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第五話 脱法転校生

 



「なんでここに!?」



 教室から出て、少し離れた階段踊り場。

 ソラはものすごい剣幕でルクバトに詰め寄った。

 鞄を自分の席におろしてすぐ、腕を引っ張って連れてきたのだ。



「たまにはこういうのもやってみたくって」

「はぁ!?」

「怒んないでよ、対抗策だってば」

「対抗策ゥ?」



 これが?

 ソラはこれ以上ないほどに眉を潜めて聞いた。これのどこが対抗策だというのか。

 そもそも「やってみたくて」とすら言ったくせに?


 訝しげな表情で見つめるソラ。そんな視線を一心に受けながら、ルクバトはどこからか丸い瓶底鼻眼鏡を出して装着。いつのまにか学者帽も被っており、いかにも解説役といった風情のいで立ちに。



「いいかい? まず影狼は基本夜行性……というか影だから暗いところを好むんだけど、別に昼に動けないってわけじゃないんだ」

「……で?」

「それに空想……君の場合は心臓だな。 その存在にしっかり触れたものにしか見えないから、その分遠慮がなく行動も荒い」



 真昼間に皆の前で突然死にたくないだろ?

 ルクバトはそう聞いた。別に真昼間でなかろうと皆の前でなかろうと、誰だって死にたくはないが。


 だがつまり。ソラは考えた。

 これはつまり、昼夜問わずのボディガードというわけか。

 言われたことが全て真実なら、確かに学校に潜入するのは効率的だ。側で守るという目的があるのなら学外より学内の方がいいのもわかる。いつ襲ってくるのかわからないのだから、できる限り近くに、できる限り長くいた方がいい。

 なるほど、筋は通っている。なるほどなるほど。


 だがしかし。



「だからって既存の人間消すのはダメでしょ!?」



 ソラはドラマの敏腕弁護士のように突きつけた。

 ビシィッ……!と鮮烈な効果音が見えるようだった。


 木下ユウキ。テニス部に所属している、クラスの男子の一人。

 ソラの小学校からの幼馴染でもある。年齢が上がって前ほどは頻繁に話さなくなったにしても、大切な友人だ。


 彼の席は左の窓際一番後列であり、ソラはその右隣。人数の関係でその列は二人だけで、先ほどその彼の席にルクバトは座っていた。普通見知らぬ人間────それもこんなド級のビジュアルを持つ人間が誰かの席に座っていたら、普通クラスメイトは疑問を浮かべ、「あれはだれだろう」とひそひそ喋るだろう。


 しかし、入って見たクラスの雰囲気はいつもと変わらなかった。いっそ不気味なほど、異物であるルクバトの存在を受け入れきっていた。

 まるで、『元々そこにいた人間である』かのように。



「あいつどうしたの!? 死んだ!? っていうかそもそもなんであいつなわけ?!」

「おおうおう……安心して、彼の諸々が全部僕にすり替わっただけ。 いや~幼馴染だから改変の手間が少なくって……」

「なおさらダメなんだわ! とにかく戻して! ほら!」

「え~」

「も、ど、せぇえええええ!」



 なおも渋る様子を見せるルクバトの肩を掴み、がくがくと揺さぶる。

 腕の中で元凶はあうあうと間抜けな声を出しているが、知ったことか。



「わ、かったわかった、戻すって」

「ほんと?」

「ほんとほんと、一旦教室戻ってて」

「……ほ・ん・と・に、ちゃんと戻すんでしょうね」

「戻す、っていうかもう戻しましたぁ」



 ほら、いったいった。

 追い払うようにソラの背を押すルクバト。その手に同意するように、少しひび割れた音がする。予鈴だ。あと五分で始業のベルが鳴る。

 訝しげな表情を浮かべながらも、ソラは渋々教室へと戻る。

 これで戻っていなかったらあいつどうしてくれようか、と思いながら扉を開け、



「、!」

「はよ、花崎」

「お、はよー……」



 人知れず、ふっと息を吐く。

 安堵の息だ。先ほどまでルクバトが座っていた席から、木下がソラへ手を振っている。


 少しほどけた顔でソラは席へと座り、木下の言葉へ相槌を返しながら、一限目の授業の準備をし始める。教科書、参考書、ルーズリーフ。筆箱は布製のもので、立つ音の少なさと缶より高い可動性が地味にお気に入り。



「なー今日俺ハラ先に当てられっかな?」

「え?」

「ほら、一限。 数学。 ハラ先いつも出席番号で当てんじゃん?」

「あ、あー……かも?」

「やべーわ全然わからんもん俺この範囲」

「はは、……あのさ、」

「ん?」

「なんていうか……その、」



 言い出しかけて、沈黙。ソラは言葉に詰まった。

 なんと聞けというのだ。

「アンタさっきまで人外に存在丸ごと乗っ取られてたけど大丈夫?」とでも?

 頭がおかしくなったと思われるのがオチである。



「あー、……えっと」

「?」

「……たっ、体調。体調大丈夫?」



 散々迷って、ソラはその一言を絞り出した。

 これが限界だった。何かしらの後遺症がないかという意味も兼ねている。

 ソラの挙動不審さにきょとん、としながら「? おう、絶好調」と木下は答えた。その様子に何かを隠すような素振りはない。どう見ても健康体であり、普段と何も変わらない仕草だ。



「あ、そう……」

「え、何。 顔色悪かった?」

「いや別に……っあ、ほら前、先生きた」



 教室へ入ってきたやせぎすの教師を免罪符に、ソラは会話を切り上げる。


 高原先生。通称ハラ先。

 頭髪が微妙に寂しい五十代の数学教師であり、このクラスの担任でもある。

 彼は教卓につき、鼻の頭を少々乱暴に擦って教室を見渡した。



「えー、昨日帰りのHRで予告したと思うが、このクラスに転校生だ」

「(えっ、?)」



 その言葉に、ソラは思わず周囲を見渡す。

「転校生がくる」だなんて、そんなことを言われた記憶はない。昨日のHR自体大して覚えてはいないが、転校生なんてビッグニュースを伝えられれば覚えていないはずがない。

 しかし木下をはじめとしたクラスメイトは皆驚いてはおらず、そのあからさまな予定調和に嫌な予感を覚える。



「はい、入ってきて」



 その言葉とともに、扉がからからと開かれる。

 まず初めに、教卓より左の方に位置する席の者が息を漏らした。そこが一番見えやすいからだ。

 次いで遮るもののなくなったその見た目に、教室中の奇異の目線が注がれる。その視線をものともせず、彼は先生の隣に立つと、『Rukbat』と美しい筆記体で黒板に名前を書いた。



「ルクバトです。 あー、イギリス、? から来ました。 よろしくお願いします」

「 」



 俄かに騒がしくなる教室内。ソラは唖然とし、それから一人音もなく悶絶した。

 あの男、やりやがった。既存の人間を消すのはダメだと言ったら新しく存在を捩じ込んできた。そりゃあまあ幼馴染を消されるよりは遥かにマシだが、それにしたってとんでもない荒技だ。そんなことまで出来るのか。



「席は……あそこ、花崎の隣で」



 名前を呼ばれて、反射でソラは顔を上げる。

 ソラの席の右隣にはいつの間にかひと揃いの机と椅子が存在し、悠々と教壇を降りたルクバトはその席へ腰を下ろした。

 窓際の席が木下、ソラを挟んでルクバト、という風な配置に。ソラは呆然としながら、言い知れないほどの作為を感じた。否、感じる以前にモロ作為ではあるのだが。



「花崎、まだ届いてないらしいから教科書見してやれ」

「、はい」



 机が寄せられる。二人、誰にも気づかれないようにアイコンタクト。

 ソラは教科書を真ん中────といっても随分とソラ寄りな位置であったが────に置き、目を逸らす。もうどうしていいかわからなかったからだ。人はあまりにも感情が揺れ動くと、一周回って行動に表せなくなる。

 するとソラのルーズリーフの端に、お互いペンも持っていないのに文字が浮かび上がる。



『朝ぶつかる場面もあったほうが良かった?』



 ソラは視線を上げる。きゅっとすくめられるルクバトの肩。意味がわからず黙考を十秒。

 そして意味がわかって、ソラの顔はぶわりと熱くなった。



「(こいつ、朝教室に入った時の私の与太を『現実』にした……!?)」



「よろしくね、花崎さん」

「よ、ろしく」



 とってつけたような挨拶に、思わず声が引き攣る。この野郎とソラが心の中で悪態をつくも、当の本人は知らんぷり。





「(……あ、でも逆に、)」



 ソラは考える。

『星』を集める間はこの世界に馴染む意識がある、ということではないだろうか、と。

 そうでなければわざわざ辻褄を合わせてまで入り込むことはないだろう。いくらその方が効率がいいとはいえ、ボディガード自体は学外からでもいくらでもやりようはあるだろうし。

 そもそも、ソラ以外の他者から見えなくして入り込んでいればいいだけの話だ。できるかどうかは知らないが、どうせあれだけ不思議な力を持っているのだ、姿を消すくらいは朝飯前なのではなかろうか。



「皆仲良くしてやれよー、そんじゃ教科書11ページから──────……」



 何にせよ、何もやらかさないといいんだけど。

 眠くなる先生の声を遠くに、ソラはすでに本日何度目かのため息をつくのだった。




次回の更新は1/17(金)の予定です。

これからはこれまでより投稿期間が開きますが、二十数話程度で終わる予定です。

気楽にお付き合いください。

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