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異端令嬢と無感情公爵 〜眠れる心を取り戻す運命の恋〜  作者: 無月公主


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16話目

柔らかな陽の光が窓から差し込み、白いテーブルクロスの上を照らしている。

 ティチェルリスとビトリアンは向かい合いながら、静かにランチをとっていた。


 ティチェルリスは、フォークを手にしたまま、じーっと目の前のビトリアンを見つめていた。


 彼の仕草を観察する。

 ナイフとフォークを正確に動かし、黙々と食事を進めるその様は、まるで機械のように整然としている。

 けれど、以前よりも"生きている"感じがするのは、気のせいだろうか。


 何を考えているのか、相変わらずわからない。


 ふと、ビトリアンが気づいたように顔を上げた。

 青い瞳がティチェルリスと視線を交わし――少しだけ、頬を赤らめた。


「……そんなに、見られたら……穴……あく。」


 ぽつりと、恥ずかしそうに呟く。


(えっ、照れてる!?)


 ティチェルリスは、思わずフォークを落としそうになった。

 慌てて持ち直すも、相手の反応に戸惑いを隠せない。


(いやいや、なんでちょっと照れてんのよ! あんた、無感情公爵でしょ!?)


 しかし、そんな彼の変化を喜ぶよりも先に、ティチェルリスは深いため息をついた。


「はぁ……。」


 未だに何を考えているのか、全然わからない。

 少しは感情が表に出るようになったものの、まだまだ"掴めない"男だった。


 そんなことを考えていたその時――


バンッ!!


 突然、扉が勢いよく開かれた。


 その場の空気が一瞬で張り詰める。


 駆け込んできたのは、一人の騎士。

 血相を変え、荒い息をつきながら、床に片膝をついて報告した。


「――緊急の報告!! 隣国アベルタの戦闘部族が、こちらに攻めてきています!!」


「……なんですって!?」


 ティチェルリスは目を見開いた。

 戦闘部族――それは、アベルタの中でも特に好戦的で、暴虐な部族だ。

 彼らは領地を荒らし、抵抗する者には容赦なく牙を剥く。


(どうして……このタイミングで!?)


何か裏があるのではないか。


 けれど、今はそんなことを考えている余裕はなかった。

 ティチェルリスは、すぐに席を蹴って立ち上がった。


「行かなきゃ。」


 戦場に出るつもりで、すぐに準備を――


「……ダメ。」


 突然、低い声が降ってきた。


 ティチェルリスは動きを止める。


 目の前で、ビトリアンがじっと彼女を見つめていた。


「僕……行く。」


「ダメよ。」


 即座に言い返す。


「あなたが行ったら――」


 けれど、その言葉を最後まで言うことはできなかった。


 ビトリアンが静かに手を伸ばし、ティチェルリスの頬に触れた瞬間――


ビリッ……!


 微弱な雷の魔力が肌を這う。


「え――」


 次の瞬間、視界が揺らいだ。


(……え? ……なに? ……力が……入らない……?)


 まるで身体がふわりと浮いたような感覚。


 膝が崩れ、そのまま意識が遠のいていく。


 けれど――


 最後に見たのは。


 優しく、自分を抱きとめるビトリアンの姿だった。


 彼の腕は温かくて、穏やかだった。


――暗転。


――—————————

――———————


 カーテンの隙間から柔らかな光が差し込み、室内にほのかな温もりをもたらしていた。

 静寂に包まれた寝室の中で、ティチェルリスの穏やかな寝息が微かに響く。


 ビトリアンは、そっと彼女をベッドへ横たえると、その寝顔をじっと見つめた。


「……。」


 長いまつげが微かに揺れ、規則正しい呼吸が胸の上下に合わせてゆっくりと繰り返される。

 いつもは強気な彼女が、今は無防備な姿をさらしている。


(……ティチェを戦場へ向かわせるわけにはいかなかった。)


 だって――戦争に関しては、今までずっと自分が解決してきたのだから。


 彼は、静かにティチェルリスの手を取る。

 指先に力を込めると、掌の硬くなった皮膚が指に触れた。


(……また、訓練してた。)


 ビトリアンは、ほんの少し眉を寄せる。


(強くなった手で、また僕をぶつんだろうな。)


 その考えに、苦笑がこぼれた。

 彼女の平手打ちは、まるで雷が落ちたかのように鋭い。

 普通の人間なら耐えられないかもしれない。


(僕じゃないと、ね。)


 小さく息を吐くと、そっと彼女の髪を撫でた。

 ふわりと指先に絡まる銀色の髪。


(僕が……行く。)


 彼女が戦場に出るほどの事態じゃない。

 だから、代わりに自分が行く。


 そう決意すると、ビトリアンの青い瞳の奥に雷光が宿った。


「……行こう。」


 静かに呟き、迷うことなく寝室を出た。


――—————————

――———————


城門を抜け、広大な草原を越え、ビトリアンは馬を駆る。

 風が髪を乱し、マントが大きく翻る。


 背後には、数十人の騎士たちが従っていた。

 彼らもまた、同じく馬を走らせながら、ビトリアンの行動を見守っている。


(……この感覚、久しぶりだな。)


 戦場へ向かう、この胸のざわつき。

 それは恐怖ではなく、ただ純粋な"覚悟"だった。


「だ、大丈夫なのでしょうか?」


 不安そうな声が聞こえた。


 ビトリアンは、馬を走らせたまま、ちらりと視線を向ける。


 隣を並走していた騎士の一人が、不安げな顔をしていた。


「何が……?」


「今まで、お一人で馬に乗って、戦地へ向かわれたことなどなかったではありませんか。」


 ビトリアンは、その言葉にしばし沈黙した。


(……確かに、今まで僕は"前線に立つ"ことはなかった。)


 しかし、彼は静かに目を伏せ、淡々と答えた。


「……でも、僕が行かないと――災害になる。」


 その意味を、騎士たちはまだ理解していなかった。


 公爵が戦場に出ることが"災害"とどう関係があるのか。


 しかし、彼の静かな言葉には、確かな重みがあった。


 やがて、視界の先に敵軍の影が見え始める。


 荒々しい戦闘部族の集団。

 アベルタの獰猛な兵士たちが、武器を掲げ、こちらへ向かって進軍していた。


 ビトリアンは、目を細める。


 その姿を見て、ふと呟く。


「……雷に勝とうだなんて。」


 冷えた声が、風に溶ける。


ビトリアンの指先に宿る雷が、青白い閃光となって周囲を照らした。

 空気が一瞬でピリつく。雷の力に引き寄せられたのか、馬が怯えて一歩下がった。

 騎士たちは息を呑み、誰もが彼の動きを見守る。


 彼はゆっくりと息を吸い――


「……落ちろ。」


 静かに呟いた瞬間――


 ゴォォォォォン!!!


 轟音と共に、戦場が閃光に包まれた。

 空を裂く雷が、大地に降り注ぐ。

 まるで神の怒りそのもののような雷撃が、アベルタの戦闘部族を一瞬で飲み込んだ。


 敵の叫び声が響く間もなく――


消滅。


 焦げた土、蒸発した血の匂い。

 その場に立っていた敵は、形すら残さず消え去った。


 しかし――


「……ん?」


 ビトリアンが眉をひそめる。


 また、敵がやってきている。


「……今日はしつこい。」


 呟きながら、軽く手を振ると、また雷が走る。

 バリバリッと空気を裂く音が響き、二度目の雷撃が戦場を焼き尽くす。


 それでも、次々と現れる敵。


「……本気で攻めて来ているのでしょうか?」


 騎士の一人が、不安げに問いかける。


 今までのアベルタの戦闘部族は、ここまで執拗ではなかった。

 確かに手強い相手ではあるが、ここまで連続で波のように押し寄せてくるのは異常だった。


(おかしい……。)


 ビトリアンは無言で敵を見据える。


「……よし。」


 ポツリと呟いた。


 そして――


 ドォォォン!!!!


 雷光の柱が立ち上がる。


 空から降り注ぐのではなく、ビトリアンの足元から放たれた雷が、大気を切り裂くように上空へと駆け昇る。

 それはまるで天と地を繋ぐ神の槍のようだった。


 純度の高い雷。

 これほどの雷撃を目にするのは、騎士たちにとっても初めてだった。


 敵軍が――また、一瞬で消滅する。


 まるで、そこに誰もいなかったかのように。


 沈黙。


 重い空気が戦場を支配する。


 しかし――


「また来ました!」


 報告が響く。


 ――まだ終わらない。


「……え。」


 ビトリアンの顔に、一瞬驚きの色が浮かぶ。


(今まで……こんなこと、なかったのに……。)


 これほどまでに執拗に攻めてくる理由が分からない。

 何か目的があるのか? それとも……。


 考える間もなく、次の波が押し寄せてくる。


 ビトリアンは、深く息を吐いた。


「めんどくさい……。」


 彼は軽く指を鳴らす。


 バリバリバリッ!!!


 瞬間、雷が弧を描くように戦場を駆け巡り――


 一掃。


 一瞬で、すべての敵が消し飛んだ。


「……。」


 騎士たちは息を呑んだまま、声も出せずにいた。


「ま、また……。」


 誰かが呟く。


 ビトリアンは、静かに馬上で手を開いた。


 そこに宿る雷は、先ほどよりもさらに濃く、さらに強く輝いていた。


 これ以上、長引かせるわけにはいかない。


 早く終わらせなければ――


(……天災になる。)


 彼は焦っていた。


 一刻も早く、この戦いを終わらせなければならない。


 なぜなら――


 ティチェルリスが目を覚ましてここへ来てしまったら、もっと大変なことになるからだ。


 彼の雷など比べ物にならないほどの破壊を、彼女は引き起こす。


 それだけは、何としてでも避けなければならない。


 ――しかし、それを今は誰も知らなかった。


 ビトリアンは、一人、戦場の中心に立ち、ただひたすらに雷を操る。


 自らの焦燥の理由を隠しながら――。


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