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第十二話 告白

 



 さて昼休憩を挟み、体育祭も後半戦。

 とはいえもはやソラの出番は終了している。

 故に閉会式まで一人気楽に木陰で休むつもりだった。


 の、だが。



「……そういえば、あいつも出るって、」



 以前、雨の日の帰り道。

 体育祭に出るのかソラが聞いた時に、ルクバトは「自分も出場する」と言っていた。

 マしかしあの男がそのまま出れば大騒ぎ間違いなしだ。ワープのように一発アウトな反則技を使わないにしても、そもそもの基礎能力が違う。あれが素直に謙虚に負けるとも思えない。



「つまり舐めプじゃん……」



 負けない程度に能力にセーブをかけるのだろう。

 生徒の努力光るキラキラしい体育祭でそれってどうなんだ……?と思いつつ、騒がしい運動部の陽キャがごぼう抜きにされているところは少し気になってしまう。性格が悪い。

 それゆえにソラは仕方なく、生徒でぎゅうぎゅう詰めのテントに戻ってきていたのだが。



 ≪それでは、次の競技を開始します。出場者の方は、入場を開始してください≫



 運動場の真ん中に二本、背の高いポールが立っている。

 そのてっぺんには籠型になった網。地面にはそのポールを中心として白線で円が描かれており、その中にはそれぞれポールの色に合った紅白の球が散らばっている。


 そしてその入場者の待機列に、どう見ても、アイツがいる。



「(玉入れェ!?)」



 玉入れである。


 ソラは一人唖然とした。

 そりゃあ玉入れだって種目の一つだが、いささか────あけすけに言えば、地味、だろう。ルクバトのイメージからは外れている。てっきりリレーや騎馬戦のように花形種目に出るものだとばかり思っていたソラは、その予想外の登場に顔を引きつらせる。


 出場者が整列完了。ルクバトは白組だ。

 《それでは、スタートです》というアナウンスと共に、ピストルが鳴り響いた。


 暖かい応援の中、紅白の玉が宙を舞う。

 もちゃもちゃともつれ合うようにして玉を投げ込む出場者たち。

 しかし開始後数十秒、湧く歓声に色がつく。


 明らかに、白組の籠に入る玉が多いのである。

 絶対にあいつが何かやってる。そう感じ取ったソラは、ルクバトの投げる玉の軌跡をじっと見つめた。


 そして気づく。



「……うっそぉ……」



 全員が籠に注目している中、ルクバトだけが一人、籠に向かって玉を投げていない。

『的を外れて落ちる玉』に、玉をぶつけているのだ。

 惜しい外れ方をした玉には掠るように当てて少し軌道を変え、てんで的外れなところに投げられた玉には強打で強引に。

 地面に落ちるはずだった玉はそれにより軌道を変え、すべて籠に入っていっているというわけである。



「……お馬鹿……」



 ソラはなんだか脱力して、思わず頭を抱えた。

 終了のピストル。籠の半分ほどが埋まった紅組に対し、紅組白組の籠は山盛り満タン。投げる玉もなくなった。

 誰がどう見ても、白組の圧勝である。






≪これにて第×回、体育祭を閉会します≫



 借り物競争、その他リレーや玉入れ。あらゆる競技が終わり、空が赤みを帯びた頃。

 表彰式、そして閉会を告げるアナウンスが響く。

 さてこれにて体育祭も終了、あれだけぶつくさと文句を言っていたソラも帰路に就けるか、と言われれば、決してそうではない。

 現に帰りのHRを終わらせた後、生徒達は再度校庭に集められた。体育祭は片付けまで自分たちで行うのだ。

 終われば自由解散である。



「あ、やば」



 しかし片付けがほぼ終わる頃、ソラは自身の手元に水筒がないことに気がついた。

 HRの際に教室に持って行ったまま忘れていたのだ。


 一度周囲を見渡す。

 片付けも終盤、終わりがけ。話すような相手もいないし、今頼まれているものも特にない。

 何なら自分の持ち場が終了したことで、帰り支度をしているらしい者も見受けられる。



「(戻るか)」



 仕事をしなかったわけではないし、もう充分だろう。

 もう戻ってこないつもりで、ソラはするりとその場を抜け出した。





 からり、と扉を開ける。


 一人、ソラは自分の教室に踏み入った。

 目的のものはすぐに見つかる。自身の机の上にぽつんと置いてあった。

 触れるとステンレスの片面がかすかに暖かい。日光の当たる場所に晒していたからだろう。


 水筒を手に取り、ソラはふと沈黙した。

 そしてそのまま何も言わずに自身の机へ腰かけ、教室内を見つめる。


 机を、椅子を、黒板を、空気を、橙色が染め上げる。

 誰もいない教室は静かで、『たった一人』が際立った。



「花崎、」



 空気が震えた。一人が二人になる。

 振りむけば、木下が出入口にて佇んでいた。



「……あ、ごめん。片付け行かなきゃだよね」

「や、呼びに来たわけじゃないけど、もう終わりだし」

「そう、……じゃ自分戻、ッ」



 手首に感触。そして微かな引力がソラの体を引き止める。

 日に焼けた肌は大きく熱かった。



「え、何」

「ッ好き、なんだけど」

「は」



「ずっと、好きだった。付き合ってください!」



 沈黙。

 木下は余裕のない表情でソラを、ソラは信じられないものを見る目で木下を見ていた。



「……と、りあえず、何故今」

「あ、ッち、違う。いや違わないけど、ごめ、なんつーか……こう、こんな、ぶっつけで言うつもりじゃなくて……」



 ソラは一見冷静だが、実際はそうでもない。少なからず混乱はしている。

 ただ木下がそれ以上に焦っているため、少し冷静になっているのである。

 人間、自分より慌てている人間を見ると落ち着くものだ。



「落ち着けって」

「ごめ、その……転校生と付き合ってんのかなって、」

「?……ああ、ルクバトと……」



 ……


 ……


 …………?!



「ッいやいやいや待って、アイツとは付き合ってない!」



 数秒間の思考、その後ソラは急いで否定した。

 どういう勘違いだ。初日のハグが後を引いているのだろうか。



「勘違い!勘違いしてる!付き合ってない!」

「あ、えっそうなん!?」

「付き合ってない!全然!付き合ってません!」

「! なら、」

「……ぁ、その……でも、」



「……その、なんていうか」と、ソラは言葉を濁す。



「わかんない、そういうの」



 微かに歪んだ木下の表情に、ソラの良心がみしりと軋む。


 小学校からずっと一緒の、大切な友人。

 気心が知れていて、一緒にいても苦ではないやつ。

 そんな相手からの好意は、嬉しい物のはずなのに。



「ッわ、わかるまでキープ、とかでもいい……から」

「、ッ」

「……それでも、無理、?」



 ソラの顔色から敗色を察した木下が、肩を掴んで追いすがる。

 それに従い、二人の温度が近くなる。


 熱い。

 重い。

 苦しい。

 生々しい、



「(──────気持ち、わるい)」





「……ごめん、ほんとに……無理」



 俯き、相手の目すら見られないまま、ソラはそう呟いた。

 消え入りそうな小さな声であったのに、やけに大きく響いた。





 木下が教室を離れて数分。

 その場にうずくまっていたソラはふらりと立ち上がり、教室を出る。

 階段を降り、グラウンドへ。ほとんどの人間は既に帰路についており、残っているのは教師やだらだらと雑談を続けている者ばかり。

 夕暮れ色の風が吹いて、からからとした誰かの笑声を引き晒す。



「ッ……、う」



 ソラはそのまま帰ることもできずに、その場に立ち尽くした。


 思春期特有、一過性精神異常。そう理解していても、滲む涙はどうしようもなかった。

 だって正解を知っていても、自分がそれになれるかどうかは別問題だ。

 自分が特別だとは思わない。きっと自分が思っているより自分は普通で、というより凡庸で、目の前で笑っている他人と何も変わらない。そんなことわかっている。

 けれどこの場にいる人たちのいったいどれだけが、先ほど感じたあの嫌悪を理解できるだろう。どれだけが、自分と同じだけ世界を怖がっているのだろう。


 自分以外が普通に見える。だから気持ち悪かった。

 耳鳴りがする。脳味噌にネジを打ち込まれている。呼吸が早くなって、視界は狭くなっていく。





「どうしたの?」



 捻じれて千切れそうになっていた思考が一瞬静止。

 ゆっくりと振り返る。ルクバトがソラを不思議そうな目で眺めていた。



「何かあった?」

「……」



 光へ引き寄せられる蛾のように、ソラはルクバトのもとへ近づいた。

 そのまま倒れ込めば、ひんやりとした腕がソラの身体を抱き留める。

 低い体温に、人間味のなさに、波立った気分が静けさを取り戻していく。


 見えなければないのと同じだ。だから今、ソラはルクバトのことだけ見ていたかった。苦痛から目を逸らし、簡単で安楽な方へ流れていきたかった。その時に乗る小舟になってほしかったし、櫂を漕いで誰もいないところまで連れて行ってほしかったのだ。


 呼吸が落ち着いていく。ソラの返事がないことを理解したルクバトは、落ち着くまで黙って抱きしめてくれていた。

 その沈黙が心地よかった。


次回の更新は2/14(金)の予定です。

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