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第十一話 体育祭

予定より少し投稿遅れてしまいました。

申し訳ありません……。

 



 雲ひとつない日本晴れ、しかして遮るもののない日光が眩いばかりの炎天下。

 晒された肌や喉はぢりぢりと焦がされ、むせ返りそうな熱風がグラウンドの砂を撫で過る。

 挙がる歓声は男女を問わない。スターター・ピストルの音と共に音楽は盛り上がり、地を蹴る足は砂埃を伴ってただ前へ。


 体育祭。準備期間二日を経てついに始まった、青い春の定番代名詞。運動部は練り上げた己の健体康心を誇り、女子の髪はリボンが編み込まれ可愛くなる。

 そんな夏煌めく真っ只中に、



「無理あづい……死ぬ……」



 ソラは一人バテていた。


 グラウンドから少し離れた木陰の一角。放射状に差し込む日光が眩しい。

 木の根の隆起が比較的穏やかな所で、ソラは微かにひりひりする手のひらを握って開いて、そして「馬鹿じゃないの」と思う。


 こんな暑い中遮るものもないまま運動をするなんて、どう考えても熱中症まっしぐらだ。現に出番の終わった生徒たちは、テントの下や木陰に移動して各々うめき声をあげている。ソラだって先ほど綱引きを終えて帰ってきたばかり。



「(あと……なんだっけ次の種目)」



 ポケットに仕舞い込んだプログラムを取り出し、開く。

 今回の体育祭は午前の部に8種、午後の部に8種と分かれた全16種目。開会式と閉会式は別計算だ。

 ソラが先ほど参加した綱引きは午前の部の5番目。現在6種目が行われているから、全体で見ても中盤に差し掛かっていると言って良いだろう。



「(えーと、7番目がパン食い競争……で、8番目が、……)」



 プログラムの続きを見て、ソラは少し顔を顰めた。

 種目で言えば、あとひとつ。その8番目の種目でソラの出番は終わりである。もっというならば、今日が終われば夏休みがもう目の前だ。勿論、期末試験という最後の敵はあるけれど。



「(まあでも、)」



 その『あとひとつ』が嫌なんだよな。

 そう心の中で独り言ち、ソラは立ち上がる。日陰から日向へ。歓声がまたどこかで沸いた。



≪次の種目はパン食い競争です。参加者の方は入場を開始してください。また、次の種目の参加者は準備をお願いします≫






 遮るものの無くなった白光は目によく染みる。

 グラウンド、テントが並び立つ中の一部分に開いた入場ゲート。人の行き来の多いそこは、一際温度が高く感じられる。


 レーン前の列にてソラは落ち着かない気持ちのまま、目をしぱしぱと瞬かせていた。

 煙たいばかりの砂っぽさと日光のコンボは、普段外に出ない身体には猛毒だ。

 8番目の競技の入場アナウンスが流れる。



≪次の種目は、借り物競争です。出場者は入場を開始してください≫



 そう、借り物競争。

 与えられたお題に沿った物や人を連れてゴールをしなければならない競技。少女漫画でよく好きな人を連れていく羽目になるあの種目である。


 無論、ソラも自分から志願したわけではない。

 この体育祭において、一人の参加できる種目には制限がある。数はもちろん、種類という意味でもそうだ。そんな条件で順番に決めていたら偶然参加メンバーが足りなくなった。進行役が参加を募ったが、そこで手を挙げるような人間がいたらそんな事態にはなっていない。

 結局うまく決まらないまま参加可能な人だけをピックアップし、そしてくじで決めることになった。結果の方は推して知るべし。

 冗談みたいな出来事だが、実際にそうした結果、ソラが走者として選出されてしまったのである。



「(……こんなん陽キャがやってこそでしょ……)」



 そう嘆くももう遅い。本当に嫌ならもっと簡単な種目で自分の出場枠を埋めておけばよかったのだ。

 ソラの出番は二組目、トラック外側から3番目のレーン。

 渋い表情のままスタート位置に立ち、号令と共に膝をつく。


 鳴り響くスターターピストルの音。共に湧く声援に背中を押され、ソラは駆け出す。

 その先には折りたたまれた白い紙が置かれており、その中の一枚をひっつかんだ。



「(変なお題じゃありませんように……ッ)」



 ぱっと開けば、黒のマジックで書かれた雑な文字。

 内容は────……



「(……『友達』?)」



 ソラは死んだ目で一瞬固まり、そして視線をあげる。

 人が自分の借り物を叫びながら走り回る中、自分たちのクラスのテントへ視線を動かした。

 そこでふと、自分の目があの月色を探していることに気が付き、ソラは思わず首を振る。


 なんとなく、あれを友人と呼ぶのは据わりが悪い。というよりもそう呼びたくなかった。

 ここでルクバトの名誉のために断っておくと、決して彼がソラからの信用を失うような行動をしたわけではない。現に数日前、報告書もどきを書いていた授業中には、ソラは彼を友達と呼んでいいのかと悩んでいたわけで。

 理由は自分でも検討がつかなかった。けれど今すぐ解決するようなそれでもないように思えた。


 だからソラはテントに駆け寄り、スポーツドリンクを飲んでいた木下へ声をかける。



「ごめん木下、ちょい来て!」

「えッ、お、俺!?」



 戸惑うその表情をよそに、ソラはその腕を引っ張って連れていく。黄色い歓声が背を引っ掻いて、居心地の悪さが後を引いた。


 正直なことを言えば、ソラは木下を連れて行くのも気が進まなかった。

 彼だって、学年での知名度や人気はそこそこ高い。ルクバトほどではないにしても、どう考えても周囲からの目は集めてしまう。


 かといって、他に声を掛けられるような友達もいない。謙遜などではなく、本当にいないのだ。

 結局のところ消去法。一瞬好奇の目で見られるか、条件を聞いた時の微妙な顔を見ないふりか。ソラは前者を選んだ、というだけの話である。


 息を切らしてゴールまで駆けていく。木下はすぐにソラを追い抜いて、余裕のある走りで少し前を行く。腹立たしいが、運動量を考えれば当たり前のことである。

 ぱぁん。ゴールラインを越えると共に、ピストルの音が迎え入れる。息の切れたままソラは、手に持った紙を係員へ手渡した。



「はーい確認しますね。お題は……『友達』!」



 デカい声で言わないでほしい。



「や~なんかこれ聞くのもアレなんですけど、お友達ですか?」

「え、あ、はい、! 幼馴染なんで!」

「はーいお題達成です! おめでとうございます!」



 係員は眩しい笑顔で次の人へお題を聞きに行った。


 ソラはクラスですら、幼馴染ということを公言していない。木下も目に入るところでは特に言っていないはずだった。

 中学校時代より更に他地域の人数が増えた今、二人が幼馴染であることを知っている人間は数少ない。

 ゆえに、おそらくギャラリーの目には、大分と珍妙な組み合わせに映っていることだろう。



「(クラスのムードメーカーと友達少ない陰キャだしなぁ……)」



 ソラは腰に手を当て、苦笑いをひとつ。指でかき分けた髪は汗で少し湿っていた。鉢巻だってきっと色が変わっているだろうから、一思いにはぎ取る。



「ごめん来てもらって、テント戻ろ」



 斑らの鉢巻を解きながらソラは振り返り、木下にそう声をかけた。

 しかし、返事はない。



「(……あれ?)」



 木下はそこに突っ立ったままで、沈黙している。普段なら「借り物競争で呼ばれるなんて漫画みてぇ」とでもはしゃぎそうなものだが。

 今の彼はどこか、唖然としているような印象を受ける。



「おーい、どしたん?」

「あ、や……大丈夫、なんでもない。 戻ろう」



 がしがしと頭を掻きながらそういうと、木下はソラを放ってスタスタと歩きだす。

 変なの。そう思いながら、ソラもまた踵を返した。

 思考はすぐにお弁当へとすり替わり、その違和感はすぐにかき消えてしまった。


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