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1話目

 ナージスト王国の王、ディバルデント・ナージストは深いため息をついた。

 広々とした会議室には、王を囲むように重厚な椅子が並べられ、重臣たちが居並んでいる。窓の外からは穏やかな陽光が差し込むが、この部屋の空気は重苦しく沈んでいた。


「……やはり、ガーナンドブラック公爵家の血統を絶やすわけにはいかない」


 王は額に手を当て、厳しい表情で呟いた。

 ガーナンドブラック公爵家は、ナージスト王国にとって欠かせない存在だ。その血に宿る"雷"の力がなければ、王都に広がる魔導装置の電力供給が滞る。だが、その当主であるビトリアン・ガーナンドブラックは、"跡継ぎを作る"という肝心な役目を果たせそうにない。


「幼少期に両親を殺され、親族の後継者争いに巻き込まれ続けたせいで、感情が失われ、まるで廃人のようだと聞いております」


 側近の一人が沈痛な声で報告する。


「それだけではありません。ほとんど動かず、まともに食事を取っている様子もないとか……。このままでは体力も持たず、結婚しても跡継ぎどころではないかもしれません」


 会議室が再び沈黙に包まれる。王の表情はますます険しくなり、重臣たちは誰もが言葉を失っていた。


 そんな中、宰相が静かに口を開いた。


「――ならば、まずは舞踏会を開き、彼を出席させてみてはいかがでしょう?」


 重臣たちがざわめく。


「令嬢たちと引き合わせることで、もしかしたら気を引かれる女性が現れるやもしれません」

「……それしか手はないか」


 ディバルデント王は渋々ながらも頷いた。


「よし、決定だ。至急、舞踏会の準備を進めよ」


―――――————

――——————


 煌びやかなシャンデリアが、天井で光を散らしていた。

 華やかな衣装を纏った貴族たちが優雅に踊る舞踏会。シルクの靴音と上品な笑い声が混ざり合い、場内は華やかな雰囲気に包まれていた。


 しかし、その一角。


 部屋の隅にぽつんと立つ、一人の少女――ティチェルリス・バルバータン。

 繊細なレースのついた淡いブルーのドレスは、彼女の白い肌と銀色の髪を引き立てるはずだったが、ここではまるで場違いな存在のように感じた。


 彼女を取り囲むのは、同世代の令嬢たち。

 ティチェルリスを見つめる視線には、明らかな嘲笑と軽蔑が混じっていた。


「ねぇ、あの子……」

「なんでこんなところにいるのかしら?」


 ひそひそとした声が、まるでナイフのように耳に突き刺さる。


「水属性なのに、まともな水も出せない異端児なんですもの」


 くすくすと笑う令嬢たち。

 その言葉を聞いた瞬間、ティチェルリスの青い瞳が鋭く光った。


(うるさい……)


 彼女は拳をぎゅっと握りしめる。

 悔しさと怒りが胸を満たし、喉の奥が熱くなる。


「ちょっと、こっちに来なさいよ」


 そんな声がした次の瞬間、ティチェルリスの腕が無理やり引っ張られた。


「ちょ、何するのよ!」


 彼女は思わず抵抗する。

 ぐっと踏ん張り、足を踏ん張って体を引き戻そうとしたが――数人がかりで腕を引かれたため、押し負けてしまった。


「離しなさいよ!」


 身をよじって逃れようとするが、令嬢たちは意地でも離そうとしない。

 周囲の貴族たちは、楽しげに踊りながらも、ティチェルリスたちの様子を見て見ぬふりをしていた。


(……誰も助けてくれない)


 彼女は歯を食いしばった。

 じわじわと庭園へと引きずり出される中、苛立ちがさらに募る。


 やがて、バラの花壇が広がる庭園へと連れ出された。

 冷たい夜風が頬を撫でる。月明かりが静かに庭を照らしていたが、彼女にとってはただの薄暗い舞台に過ぎなかった。


「場違いなのよ、あなた」


 冷たい声が響く。

 ティチェルリスは荒い息をつきながら、睨みつけるように令嬢たちを見上げた。


「ふざけないで……っ!」


 苛立ちをあらわにする彼女をよそに、令嬢の一人がふわりと手をかざした。


「水っていうのは、こういうのを言うのよ」


 次の瞬間、空中に透明な水が現れ、勢いよくティチェルリスの頭上に降り注いだ。


「……っ!」


 冷たい感触が一瞬で肌に突き刺さる。

 シルクのドレスが水を吸い込み、重たく張り付いた。


「くっ……!」


 ティチェルリスは顔を歪め、冷えた体を震わせた。

 しかし、それ以上に怒りが沸き上がる。


(許さない……!)


 彼女の青い瞳が鋭く輝いた。


「……ふざけないで」


 声が低く響く。

 その言葉と共に、彼女の体がじわりと熱を帯びる。


 怒りと共に魔力を解放する。


 すると――


 雷鳴が轟いた。


 ティチェルリスの放った熱湯の力が、ちょうど真後ろを通りかかった男の雷の力と共鳴したのだ。


 彼の存在に気づく暇もなかった。

 けれど、確かに感じた。


 魔力がぶつかり合い、何かが混ざり合う感覚。


「――!」


 閃光が走った。

 まばゆい雷柱が天を貫く。


 轟音と共に、令嬢たちが悲鳴を上げ、周囲の貴族たちが動揺したようにざわめいた。


 ティチェルリスは驚いて立ちすくんだ。

 彼女の中で燃え上がっていた怒りが、一瞬で別の感情へと変わる。


(……なに、これ……?)


 彼女が今まで"熱湯しか出せない異端児"として蔑まれてきた力が、雷と共鳴し、こんなにも強大なエネルギーを生み出すとは――。


 その光景を、ある男がじっと見つめていた。

 金色の瞳を輝かせ、口元をほころばせる。


 ナージスト王国国王、ディバルデント・ナージスト。


 彼は、まるで宝物を見つけたかのような表情で笑った。


「……見つけた!」


 その声は、確信に満ちていた。


「あの令嬢だ!あの令嬢を嫁がせよう!」


 王の声が響き渡る。

 運命の歯車が、大きく回り始めた瞬間だった――。


 雷の閃光が消え、夜の庭園に静寂が戻る。

 しかし、まだ空気にはピリピリとした余韻が残っていた。


 焦げたような匂いが微かに漂い、バラの葉が小刻みに震えている。

 その中心に立つティチェルリスは、肩で荒い息をつきながら拳を強く握りしめていた。


「……何、今の……。」


 自分が放ったはずの魔力なのに、いつもの"熱湯"とは明らかに違った。

 今のは……雷? けれど、どうして――?


 ぼんやりと考えを巡らせる彼女の背後で、

 一人の漆黒の髪を持つ男が、無表情のままじっと彼女を見つめていた。


 ビトリアン・ガーナンドブラック。


 彼の青い瞳が、わずかに揺れていた。


(……これは、何だったんだ?)


 ビトリアンは驚いていた。

 自分の雷の力が、誰かと共鳴することなど今まで一度もなかった。

 けれど、たった今、目の前でそれが起こった。


 その原因となった少女――ティチェルリスは、まだ自分の存在にすら気づいていない。

 月明かりの下、濡れたドレスがしっとりと体に張り付き、銀髪の先から水滴がぽたり、ぽたりと落ちていた。

 それが光を反射し、まるで夜の雫のように煌めく。


 そんな中、周囲にいた令嬢たちは青ざめた顔のまま、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「きゃあああ!」

「な、なに今の!? 雷柱!? 」

「やばいわ、あの子……絶対何かおかしいのよ!」


 彼女たちはバタバタと足音を響かせ、誰も振り返ることなく舞踏会場へと駆け込んでいく。


 ティチェルリスは、それを見届けると、ふっと小さく息を吐いた。

 それは、驚きや恐怖からくるものではなく、むしろ爽快感からくるものだった。


「……いい気味ね」


 彼女は小さく微笑み、濡れた髪をかき上げる。

 その横顔を、ビトリアンはじっと見つめた。


(……不思議な子だ)


 彼女の力と自分の雷が共鳴したこともそうだが、

 何より、令嬢たちが逃げ去るのを見て満足そうに笑う彼女の表情が、今まで出会った貴族令嬢たちとは違って見えた。


 そして、その静けさを破るように――


 ズシン、ズシン――!


 重たい足音が庭園に響き渡る。


「はぁっ、はぁっ……待て、そこのお前たち!」


 夜の闇をかき分けるように現れたのは、

 ずんぐりとした体を揺らしながら走ってくるナージスト王国国王だった。


 絢爛な金糸の刺繍が施されたローブは、彼の丸々とした体をさらに強調している。

 額には玉のような汗が浮かび、短い足を懸命に動かしながら全力疾走してきたのが丸わかりだった。


 庭園にたどり着くと、王は大きく肩を上下させながら、息を整える間もなく叫んだ。


「お前たち!!」


 ティチェルリスとビトリアンは、何事かと驚いたように振り向く。

 王は、その場でドンと足を踏み鳴らすと、

 満面の笑みを浮かべ、息を切らしながらも堂々とした声で宣言した。


「結婚をしなさい!!」


「……は?」

「…………」


 ティチェルリスは、呆然としたまま瞬きをした。

 一方のビトリアンは、何の感情も読み取れない無表情のまま、ただじっと王を見つめていた。


(……今、なんて?)


 雷柱の余韻がまだ残る庭園に、

 突如として飛び出した王の言葉が響き渡る。


 まるで、それが最初から決まっていた運命かのように――。

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