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第十三話 夏の不審



体育祭が終わり、期末試験を乗り越えれば、高校生は瞬く間に夏休みだ。

古来より夏休みの課題は『溜めに溜めて最終日に慌てて終わらせる』、というのが学生の様式美。

ではソラもそうかと言われれば、意外にも初日で全て終わらせる派だ。

正確には初日に問題集を全て、二日目に読書感想文などを。三日目は終わっていない場合の予備日にして、四日目からはのんべんだらりと呆け過ごす。外で遊ぶことはせず、ただただ冷房の効いた室内でお菓子を食べながらスマホを弄るのである。



「アンタ太るよ」

「うるへーい」



母からの小言もお構いなし。なんなら「わざわざそんなこと言わなくていいのに」と、いい気分を邪魔されたことに軽く苛立ちすら覚える。


寝返りを打ち、スマホの画面を手持無沙汰に眺める。

動画を見る気分ではなくなったし、SNSも何となく重怠い。仕方なく未処理のメールやラインの処分へ移る。どうせ企業のお知らせメールばかりなのだから、とメールは一括消去。ゴミ箱まですっかりきれいに一掃して、それからラインへ。

こちらもまた追加した企業アカウントの通知ばかりだ。新しいスタンプが出た、とかいうありふれたもの。



「……、」



欄ごと消去していけば出てきた過去のトーク画面に、ソラはふと指を止める。

日付は三か月ほど前。幼馴染からの、なんてことない連絡事。


体育祭、木下からの告白。


地獄の期末試験をこなし数週間経った今でさえ、ソラの脳内では時折思い起こされる。

すっかり忘れてしまえばいいのに、ソラという人間の中ではそう簡単にもいかない。

終わって既にどうすることもできないことを繰り返し反芻する、そんな無駄なことがやめられない性質なのだ。



「(今更どうしようもないけど、……断り方あれでよかったのかな)」



あの時はあまりにも突発的で、混乱もしていた。

ネットで調べて見ても、そういったことはよくあること、と出る。友人だと思っていた相手から好意を向けられて、裏切られたような気分になるという現象。ソラ自身、そのたぐいだろうと考えている。


落ち着いている今改めて考えてみても、ソラは木下をそういうふうには見ることができない。

わからないと言いはした。しかしわかるまででもいいから、という誘いにすらも応じることはできないだろう。それを不誠実だと理解していたし、そういった不誠実を嫌う性質でもあったから。



「(……まあなんにせよ、)」



この一件を、ソラは決して誰にも言わないと決めていた。

そもそも話すような間柄の友人などはいないし、ルクバトは心を読めるから無駄と言えば無駄だ。しかし自分のためにも、木下のためにも、ソラはあの一件を墓まで持って行こうと決めている。



「考えんな~……」



思考を強引に切り替えるために、再度スマホに視線を移す。

動画、先ほどから変わらず気分ではない。Web小説、更新はない。ライン、他に特に届いている通知はない。

そうして見ている中で、ソラはある一つのトーク画面で指を止める。


ルクバトとのトーク画面だ。

コメントは特になく、橙色の鮮やかな写真だけがある。

影狼からの二度目の襲撃の際、写真を送るために交換されたものだ。


少しの躊躇。入力欄をタップし、文字を打ち込んでみる。



『ねえ』



送信。三秒も立たずすぐにつく既読に少し驚く。



『なに?』

『夏休みの課題やった?』

『やんなきゃだめ?』

『別に良いけどさ』



学校に馴染むためならしておいた方がいいだろう。

まあそもそも、認識を改変すればどうとでもなるのだろうが。



『わかった』

『今終わらせた』

『はっや』

『(得意げな熊のスタンプ)』



ソラは呆れたときのように「はは、」と笑った。

『わかった』というメッセージから『終わらせた』というメッセージまで、一秒もかかっていない。



『で、どうしたの?』

『あー』

『えっとさ、』

『夏休みの間にさ、』



『どっか行かない?』

その七文字とハテナマークを打って、沈黙。入力欄からすぐに消す。



『どっか、誰かと会ったりするの』

「(いやいやいや、これも面倒臭い彼女みたいでしょうが)」



彼女。

自分で思い浮かべておいて、少し気恥ずかしさのダメージを受ける。

唇をむにむにやりながら、ソラはまたメッセージを消し、打ち直す。



『会いたいんだけど』



「んぐ、……ふッ」



思わず笑って、スマホをぺっと放り出す。窓から差し込む日光が液晶画面を白く照らした。

ソラはそのまま、ベッドに仰向けに寝転がる。



「死ねよ……」



自分の女々しさに眩暈がする。

人一人(ルクバトは人ではないけれど)を誘うのにどれだけ手間取っているのだ。

頭をガシガシと掻いて、目をつむる。


こんこん、とガラスのノック音。

見れば、なぜかルクバトが窓の外にいる。初対面の時のように十歳程度の姿だが、ベールはかぶっていない。長袖だが汗をかいているようには全く見えず、季節特有の暑苦しさを一切感じさせない。



「ッバカバカバカ見られたらどうすんの!?」

「見られないようにしてるよ」

「あ、……そう」



紛らわしい。が、ソラはひとまず中に招き入れる。

ルクバトはするりと部屋に入り込むと、図々しくもソラのベッドにふわりと座った。



「何? なんかあった?」

「ライン。 途中で途切れたから、どうしたんだろうと思って」

「あ、ぁ……」



ルクバトの視線もスマホへと向く。

表を向いて転がっており、その画面は明るいまま。

そこでソラはルクバトが微かに「……わお」と洩らしたことに気が付く。



「(「わお」……?)」



引き寄せて、画面を注視した。

瞬間、ソラの喉の奥からも引き攣った悲鳴が洩れた。


スマホの画面は未だにラインのトーク画面のまま。

なおかつ先ほど打った最後の言葉は、幸いにもまだ未送信ではあるけれど、


まだ、入力欄からは消せていない。



「そんなに僕と会いたかったんだ……」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛死ッ、死んでくれませんかァ!?!?」

「やだ♡」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


「うるさい!何叫んでんの!」



きゅるん、とかわい子ぶるルクバトに叫ぶソラ。階下の母の怒鳴り声。

ソラは頭を抱えてベッドにうずくまった。俗に言う『ごめん寝』状態と非常に似ている。

「よーしよしよし」。ルクバトは犬でも撫でるようにソラの頭を撫でたが、張本人ということもありすぐにべちりと叩き落された。



「じゃあ確認しに来ただけだし、もう帰るよ。 あとなるべく頻繁に会いにくるようにする」

「もう……一生来るな……帰れ…………」

「帰るって」



ルクバトは立ち上がると、するりと窓から飛んでいった。


部屋に沈黙が満ちる。

しばらくして、ソラはもぞりと体を起こした。

そうして開いたままの窓を閉めて、もう一度ベッドに寝転がる。


思い返すのは先ほどの会話。

あいつは言った。「なるべく頻繁に来るようにする」と、確かに。



「ッ~~~~~~~~……!」



緩む頬を誤魔化すように、低反発の枕をむぎゅ、と抱きしめる。

季節性の暑さが増したけれど、不思議と気にはならなかった。








一方その頃。

ソラの自室を離れたルクバトは、街中を悠々と飛行していた。

昼の陽光が照らす街並み。ルクバトが抜ければ、その軌跡をなぞるようにそよ風が街路樹を揺らす。

何気ない日常の一幕、その進行に爪を立てないように、ルクバトはほどほどに離れたある場所で地に降り立つ。


高架下だ。トンネルのようになっており、道路を中心として歩道が両端に存在している。

車通りが少なく、また人の姿も見えない。ルクバトはその中を軽やかに歩いていく。暗がりの中、真白い彼は発光しているように見えた。


中腹を少し過ぎた頃、不意にぴたりとその足が止まる。

未だその顔には影がかかっており、瞳だけが妙にきらきらと光っていた。



「……尾行が下手だねぇ」



その言葉をきっかけに、ふ、と周囲が翳る。


ルクバトの後ろ、マットな影がある一点へとひきつけられていく。

ぎゅろりと渦巻いて、瞬きの一瞬後には影狼がそこにいた。

以前の襲撃時より、随分と大きくなっている。



《※⇆※ ※⇆⇆⇆※ ※※ ⇆※⇆ ※⇆※※ ⇆※ ?》

「なんで気づいたのか、って?」



ルクバトはくるりと振り向く。プラチナブロンドが星屑のように揺れた。

そしてなんの感情も捉えられない顔で、何でもないことのように笑って、言い放つ。



「僕のせいで産まれちゃった君達に、僕が気付けないわけないだろ」



次の瞬間、黒が迫る。

ルクバトの首には影狼の鋭い牙。地獄の底から響く唸り声が、生温い息と共に白い首をなぞる。

ぬたつく黒が、ルクバトの身体を飲み込もうとでもするかのように、幾筋も絡みついていく。その姿にはあふれんばかりの憤怒が渦巻いていた。



「無駄だってこと、わかってるだろ」



しかしその渦中にいるルクバトはものともせずに、憎しみに歪む数多の瞳を見据えてそう言い放つ。

図星のようだった。現に影狼は溶け落ちるようにその拘束を解く。そうしてずろずろとルクバトの元から離れ、また影の中で恨めしそうに睨みつけている。



「君もままならない存在だよねえ……もはや僕にもどうともしてやれないし」

《⇆※※※ ※※ ※⇆※※ ⇆※⇆※ ⇆⇆⇆※⇆ ⇆※⇆⇆※ ※⇆※  ⇆※⇆※※ ⇆※⇆※⇆ ⇆※※⇆ ※※⇆⇆ ⇆※※ ※※⇆※※ ※※ ⇆⇆⇆⇆ ⇆⇆※⇆※ ※⇆※ ※※⇆※※ ※※ ※⇆ ※※※ ※※※※ 》

「ははは、強がっちゃって。 だからまあ、そんな君に提案。 この夏休みの間くらいはおとなしくしててくれない?」

《……※⇆※ ⇆※⇆※ ※⇆⇆⇆ ⇆※ ※※※⇆ ※※※ ※⇆※⇆※ ※⇆※⇆⇆ ※※ ※⇆ ⇆※⇆⇆※ ?》

「『何を企んでる?』……って、まさか。 ソラに楽しく過ごしてほしいだけだよ」



君たちだってどうせ食べるんなら、星が満ちた心臓の方が良いだろ?

ルクバトはにこにこ笑ってそう言った。普段となんら変わりない笑顔だった。



《……⇆※⇆ ⇆⇆⇆ ※※※ ※※⇆⇆ ⇆※⇆⇆ ※※ ※⇆※⇆※ ⇆※⇆※※ ※※⇆  ⇆⇆⇆※ ※※⇆ ⇆⇆⇆※ ※※ ※※⇆ ⇆⇆※⇆※ ⇆※⇆※ ⇆※ ※⇆※⇆⇆ ※⇆⇆※ ※※※⇆ ⇆※※⇆※ ※※⇆⇆  ⇆※⇆※※ ⇆※⇆※⇆ ⇆※※⇆ ⇆※※※ ※⇆ ※⇆⇆※ ※⇆※※ ⇆⇆⇆⇆ ※⇆※⇆ ⇆⇆⇆※⇆ 》



捨てセリフのような一声を残して、影狼はどぷっと溶けるように消えた。

その途端、世界に温度と色が戻る。

ルクバトは影狼の消えた後をじっと眺めていた。

夏風がその頬を撫でる。車が一台、横を通り過ぎた。

その音の後を追うように、ルクバトもまた、その場でふっと消えた。


次回の更新は2/21(金)の予定です。

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