第二十一話 夜行バスって不便
予定時間より随分遅くなってしまいました……
さて約束の日、集合時間は深夜23時過ぎ。
ソラは火照る肌を夜風に晒しながら外を歩いていた。車の流れは未だ途切れはしないものの、人通りは昼よりも格段になくなっている。
向かう先はもうすぐそこ。バス停である。
「ごめん、待たせた」
「いや? バスまだ来てないし、大丈夫だよ」
驚かせるために後ろから喋りかけたのに、ルクバトは見えているかのようにソラの声に応えた。
柔らかな生地のシャツに、キャメルチェックのサスペンダーパンツ。同色で浅めのキャスケットがレトロ感を醸し出して、まるで本当に物語の中から抜け出てきたような出で立ちだ。
普通の男子高校生が着ればコスプレだなんだと一笑に付されそうなそれを、ルクバトは持ち前の美貌と人間味のなさで見事にモノにしていた。
対してソラも、普段とは違う。
白のブラウスに薄いグレーのカーディガン、ステラブルーの膝丈フレアスカート。ゆるく巻かれた髪はほのかな甘い香りと共に夜風にたなびいている。
靴は最後まで迷って、黒のローファーにすることにした。少しヒールの高めなそれは月光に照らされ上品に光っている。「気取りすぎかも」と思わなくもなかったけれど、結果的にルクバトの出で立ちと相まって、非日常的な印象にうまく纏まっていた。
「新しい服?」
「まあ、もともと服新しく買おうと思ってたから」
嘘である。この日のためだけに買った。「女子高生 夏デート コーデ」などで検索し、店員さんのアドバイスを元に自身の羞恥心と協議して、ギリギリのものを選出した。
伸ばしっぱなしでひとまとめにするだけだった髪も、眉と共に美容院で整えた。前髪を作り、母のヘアアイロンを借りて、熱い思いもしながら練習した。
メイクはできる限りうすづきのものを動画サイトで見つけ出した。今は流石にしていないが、道具も買って持ってきている。幸か不幸か、出不精だったせいで肌は紫外線に晒されず、目立った荒れはない。もう少し年齢を重ねればケアも必要にはなってくるだろうが、今は簡単なものだけで事足りた。現地に到着したら改めてするつもりだ。
「(まあぶっちゃけ、土台がカスだからこれ以上どうしようもないっちゃないんだけど)」
自分の身体────特に足の辺りを思って、彼女は微かに嘆息する。
もともとアバラが軽く浮く程度のやせ形ではあったが、筋肉がついていないせいで全体的なフォルムは完璧とは言い難い。つまり貧相だ。服を整えようが化粧を学ぼうが、それを盛り付ける土台がなっていなければ意味がない。
故に一週間程度だがせめてもの気休め、生活に気を使うようにした。タンパク質を摂りお菓子は捨てて(祖母が食べ)間食をせず睡眠時間をたっぷりとり、できる限りでストレッチと軽い運動をこなした。汗を流した分水分はしっかりととり、むくみ対策のマッサージも調べて習慣にした。
「いやでも化粧まだしてないし、正直全然微妙っていうか」
「似合ってるよ。 それに、お化粧したらもっと可愛くなるんでしょ、素敵だね」
ルクバトのその言葉に、ソラはふつりと言葉を飲み込む。
おしゃれなんかに時間を割いて何が楽しいんだ。こんなのきついだけじゃないか。
そんな否定的な思考が、その一言でほろほろと崩壊していく。星の溜まる涼やかな音と共に、目を伏せたくなる幸福感が心を満たしていく。
こうやって褒められると、嬉しい。何かが報われたような気がしてとろけてしまう。
「(た、単純~~~~~~…………明日からも続けよ)」
単純である。
ソラが微妙な顔をしながら唇をむにむにやっていると、バスがやってくる。
二人の前で止まり、扉が開いた。
「……にしても、アンタなら飛んで行けるんじゃ」
「こういうのって、行く道のりも楽しむものじゃない?」
停止したバスのステップに足をかけながら、ルクバトはそう言う。
楽しむ機微もないくせに。そういう野暮な言葉も今や、ソラの思考は深刻さを持たずに言い放てる。微かについた返しの部分で出来た引っ掻き傷はご愛嬌。
さてソラも乗り込み、バスは発車。
乗ったことはなかったが、見た目は普通のバスとそう変わらない。変わっているのは座席の配置が一列と二列の合計三列になっている点と、席同士を区切るカーテンの存在だけだ。
促されるまま二列の方の席に座り、その隣へルクバトも座る。頭上に荷物を入れるスペースはあるが、少ないからとりあえず持ったまま。通路側のカーテンが閉められ、二人っきりになる。
発車するバスの振動を感じながら座り方を調整し、落ち着いて数秒。ソラはふとある事に思い至る。
人が少ない。というかほとんどいなかった。
そこそこ広いバスの中に、ソラとルクバト、それ以外に三人分程度。カーテンが閉まっているところを見るに
ゆえに静かで快適だ。それだけならただただラッキーで済むだろうが、……。
「……ねえ」
「?」
「こんなもんなの? 人数」
なんとなく予感がして、ソラは聞いた。
ルクバトはその言葉に視線を斜め上へ。そしてぺろっと舌を出した。
「迷惑な人だけ別の便に飛ばした。 ……だめ?」
「……消してないならいい」
今更そんなところを気にしていても仕方がない。そもそも、うるさくて眠れないようなことがあれば困ったものだし。
ソラは背もたれにもたれなおし、車窓の反射で映る自分を見つめる。
無表情ではあったけれど、どこか楽しみの滲む表情だ。
「眠っちゃった方が良いよ」
「わかってる、……」
「眠れないかも?」
くすぐったくなるような音量の声で、隣から声を掛けられる。
シートの短毛が柔らかく、触れている箇所が耳と共にむずついた。
「ん、なんか、」
「ドキドキワクワク?」
「うん」
「きみのこの高揚感、僕も好きだよ。 見てて誘発される気がして。 でも朝に眠気を引きずるのは困っちゃうし……無理矢理寝かせる?」
「あー……いや、良い」
窓側へ傾いていた身体を戻し、髪を片方の肩へ。そうして今度は隣の肩へもたれかかる。
あくまで表面上は普通に、なんの躊躇いも見せないように。
「もうちょっとこのまま、」
「そう」
安堵、とろっとした眠気が打ち寄せてくる。
眠りに落ちていった。
「おはよう」
「……」
身体を揺り動かされ、あくびと共にソラは目を開けた。
慣れない体制で寝たこともあり、身体の節々が若干こわばっている。
「起きて。 メイクしなきゃでしょ」
「んぇ、……ぁ?」
窓から外を眺める。暗かった空は若干白っぽい明るさを帯びて、見慣れない街並みの上に広がっている。
バスが止まり、数少ない乗客がするすると降りていく。後をついていくように、二人もまたバスを降りる。こき、と首の骨が鳴って気持ちがよかった。
さてここからが戦場だ。
鞄を持ち、ソラは洗面所へと向かう。
「鞄持ってようか」
「助かるありがと」
歯ブラシ、歯磨き粉、コップに洗顔フォーム。おまけに新しく買った化粧ポーチ。
それらを引っ張り出し乱雑にタオルにくるむことで一纏めにし、後の鞄はルクバトにパス。洗面所へ駆け込む。
歯ブラシに歯磨き粉を出しながら、ソラは脳内で計算を始める。
ここが最後のサービスエリアだ。この後は終点、目的地のテーマパーク。止まるところはなく、ホテルもチェックインまで時間がある。よってメイクができる機会はここと開場待ちの列に並んでいるときだけ。
そして世には並びながらメイクをするという猛者もいるらしいが、メイクを始めたてのソラにはあまりにも難易度が高い。
ゆえにできる限りこのSAですべて、無理でも最低限ベースメイクまでは終わらせなければならない。
「(止まる時間何分だっけか、)」
「(三十分だよ)」
「ぅおぶ、ッ」
歯磨き中、直接脳内にルクバトの声が響く。
驚いてソラは軽く咳き込んだ。歯磨き粉のミント味が喉の方にまで伝っていく。メイク中であれば大惨事だ。
さて歯磨きと洗顔を終わらせると、ソラは真剣に鏡を見つめる。
ここからが時間、そしてクオリティとの勝負だ。
落ち着かせるように息をつき、化粧ポーチのジッパーに手をつけた。
「(えっとまず、……)」
まずは保湿にUVカット、様々な効果のあるBBクリームを顔全体に塗っていく。
幾つかの行程をひとまとめにして完了できるのは、時間の短縮以前にわかりやすくていい。
その後暗い色のファンデーションでシェーディングを済ませ、眉尻や目尻、口角などの『明るくするゾーン』に明るいファンデーションを塗る。
隈や小鼻の横の微かな赤みはコンシーラーで消す。目の下、唇の上にも塗って、Tゾーンのクリームハイライターと共に顔に立体感を出す。
ラベンダーカラーのパウダーを乗せると、ただでさえ白めな肌は透明感が出て美しくなった。
「(僕がやってあげよっか?)」
「(いい、ちゃんと練習したし)」
「(そっか)」
ぶっちゃけとっても頼りたい。ルクバトならば一瞬で終わらせることが出来るだろう。
しかしこの日のために必死で練習したのだ。どうせならば自分でやり遂げたいものである。
眉は形だけはよかったからブラシとペンシルで軽く整えて、色味を髪よりも抑えたものに。
次はアイメイク。ソラはこれが一番苦手だった。ビューラーで瞼の皮膚を挟んだ時の痛み。粘膜の際を異物が行き来する感覚。少しでも手が震えればリカバリー不可能になるあの緊張感。どうにも慣れない。
「ぅ……、」
最初にブラウンのペンシルアイライナーで目の形を作っていく。少し書いては綿棒で擦ってぼかし、下瞼は平行気味に。いわゆるガイドラインだ。
目尻の三角ゾーンは埋めずに残す。動画では黒目の下にラインを入れていたが、ソラは今でもそのラインの必要性がいまいちわかっていない。
ベースカラーは塗らないまま、中間色をアーモンド型になるように塗っていく。次にブラウンのアイシャドウで、最初に書いた上下のアイライナーをなぞる。
「(あと十分ないくらいだけど大丈夫そう?)」
「(気が散る黙ってて、あとお茶買っといて)」
「(はーい)」
目頭、涙袋、上瞼にパール感のアイシャドウ。
その後未だ恐る恐るのビューラーに三分。カール感などは気にせず、黒目に光が入るようにパキッと上げておくのが重要だ。奇跡的に皮膚は挟まなかった。
ここまでを終わらせ、ソラは改めて全体を鏡で見る。
柔らかい印象のナチュラルメイク。今までで最高の出来だ。柄じゃないけれど、今の自分が可愛いことだけは胸を張れる。
後はチークとリップだが、バスに戻るぶんを考えればもう時間はない。しかたなくそこまでにして、ソラは荷物をまとめる。
洗面所を出ると、ソラの鞄とお茶を持ったルクバトがイタズラっぽく笑って言った。
「魔法使いは必要なかったね」
次回の更新は4/11(金)の予定です。
また、実生活の多忙により更新時間を20〜21時頃に変更します。
もうすぐ完結です。どうぞ最後までお付き合いください。




