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第二十四話 『開花』




「あと少し……ッ」



避難を始めて十数分。

ソラはあたりを見渡しながら息をついた。

その額には汗が滲み、今一筋こめかみを伝って首へと流れ落ちた。


何故こんなにも疲れているのかと言えば、簡単なこと。

一定の区画ごとに建物に上ってアナウンスをしていたからである。


いくら魔法の拡声器といえど、ワープ機能まではついていない。

また、声が届く範囲には限りがある。現にソラの最初のアナウンスだけでは、別エリアの人間は避難にかかっていなかった。恐らく『聞いたものに強制的に傾聴・服従の姿勢を取らせる』だけで、拡散力自体はそこまでないのだろう。



「魔法っていうからには、ッもうちょい、一声でどうにかなるような仕様にしてくんないかな……」



こう言ってはいるが、泣き言を言っても始まらないと既に理解している。

それに人混みと同じ高さから何かを発するより、高い位置から発したほうが声は届きやすいのだ。

人混みの中にいるまま避難勧告など出せば「係員でもないのに何をしているんだこいつ」という目で見られるであろうし、そもそも何かあった時身動きが取れない。


というわけで、ソラの汗は各エリアで人波に揉まれつつ大急ぎで階段の上り下りを繰り返した結果、というわけである。



「ここ、が最後……!」



階段を上り切って整わない息を吸い、最後のアナウンス。

聞いた人々はその場を動き出し、ぞろぞろと出口へと向かって歩き始める。

特に変わりなく効果は出ている。無駄に騒ぐ者やソラの指示に逆らう者もいない。

その事実から胸を撫でおろしたソラの耳にふと、轟音。



「!」



振り返ると、先ほど避難が終わったエリアで土埃。

背の高い建物から吹き出るそれを切り裂くように一筋、何かが飛び出す。

ルクバトだ。その後を影狼が追う。



「す、ごい……!」



ソラは思わず息をのむ。

戦闘のスピードが段違いだ。傍から見ても今までの動きとは明らかに違うのがわかる。

今までは約束、またソラを抱えていたこともあり、十全な力が出せていなかったのだろう。



「ッ!?」



遠いその場所から、急に何かが吹き飛んでくる。

その衝撃でソラの足元の建物が崩落。死ぬ。そんな直感と浮遊感。

しかし飛んできた『それ』はソラを抱き留め、軽やかに着地。



「ルクバト!?」

「ごめん、流石に数が多くて……一発もらっちゃった」

「ど、っどうしよ、大丈夫!? てかまだ避難、」

「大丈夫。今園内にいるのはもう僕らだけだよ」



記憶は消せてないから、明日には大ニュースだろうね。

のんきな言葉に、しかしソラはふっと安堵の息を吐く。これで条件はこれまでと同じだ。

遥か上空から、影狼は睥睨する。首の動きからして、まだ二人を補足できてはいないらしい。



「ソラ、」



上を見据えたまま。

ルクバトは囁くようにソラに呼びかける。



「何」

「後でちゃんと直す。 被害もここら一帯のみに抑える」



だから『許して』。



「……わかった、いいよ」



その言葉と共に、二人は影狼の背後へとワープ。

気づいた影狼が回避行動に移る前に、ルクバトは踵を打ち下ろす。

風圧。影狼の巨体はなすすべなく地面へと叩きつけられる。



《!?》



なおも動こうとする影狼だが、幾つかの白い物体が影狼の身体を縫い留めていた。

ナイフに似た形状だ。ゆえに身動きが取れない。先ほどまでとは逆転した視界。抜け出そうともがくその黒を見下ろして、ルクバトが口を開く。



「『夏の蝶々 いつかの夕日 微睡み醒めぬ万化の揺籠』」



それは、質量を持った言葉だった。

風が吹く。宙に浮かぶルクバトを中心に空気が渦を巻いていく。

傍で浮かぶソラは、ただその集中を見ているしかできない。



「『ただひとつの為 きみの為 星の審判は今降りる』」



あの時の門だ。

完全に出現しているせいか、あの時よりはずっとはっきりとしてソラの目には映った。

ルクバトが腕を突っ込み、何かを引き抜くとともに溶けて消える。

月色をした、一揃いの弓矢。



「『GATE:V』、」



弓に矢をつがえ、ルクバトは狙いを定める。

逃がさないように、ただ一点を。



「─────────『UNTIL THE DAY.』」




伸ばした指。それより先に矢が飛ぶ。

カァン、と弦音。次いで閃光。



「ッ、ぐ」



追うように、爆風がソラを襲う。

吹き飛ばされそうになる中、必死に目の前の体へとかじりついた。



「……ッな、」



影狼のいたあたりが、粉々になっている。

否、『影狼のいたあたり』だけではない。そこを中心とした目測

軽くふたエリア分は吹き飛んでいる。



「ッあんなのあるなら早く出してよ!」

「君止めたじゃん」



そこら一帯消し飛ばしたくない~って。

そう言われてソラは押し黙る。一番最初に影狼に襲われた日、言っていた解決策はこれだったのか。




「……まあ、何はともあれ、何とかなっ……た?」

「まあ、うん。多分ね」



ルクバトのその言葉に、ソラはほっと体の力を抜く。

一時はどうなることかと思ったが、ひとまずなんとかなったらしい。




「あとはここら辺直して、次誰か来た時に知らんふりし」



ルクバトの言葉はそこで不意に途切れた。

ソラはがくん、と体のバランスを崩す。

落下することはない。しかし。



「ルクバト、?」



自身を押した相手に向かって、ソラは問いかける。

俯く彼。何も言わない。その沈黙の異常に気づいて、絶句。

脇腹から、『黒く鋭い鈎爪が飛び出ている』。



「ルクバト!」



ソラの絶叫。それに呼応するように、その爪はぎゅるりと半回転。

無残にも無情にも、ルクバトの肩口までをえぐり取った。





気づいた時にはお城の上へ。

チカチカする目の前。混乱に荒くなるソラの息。

そして、ソラの身体へ覆いかぶさるように倒れ込む、ルクバトの身体。



「……ほんっと、なりふりかまってられなくなってるね。あんな小賢しい真似、……今まで出来てたっけか」

「ッルクバト、……ッう」



起き上がり、惨状を目にしてソラは思わず顔をしかめる。


わき腹から上、肩口にかけての肉。

身体の左半身、全体の約半分が吹き飛んでいる。

切り離したか、抜け出したか。とかく先ほどルクバトが消し飛ばした、影狼の一匹。それにえぐり取られたのだ。



「ソラは、怪我、ない……?」

「いやッ、な、いけどさぁ……!」

「ッ……よか、った」

「うそ、うそうそうそ、」



血こそ出ていない。

しかしそれはルクバトだからであって、だから大丈夫というわけではない。



「し、なない、よね?」



ソラは恐る恐るそう聞いた。

以前、この身体は本体ではない、と言っていたはずだ。年齢を変えていたのも、身体を一度分解して再構築しているのだ、とも。

しかし嫌な思考は止まってくれない。連鎖的に思い出す。一度に受けるダメージには許容量があるとも言っていたと。自分が分解するのと他者から傷つけられるのではわけが違うのだ。

その言葉が本当ならこれは、誰がどう見たって。



「普通なら、こんなミスしないでしょアンタ……」

「まあ、そ、れはそう……なんだけど、……これが、代償だからだろうね」

「代償って、……ッあ」



校舎で起こった影狼の襲撃。そこで行われた世界への干渉。

分不相応を成せばそれだけの代償が必要になる。



「核をやられた。 これは……さすがに、ッ治すのむずい、かも」

「ッう、そぉ……」



がくん、と力が抜ける。

そんな中、咆哮。恐る恐るソラが立ち上がり、下を見る。


ぬろり、ぬろり、ぬろり。

黒が波打つ。這いずり、ぬたつき、統合されて、段々とおおきくなっていく。

影狼が、城の下にいるのだ。一番初めはソラの腰ほどまでしかなかったはずのそれが、今はビルだって飲み込めそうなほど大きい。波打つその姿は、もはや海のようにも見えた。



「……ルクバト、わ、……私、どう、すれば、」

「だいじょうぶ」



手を握られる。

冷たい手だ。最後まで、ずっと。



「ソラなら、大丈夫だから」



何を根拠に、と。そう言いたかった。

ソラには何の力もない。速さも、力も、機転も、何もかも。

今だって彼が死にそうで、前もぼやけるほど視界がうるんでいる。

影狼になんて敵うはずがない。ソラ自身がそれを存分にわかっているのに。


だというのに、ルクバトは確信しているように笑っていて。

そんな彼に握られた手が、ただ熱くて。



「……ごめ、ん、最後まで、守れ、なかっ……」



消え入る言葉尻。ずるりと落ちる手。

「……ルクバト、待って、ねえ。ルクバト、」。そう言ってソラは彼の身体を揺さぶる。

しかし反応はない。白い頬に、ぽたぽたと水滴が落ちて流れていく。

当たり前で、どうしようもなく、それでいて何もわかりたくなかった。



「……ありがと、」



滲んだ声でそう言って、ソラは彼の額にキスをした。

星がいっぱいに溜まった心臓が、しゃろんと音を立てた気がした。





お城の頂点。力の抜けた小柄な身体が、ふらりと立ち上がる。

壁へ爪を立てた影狼は唸り雄叫びを上げ、幾つもの瞳で獲物を見つめた。邪魔者はもういない。今なら食らえる。今こそ悲願を叶えうる時なのだと。


バルコニーの縁へかける足。対して力もこめず、ソラの身体はふわりと宙に浮かんだ。

お城の上にて浮遊。うつ向いたまま上げられた華奢な腕。そのなだらかな曲線に従うように、数多の星が展開される。翼のように広がったそれらはやがて円を描いて、夜空に一瞬の軌跡を残していく。

極点たる身体は逆光となり、表情も曖昧なほど黒ずんだが、しかし。

前を見据える両の瞳は、エネルギーを秘めて、むしろ爛々と光り輝いていた。



「『二十号割物 八重芯変化菊』」



常識は吹き飛び、羊水のような万能感がソラの胸中を満たす。

どうすればいいか、何をするべきなのか。今のソラには何故かよくわかっていた。

理解してみれば何のことはない。今、ソラはただ弓を引いているだけだ。手本はもう見た。あとは狙いを定めて、その手を離すだけでいい。



「『並びに彩色千輪、八百万』」



星がその動きを止める。獲物を捉えた瞳のように。

喝采のごとく降り注ぐ、拾い集めた綺羅星たちのきらめき。



「『点火』」



その言葉が放たれた瞬間、閃光。

夜の空を一瞬、光が埋めつくす。巨大な影狼が、雄たけびを上げて消滅していく。闇夜を焼き尽くす光の奔流だ。何かに遮られねば出来ない影が耐えられるわけがない。


色とりどりの光の海の中で、ソラはひどく穏やかな気分だった。自分以外の何もかもが揃って無に帰したような沈黙。実際はとてつもない轟音が鳴り響いているのだろう。

だがしかし、今の彼女には届かない。あまねく全てがホワイトアウトし、自身の手足さえどこにあるのかわからなくなる。


世界が遠くなる中、何も見えなくなったはずの視界で。

差し伸べられた手が、投げ出されたソラの手を掴んだような気がした。



次回の更新は4/26(土)の予定です。

27日(日)に完結予定です。よろしくお願いします。

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