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第二十二話 最後の襲撃




駆け足で乗り込んだ二人を乗せて、バスは都会の街並みを行く。

背の高い建物の頭から柔らかく白んでいき、眠気と共に影の色を後ろへと押し流していく。

頭がはっきりと澄んできたころ、バスはついに目的地へとたどり着いた。



「つ、いたぁ……」



ルクバトの後に続くようにして、ソラはバスを降りた。

開園時間もそろそろ近い。秋を思わせる涼風がソラの頬を撫でていく。


石畳を踏む足は門へ近づくほど増え、とうとう二人は列に入る。そこそこに前の方だ。

昨夜コンビニで買っておいたフルーツを口に放り込んで、ソラはメイク道具を取り出した。

サービスエリアではできなかったリップとチーク。



「鞄貸して」

「ありがと」



再び好意に甘えつつ鏡をのぞきながら、まずはチークから。クリームタイプのチークを頬の中心に塗っていく。

この時、目尻より外側にはチークを広げないことがポイント。そうすることで小顔効果が得られる、と動画の投稿主は言っていた。


リップはさんざん迷って、光沢感のあるピンクに決める。

ブラシを使って全体的に塗り広げた後、パールハイライトでリップラインをぼかし、ナチュラルな唇に。



「どう?」

「完璧」



デート相手のお墨付きだ。ソラは満足げに微笑んだ。

メイク道具をしまえば、丁度列も動き出す。門をくぐれば、そこはもう夢の国だ。



「あ、カチューシャだ」

「え? あッ、ちょ」



早速ふらっと直線を逸れていくルクバトの背を、ソラは慌てて追いかける。

ファンシーな店。既に人が多いその中で、ルクバトは看板キャラクターの耳付きカチューシャをつけて見せる。



「おそろいにしようよ、僕がウィニーね」

「あ、そこウィッキーじゃないんだ……私いいよ似合わないし」

「察してよ。 僕がしたいんだ」



「ほら」。差し出されたカチューシャを、ソラは思わず受け取る。そうしてなんとなく、それをしげしげと眺めてみる。

元のキャラクターが男性側であるから、ルクバトの持っている方より飾りが少ない。しかしそれを抜きにしても可愛らしいデザインだ。普段のソラならば「似合わない」「買わなくて良い」などと断じて絶対につけない。



「(……だけど、まあ)」



こいつが『したい』って、言ってるし。

幸いそこまで派手過ぎるわけでもない。

だからまあ、似合わなくても別に、それくらいは。


そんな思考でいつものネガティブを追いやって、おずおずとつけてみる。コメカミに微かな圧迫感。



「いいね、かわいい」

「……どーも」

「今日はそれつけて回ろう、写真も撮ってあげる。 あ、サングラスもつける?」

「いやサングラスは……ッあちょっと支払い、」

「もう払ったよ」



店を出て、何となくで歩き出す。

歩くというにも少し遅めなペース。というかほとんど立ち止まった。地図を広げて、カラフルなそれを二人で覗き込む。



「ソラは回りたいところある?」

「……あー、いや、私特に。 アンタ好きなとこ回んなよ、ついてくから……」



言ってすぐ「あ、」とソラは思う。

やっちゃった。意欲がないと思われる。せっかく来てるんだから意欲高く楽しまなきゃいけないのに。

ルクバトは心が読める。だから誤解される心配はないのに、慣れた思考は反射で自省を初めてしまう。

ソラだって完全に興味がないわけではないのだ。ただ自分の意見として形成されるほどの意欲がそもそもないというだけで。



「はーいネガストップ」

「んぶ、」



頬をべちりと挟まれる。

軽い力だが、ソラはタコのような顔になった。メイクが崩れたらどうしてくれるのか。



「ぁにすんの、」

「『僕と来てるから』楽しんでる、ってことでしょ。 いいじゃん」

「、……」



ものは言いようだな、とソラは思った。

でもそうして変換したら少し息がしやすくて、今までそこにあった罪悪感が薄れていく。



「じゃあ近いところから回ってみよう。 イベントがあったら見に行こう」



そんな宣言と共に、ルクバトの後を追うようにしてソラはパーク内をめぐっていく。

見たことがあるアニメーションそっくりの施設、そろいの制服のキャスト達。

キャラクターとの撮影は思ったよりもときめきがあって、怖かったはずのジェットコースターはルクバトとの飛行で慣れたのか余裕があった。

チュロスを齧って唇についたシナモンは記憶よりずっと甘かったし、お互いの持つ違うフレーバーを齧るのは何の意味もないのに楽しかった。



そうして回って、午後十九時と少し。

お城の前の広場、たくさんの人々が集まっている少し後ろの生垣あたり。ソラは柱にもたれかかって息をついていた。

ずっと歩き回っていた足は正直くたくたで、鈍く痛みを訴えている。



「全部は回れなかったか……」

「まあ、流石にね」



待ち時間の関係もあり、やむなく見送ったアトラクション。回り切れなかったエリア。

そもそものペースがゆったりとしていたこともあり、それらの数は少なくはない。



「……でもまあ、明日また来れるんだよね?」

「うん」



ルクバトの肯定に、ソラは脳内で予定を組み立て始める。


回り切れなかったとはいえ、明日を使っても周りきれないほどではない。

帰りの新幹線は明後日の昼過ぎ。となれば帰りの支度も明後日の朝で十分に間に合う。

となれば明日は、午前中に回れなかったエリアを回り、午後からは街の散策と言ったところだろう。


そこまで思ってふと、ソラは。



「(……そうか。)」



明日も、一緒なのか。


前提条件の筈だったそれを、何故か改めて実感する。

ソラはこれまでの人生で、家族以外とこんなに長く一緒にいたことはない。

精々修学旅行くらいだ。ましてや二人きりなんて、プライベートでは経験ゼロ。

けれど不思議とストレスはない。

旅行先で必ず感じる緊張感を除けば、学校よりよほど気楽だ。



「ごめん、もう大丈夫」



足首をストレッチしたりして疲労感を逃す。



「朝からずっと歩きとおしだったしね」

「うん……でも楽しかった」

「だねえ。 此処には楽しいことがいっぱい詰まってる。 ソラが楽しめてよかった」

「……あー、えっと」



ソラは少し言いよどむ。



「私その、……いやそりゃ楽しかったけど、だからじゃなくて、」

「?」

「『アンタと来てるから』、な、んだ、け……どぉ……」



沈黙。ひたすらに、沈黙。

「(あー……まずった、?)」。ソラはそう思って俯いた。

相手から言われたことの言い返し、かといってどうにもらしくない。なんだかすごく恥ずかしいことを言ったような気がする。

ソラは眉間の辺りをカリカリと掻いた。足がむず痒くなる。きゅく、と喉が鳴って、甘酸っぱい焦りがじわじわと打ち寄せる。



「……今の無」

「無し?」



顔が近づく。



「ほんとに無し?」



詰めた息がいじらしく揺れた。

烟るような睫毛が一瞬伏せられ、そして意味ありげに目線がかちりと合う。



「………………な、ッ」

「?」


「……な、しじゃ、ない……ッぅわ!?」



しゃろん、と星の音。掻き消すように浮遊感。



「ふふ、ぁはは!」

「っちょ、あぶな、!」



持ち上げられた身体はくるんと一回転。スカートの裾が後を追うように広がる。

腰のあたりに手を添えられ、持ち上げられたのだ。

触れそうだった鼻先。頭が熱くなる。あっけないまでのターンとときめき。愛おしそうに細めた目の色彩ひとつ、しっかりと見える距離。



「……このまま僕ら、ずっとこうしていられたらいいのにね」



ソラの意識を、その言葉は容易にからめとる。

普段、ルクバトの言葉に感情が乗っていると感じることは少ない。それは彼に関してソラが知ってからより顕著であって、今の今まで変わりはなかった筈だ。

そうにも関わらず、今の言葉は、なんだか。



「もうパレードが始まるね」

「え、ぁ……ッうん」



呟かれた言葉の意味をソラが咀嚼しきる前に、ルクバトはふつりと交わった視線を逸らす。


立ち見エリア、広場の辺り、後ろの方。

人混みに近づく二人に呼応するように、艶やかなパレードが近づいてくる。

雑っぽい人いきれ。心をくすぐる光彩が、並ぶ人影のシルエットを浮かび上がらせていく。



「……あ、あっち。 先頭のが見える」

「ん、どこ?」



ソラの言葉にルクバトは背伸びをしてその先を見遣る。第二関節が触れて、微かな身じろぎ。

たった一瞬。それなのに、熱い。ルクバトの手は温度がないから、よけい自身の体温が強調される。

胸元がしゃろりと鳴ったのを感じた。



「もっと前行けそう、行ってみようか」

「あ、……」



ルクバトの手が離れる。


星はもう、あと少しで溜まりきる。確認をしなくても、もうわかるようになってきた。

ソラはルクバトの後ろ姿を見つめる。パレードを光源に、その輪郭線は淡く溶けて曖昧だ。


揺れる。揺れる。心が、揺れる。

泣きだす前、本音を話す前、何かがあふれ出そうになるあの感覚。

その情動が告げる。心の奥底にしまっていた、あるものの存在を。



「ねえ、」

「ん?」



話し声と音楽が満ちたその中で、少し声を張ってソラは呼んだ。

ルクバトは振り向き、まっすぐにソラの目を見つめる。



「(好意に星は関係ないとは言ったけど、でも)」



──────もし、星を集めきったら。

ルクバトがこの世界にいる理由がなくなったら。


そしたら、この関係はどうなってしまうんだろう。



どこか遠くなるパレードの音。世界から二人っきりで隔絶されたように、感覚がすべての刺激を受け付けなくなる。

そんな静かな世界で、ソラは思う。ずっと聞けなかったこと。何度も考えた、たったひとつ。


────────自分は、彼がこの世界にとどまる理由になるのだろうか。



「 、」



何かを言おうとして、ソラは口を開く。言葉にはならない。もどかしさが余計に声を堰き止めて、やっぱりどうしても空回り。

こんな想いも、今は無粋だろうか。楽しむだけ楽しんで、いざその時が来たらその時考えればいいのだろうか。

そうしてソラがまた、不安に上手く折り合いをつけようとしかけた、まさにその時。



「!」



ばつん!と大きな音がして、世界が黒ずんだ。



「何!?」

「ソラ、」



間髪入れず、後ろへと庇われる。

パレードのフロート、それどころか周囲の建物の明かりがことごとく消えている。

かろうじて電灯はついているがそれもどこかパワーダウンしている。それまでの光量から見れば雀の涙といったところ。



「……こんな、ときにィ……!」



ソラはきりりと歯噛みした。

明かりは復興しない。普通に見れば単なる電気系統のトラブルだ。しかしソラはもう、この暗闇に漂う不気味さを知っている。


人々のざわめきが、打ち寄せるように大きくなっていく。

そんな暗闇の中、聞き覚えのある唸り声が混じって聞こえた気がした。


次回の更新は4/18(金)の予定です。

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