に!?)


 彼女は顔を真っ赤にしながら、全力で突っ込んだ。


「普通に測りなさいよ!!!」


 バンッ! と試着室の壁を叩き、叫ぶティチェルリス。

 その反応を見ながら、ビトリアンは静かに首を傾げる。


「……ダメ?」


(ダメに決まってるでしょ!!)


ビトリアンの独特なマイペースさ――

本当に、どうにかならないものかしら……。


ティチェルリスは、ため息をつきながら目の前の男を見上げた。


ビトリアンもまた、公爵らしい威厳を漂わせる正装に身を包んでいる。

――結婚式用の、婚礼衣装に。


白を基調とした豪奢な衣装は、繊細な金の刺繍が施され、格式ある装いに仕立てられていた。

しかし、その中でひときわ目を引くものがあった。


胸元に飾られた"公爵家のバッジ"――それだけが、漆黒。


白と金の華やかな色彩に、黒のエンブレムが異様なまでに映える。

まるで、彼そのものを象徴しているようだった。


(……ほんと、顔はいいのよね。)


思わず心の中で呟きながら、ティチェルリスはそっとため息をついた。


 目の前の男は、どこまでも端正で、無駄がなく、すっと伸びた長身がより映える装いをしている。

 だが――


「……って、あれ?」


 ふと、違和感を覚えた。


 じっと彼を見上げる。


「ビトー、あなた……。」


 視線を向けると、ビトリアンもまた不思議そうに首をかしげた。


「……?」


 どうしたの? というような無言の問い。


 しかし、ティチェルリスは確信していた。


「やっぱり、背が伸びてる。」


 その言葉に、周囲の使用人たちが一斉にざわつく。


 ティチェルリスが数か月前に見上げた時よりも――明らかに、視界の角度が違う。


「公爵様が……成長なさった?」


「い、いや、でも、公爵様はもう成人されて……?」


 そんな中、静かに歩み寄る人物がいた。


 執事のマルチェ。


 白髪を綺麗に撫でつけ、方眼鏡モノクルを片目にかけた年配の執事長は、落ち着いた口調で頷く。


「……近頃、公爵様は、しっかりと食事をなさっていらっしゃいますから。」


「……?」


 ティチェルリスが怪訝そうに聞き返すと、マルチェは淡々と説明を続ける。


「おそらく、やっと必要な栄養が行き届き、成長なさっているのでしょう。」


「……。」


 ティチェルリスは、思わず目を丸くした。


 そして、ポツリと呟く。


「ビトー……あなた、栄養失調だったのね。」


 その言葉に、ビトリアンは一瞬、動きを止めた。


 普段なら無感情で流してしまいそうな言葉。

 けれど――


 ほんの一瞬、彼の表情がわずかに揺れる。


(……やっぱり、そうだったんだ。)


 今までの彼は、きっとずっと"生きるための最低限"しか摂らなかったのだろう。

 必要だから食べる。

 生きるために動く。


 それだけだった。


 けれど――最近の彼は違う。

 自分からしっかりと食事を摂り、以前よりも少しだけ"人間らしく"なったように思う。


 だから、成長したのだ。

 身体が、それを求めたから。


 ティチェルリスは、彼をじっと見つめる。


 すると――ふいに、ビトリアンの腕が伸びた。


「……っ!」


 不意に、引き寄せられた。


しっかりとした腕が、ティチェルリスの体を包み込む。

驚く暇もなく、彼の温もりがじんわりと肌に伝わった。


抱きしめ方は、どこかぎこちなく、それでいて"離したくない"という想いがひしひしと伝わってくるほどに強い。

心臓の音が近い。

それはどちらのものなのか、もう分からなかった。


ティチェルリスが息を呑むと――


「……ティチェが、いるから。」


低く、静かな声が囁かれた。


まるで"確信"のように、彼はそう言った。


ティチェルリスは、一瞬言葉を失う。

けれど、胸の奥がじんわりと温かくなり、ぎこちなく彼の背中に手を添えた。


(……ほんと、もう。)


普段はマイペースで、何を考えているのか分からない。

振り回されっぱなしの毎日。


でも、こうして抱きしめられると――


(……悪くないかもしれない。)


ティチェルリスは、静かに目を閉じた。


――けれど。


そんな彼女の背中越しに、ビトリアンの青い瞳はわずかに揺れていた。

頭の片隅では、全く別のことを考えていたからだ。


(……うまく機嫌、とれてる……かな。)


目の前のティチェルリスが怒っていないことに、そっと安堵する。

けれど、それと同時に別の問題が彼の脳内を支配していた。


(……数か月前に開けたあの"穴"の修繕費、とんでもない金額がかかったな……。)


そう、かつてティチェルリスが怒った際、彼女の内に秘められた雷のエネルギーがビトリアンを伝って共鳴し、暴走。

結果――屋敷の天井に巨大な穴が空いたのだった。


修繕のために、最高級の魔法建築師を呼び、莫大な資金を投じ、何とか元通りにしたものの……。


(もう屋敷を壊すわけにはいかない……。)


あれ以上の被害を出せば、公爵家の財政が危うくなる。

何よりも、あの天井の穴が"また開く"可能性は絶対に避けなければならない。


ティチェルリスの機嫌を損ねないようにしつつ、屋敷の安全を守る。

それが、今のビトリアンにとって最も重要な課題だった。


(世界平和のためにも、僕が頑張らないと……。)


そんなことを考えながらも、腕の中にいる彼女は、とても温かい。

彼は、そっとティチェルリスの手を取り、指を絡める。


ティチェルリスが、驚いたように彼を見上げた。


「……?」


その疑問を遮るように、ビトリアンはゆっくりと、彼女の手の甲に唇を落とした。


「っ……」


熱のこもった吐息が、肌に触れる。


ティチェルリスの指先がぴくりと震えた。

心臓が跳ね、顔がじわじわと熱を持つのが分かる。


(な、なに今の……!?)


まるで貴族の社交場で見せるような優雅な仕草。

でも、それをする相手は――彼女だけ。


ゆっくりと顔を上げたビトリアンは、何も言わずに彼女を見つめていた。


ただ静かに、まっすぐに。


そして、囁くように言う。


「……ティチェ。」


それは、ただ彼女の名を呼ぶだけ。


けれど、なぜかその声が、やけに甘く響いた。


ティチェルリスは、目をそらすように顔を背けた。


(……もう、ほんとに……!!)


彼のマイペースさに振り回される日々は、まだまだ続きそうだった。

【オマケ】

――深夜。


 屋敷が静寂に包まれる頃、ビトリアンは慎重に行動を開始した。


 目の前には、すやすやと眠るティチェルリス。

 規則正しい寝息を立て、無防備に布団に包まれている。


(……よし、今日こそは。)


 ビトリアンはそっとベッドに腰掛け、手元の細い紐を確認する。

 これは採寸用の計測紐。


 目的は――彼女の正確なサイズを測ること。


 もちろん、普通に採寸を頼むという選択肢もある。

 だが――


(この筋肉女の体にデザイナーが触れて、筋肉があることが知られたら……。)


 社交界に知れ渡れば、面倒な噂が立つ。

 それに、王に知られれば……また何かと厄介なことになる可能性がある。


 ――だから、僕が測るしかない。


 決意を固め、慎重に行動開始。


(まずは腕の長さから……。)


 そっと彼女の腕に紐を這わせる。

 しかし、想像以上にしっかりとした二の腕。


(……さすが筋肉女……。)


 そのまま、肩幅、ウエスト、ヒップへと移行。

 なるべく起こさないように、慎重に、慎重に……。


 しかし。


「……ん……。」


 ティチェルリスが微かに身じろぐ。


(やばい。)


 一瞬、固まる。


 が、彼女はそのまま眠り続けた。


(ふぅ……危なかった。)


 任務続行。


 次に、脚の長さを測ろうとするが――


「……っ!!」


 測る前に、ふくらはぎの筋肉の発達具合に驚愕。


(すごいな……本当に鍛えてたんだな……。)


 尊敬すら覚えつつ、計測を続ける。


 数十分後――。


(……よし、今日の分は終わり。)


 何日もかけて、全身のサイズを記録していく。

 なぜなら、一度に測ると起こしてしまうから。


 忍耐のいる作業だ。

 しかし、これも彼女のため……いや、自分のためでもある。


(……よし、これで大丈夫。)


ティチェルリスは、すやすやと寝息を立てている。

彼女が目を覚ますこともなく、計測任務は無事に終了。


達成感と安堵感に包まれながら――


ビトリアンは、そっと毛布を引き寄せ、静かに隣で眠ったのだった。

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