第二十五話 エンドロール・ゴースト
「……っふぉ、!?」
間抜けな声と共に、ソラは目を覚ました。
眼底がちかちかする。視界に黒い斑点が飛び、意識が鼓動に追いつかない。立ち眩みを起こした時のように、脳にじんわりとした麻痺がある。
荒い息。視界の異常が消え去るまで待つことなく、ソラは立ち上がった。
無論満足に立てるわけもなく、ぐらりと傾いで倒れそうになる。
やばい。その言葉が脳味噌を通過する一瞬前、誰かがソラの身体を抱きとめた。
「ちゃんと座ってなよ、あぶないな」
ルクバトだった。
彼は心配そうな顔でソラを座席に座らせなおし、そうして己もその隣へちょこんと座った。
しかし、ソラからしてみればそれどころではない。息を切って掴みかかる勢いで彼に詰め寄る。
「あんた大丈、いやわ、私どうなっ、影狼、いや、えっ死んだ!?」
「僕は大丈夫。 君と影狼は死ん……ではない、いやまあ死んだけど死んでないというか」
「なにそれどういう、」
言いかけて、ふと、周囲を見渡す。
二人きりのシアター。巨大スクリーン。そしてその中で流れる、エンドロール。
「映画、館……?」
ソラは呆然として、そうして思わず目を細める。
見たことなんてないはずの、『いつか』。
吐き気にも似た嫌な悪寒。強烈なデジャヴに脳味噌が裏返る。何かに気づこうとしている。決してそれが何か思い出されはしないのに、『忘れている』という事実だけが胸を撫でて飛び去って行く。
ソラは何もわからないまま、口を開いた。その唇は微かに震えていた。
「くりかえし、てる……?」
ルクバトは答えなかった。
「はは、……いや、そんな、ねえ」
「……」
「は、……なんで、なんも言わないの」
「……」
「ねえ、」
沈黙は何よりの答えだった。
ソラの顔からは段々と笑いが消え、最後には「……ガチ?」。そう言ってルクバトを見るしかなくなる。
「うん。 繰り返してる」
は、と息を吐く。
ソラの表情から一気に険が抜け、徐々に崩れ落ちるようにほどけていく。
一言で言うなれば、混乱。
当たり前だ。自分が今どういう状況かの実感もないというのに、いきなり今までのすべてが何度も繰り返されているなんて、理解できるはずもない。
もう既に働くのを拒否しかけているソラの脳味噌。それを無理矢理動かして、ソラは聞いた。
「……どこから、」
「初めて会ったとこ。 君が起きた時」
「ああ、あそこ……なんで、」
希望的観測。何か外付けの理由でこうなっているだけ。この世界自体がそうなわけじゃない。
そう言って欲しいのに、沈黙したままのルクバトを前に、他でもない自分の心が「そんなわけないだろ」と語りかけてくる。
そりゃあそうだ。だって解決できるようなことなら、きっとこれまでの中で彼が解決している。きっとそれができると、ソラ自身が何よりよく知っている。
「理由、欲しい?」
「……いや、いい」
ないんでしょ。
いつかのやりとりみたいに呟くと、ルクバトは黙ったまま小さく頷いた。
「ごめんね、いろいろ努力したんだけど……無暗に教えるってわけにも行かなくて」
でも、ここでは何でも答えられるよ。
ルクバトのその言葉に、ソラはため息をついた。泣いているわけでもないのに、やけに湿っていて重たい息だった。
「まず、ここどこ」
「この世界の人が死んだら来る場所」
まだこの先はあるにはあるけど、君はここまで。
思考を進める。
まだ先はあるらしい。しかし先ほど、ルクバトは『この世界の人』、そして『繰り返している』と言っていた。
この世界、というからには他の世界もあるのだろう。そしてソラは繰り返すから、完全には死ねない。だから完全に死んだ者が行きつく『この先』を、ソラは見られない。
「繰り返してるって、具体的にどういう感じで」
「んーとね、物語の中の物語……? 説明が難しいんだけど」
「完結に」
そう言うとルクバトは数秒悩んで、そうして続きを言い出す。
「『物語』として作られてるから、誰かがこの本を開くたび、新しく世界が始まる……って感じかなあ」
「毎回開くたびに内容が変わるってこと?」
「いや、内容自体は変わらない。 マイナーチェンジはあるけれど大筋はそもそも変えられないし、その変化を世界は表現・知覚出来ない」
大方、『この一回を切り取った形』で見えている筈だよ。
「なんで黙ってたの」
「ネタバレって、物語における最大のタブーじゃない?」
ここにたどり着く前にきみが知っちゃうと、世界ごと崩壊しちゃうんだよね。
しょうがないと言いたげな顔で、とんでもないことをルクバトは言う。
ソラはまた眉根の皺を深めた。理解はできる。が、納得は難しい。
「じゃあ、影狼は? あいつなんなの、何で私の心臓狙ってきてたの」
「もう話したでしょ」
「あんなんでわかるか。 もっとわかりやすく、具体的かつ直接的に」
「ええ……んー……大人、というか大人になっちゃった人の成れの果て、って感じ?」
曰く、大人になり切れないまま身体だけ大人になってしまったもの。またはその思念体とでもいうべきもの。感性の瑞々しさを失ってしまったのに、忘れられはしないまま他人から奪う手段を得てしまったから、黒に飲まれてしまったもの。
だから星をため込んでいるとその輝きに引き寄せられるし、それしかないから手段も選ばない。
「ソラに縋ったのも、ソラの心臓で終わらせて欲しかったから」
「終わらせ……」
「星のたっぷり詰まった心臓を食べるか、ここ(物語のエンド)にたどり着くか。 どっちみち物語が始まれば彼らはまた発生するけど、目の前に救いがあれば縋っちゃうのは仕方ないわけで」
ルクバトの言葉を元に、ソラは思考を整理する。
ここは物語────つまり、二次元の世界。何から何まで作られた創作物であり、それはソラ自身も例外ではない。誰かに読まれることで新しく始まり、今いる世界線以外の世界線のことは自分も読者も認識、把握できない。
影狼は非常に概念的な存在で、希死念慮に近い感情からソラを狙い、襲ってきていた。
「理解した?」
「まあ、なんとか。……じゃあ、」
「あんたは、何者なの」
ソラはついに、聞いた。
ルクバト。ソラと同じように作られたキャラクターでは明らかにない。
だって彼は『この世界の構造を理解していた』。
どう考えたって異質だ。メタ認知が可能なキャラクター、ということなのだろうか。
ソラの問いに、ルクバトは頬をかいて微妙そうな顔をした。
「……説明、一番難しいかも」
「じゃあどこから来たの、私がいるこの世界の住人なの? 前言ってたホロロ何とかってのは」
「いや、それらは冗談。 全てのヒトがまだ知覚できない場所、というか」
「もっとわかりやすく簡潔に言って」
「うーん、この世界ほんと色々特殊だからなぁ」
口に手を当て、眉根に微かに皺を寄せて、ルクバトは本気で悩むようなそぶりを見せる。
こんな風になったところを、ソラは見たことがない。
「……全ての可能性が同居する場所。 最果てに現時点で最も近く、同時に最も遠い場所。 ……この世界の作者がいるところより上のどこかの次元、が一番近いかな」
「? えー……つまり、四次元以上のどこかの次元、みたいな?」
「単純に言えば大体そう。 きちんと言い現わそうとすると色々足りない」
両掌を上に向け、肩をひょいとすくめる。『お手上げ』のポーズだ。
本人自身もよくわかっていないのだろうか。
「……ッあ、そうだ星!」
ルクバトはそもそも『星』を集めるためにきたのだった。
しかし、集めた星はソラの自爆で全て弾けてしまった。
「あれ大丈夫なの? 無くなったよね? いやそもそもアンタも死んでるっていうか……」
「あああれね、なくなったってわけじゃないよ。弾けたけどね」
今のソラの心臓は、いわば『ゼロ』だ。存在はしないけれど情報としてはある。
この時間帯はまだ『今回のソラ』であるがゆえに、弾けても存在はしているらしい。
不思議なものだ。
「いやでも弾けちゃったし、集めないとなんでしょ?」
「いや、別にいいけど」
「え?」
ソラは怪訝な顔をルクバトへ向けた。
ルクバトもまた、きょとん、とした顔をソラに向ける。
こんなことが、以前もあったような気がする。
「星を集めなきゃいけないのは僕じゃなくてソラ」
「待っ、……えっどういうこと? アンタが星を集めなきゃいけないから、私が貯金箱的な感じで星タンク役を」
「この物語の主軸……いわゆるテーマだね。それが『ソラが星を集めること』だから、星を集めないと物語として成立しない。 だから集めてただけで、別に僕は星を必要としてないよ」
「じゃあなんで」
「君に会いに来たって言ったろ」
「ッあれガチだったの……!?」
「君が毎回勝手に結論付けてるだけだよ」
ソラは思わず立ち上がって、それからまたなすすべなく椅子に座り込んだ。
何と言えばいいだろう。悪い気分ではない。しかしいい気分というわけでもない。
しいて言うなれば、脱力感。そもそもの前提条件を間違えたまま物語をラストまで読み進めてしまった時の、『やっとつながった』感とでも言おうか。
「……待った、何回もやって知ってるなら、私が絶叫系苦手なのも知ってるでしょ」
私のためだって言うけど、じゃあなんで最初のときあんな無茶な飛行したの。
そう問いかけると、ルクバトはあからさまにぎくっと体をこわばらせた。恐らく本心はそこまで焦っていない。わざとらしいことだ。
「やー、はは、……しいて言うなら、……悪戯心?」
「こんのッ、……!」
いつかのようにその襟元へ掴みかかった。
腹立たしい。最後の最後までおちょくられてばかりである。
へらへらけらけらと笑うルクバトをいら立ちのまま振り回す。
がくんがくんと首が揺れるに従い、ルクバトの笑い声もまた不安定に揺れた。
次回の更新は4/27(日)の予定です。
これにて完結いたします。




