10冊目:万物の記録(アカシックレコード)006頁
状況が分からないと混乱する千隼に理久が探していた人間は俺だったことを伝えると、何故か俺がドジだとかそういう話をされた。
最初に高校生か同い歳くらいだと思う、なんて間違った情報を言ってきた理久のせいなのに。
まあ、理久の勘も外れることはあることを学んだわけで、結果良ければ全てよしということにしておこう。
理久の作ってくれたクッキーを3人で食べていると、部屋の戸が叩かれる。返事をすると兄貴が入ってきた。
兄貴は床に座る理久を見ると「理久くーん!!久しぶりー!!」無防備な理久に抱きついて押し倒した。
俺ですらまだ抱きついてなかったのに!!
「た、拓矢さん?!あれ?記憶戻って……なんで?!」
困惑する理久。そうだよね、理久のあのお願いが正確に叶ったのであれば理久の記憶だけが戻るはず。それなのに、『契約者では無い人間』である兄貴の中の理久の記憶も戻っている。
恐らく、瓶から溢れた砂のせいで、願いが一部過大解釈されてしまったのだろう。
…………それであれば、理久と出会う前に話をしておかなければ面倒なことになりそうな人がいるなと思った。
体のいたるところが痛いけれど、なんとかベッドから降りる。
動かない方がいいと兄貴から止められたが、ついてこないで欲しい伝え、部屋から出た。
ゆっくりと時間をかけて移動。1階のとある部屋の扉を叩く。
中から返事がする。ゆっくりと扉を開けると、部屋の主は目を見開いて「ね、寝ていなさい!!骨にヒビが入っているんだぞ!!」慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ父さん。それより『契約者としての話』をしようよ」
父さんの眉間に皺が寄る。
「理久が新しく契約していたから、俺が砂をあげた。そしたら量が少し多くて……兄貴の記憶まで戻ったの。本来であれば父さんも戻るはずだけど、父さんはさ、『元々記憶を失っていない』よね?」
父さんはしばらく黙っていたが、ため息をつくと「やっぱり、優也は賢いなぁ」ソファーに腰掛けた。俺も隣に座る。
「いや……父さん、隠してなかったでしょ」
「それもそうだな。『書き変わった記憶』がだいぶ混ざってしまっているけど、優也の言うとおり『書き変わる前の記憶』もある。それで『契約者同士の話』とは、なんだい?」
「……その前に、ひとつ聞かせて?父さんは俺や理久が『契約者』ってこと知ってた。どうして、ずっと知らないふりをしていたの?」
父さんは少し言葉に迷ったあと「普通の父親でありたかったから、という我儘だよ」小さな声で教えてくれた。
「普通の、父親?」
「そう。理久君の願いが叶ったあとも定期券の更新や、診察に関しては少し干渉したが……基本的には何もしなかった」
「どうして……」
「理久君が願いを叶えた後、弱っていく優也を見て、全て話そうかとも思った。けれど、それでは理久君との思い出に縋るだけになる。その思い出を共有できる人が居なくなった時、父さんはもう何もしてあげられない。その時に優也がどうなるのか考えれば、明かすことは出来なかった」
思い出を共有できる人が居なくなる。
遠回しには言っているが、そういう事なのだ。
言葉の意味が、酷く重い。
「………そう、だったの。でもそれなら、なんで本の世界で虎から助けてくれたの?」
「あれは身体が勝手に動いたんだ。優也を守ること。それは美也子……母さんとの約束でもあるから」
「そっか。ありがとう、父さん」
「どういたしまして。それで『契約者としての話』とはなんだい?」
「父さんは、今までどおり『一般人』として、過ごすのかなって。兄貴に合わせて記憶が戻った振りをするなら多分教えてあげないと、記憶が分からなくなっていそうだから」
「そうだな、優也の言うとおりだ。体感としては何も無いから分からなかった。折角優也が教えてくれたのだから、父さんは『一般人』に戻ろう」
「わかった。……じゃあ『一般人』に戻る前に、もうひとつ、きいていい?」
「言ってみなさい」
「父さんが持ってる聖剣のこと。多分……お母さんの力だよね?」
「そうだな。ずっと、肌身離さず持ち歩いていた、母さんの形見だ。……もしかして、欲しいのかい?」
「ううん、違うの」
最近なぜか自分の能力が不安定で、自己治癒能力はあまり働かず、身体強化能力もあまり期待できないことを伝える。
父さんは静かに聞いてくれた。
「なにか知ってれば教えて欲しい。こんなこと始めてで、どうすればいいのか分からないの」
元々の体にも依存する能力だが、俺は特異体質だから精神的なものが大きく影響することを教えてもらう。
そういえば理久を傷付けようとした『契約者』に対して怒りを感じた際、制御が一時的に全く出来なくなったことを思い出した。
「心当たりがあるようだね」
「うん。弱体化…も、するんだね」
「そうだな。けれど、優也の健康状態が要因としては大きい。体を大切にしなさい」
「わかった。ありがとう父さん。聞きたかったことはそれだけだよ」
ソファーから立ち上がった瞬間だった。
「優也、千隼君を呼んできなさい。父さんと千隼君……黄泉還りの子と話しておきたいことがある」
この流れは予想していなかった。思わず変な声が出る。
「頼まれてくれるかい?」
「えっと、千隼は何も悪くないよ?」
「わかっているよ。初めて会った時に気付いたが、恐らくあの子は『人型の迷魂』として存在していたことがあるのではないかな?」
「なんで分かるのさ」
「何人も診てきたからね。そういう子は、今は平気でも段々と不安定になる。少し診ておこうと思って」
「…………変なこと、しない?」
父さんはにこりと笑った。
「優也の友達を傷付けるようなことはしないさ。それにあの子は理久君が混じった黄泉還りだからね」
「……千隼に変なことしたら、絶対許さないから」
「わかっているよ」
父さんと千隼が何を話し、何をしていたのか詳しくは知らない。
しかし、俺が『寝ている間』はお泊まりをしながら千隼が監視もといい面倒を見てくれる話を聞いた。
……どうしてそんなことに?
千隼の負担になるから嫌だと言うと、当の本人が自分にも利があるのだと教えてくれた。
どんな交換条件が提示されたのかは分からないが、少なくとも父さんが『外部の人間に触れさせる』ことを極端に恐れた結果であろうことは推測できる。
俺の世話係ならいくらでも本職を雇えるはずであり、なんなら『俺の家』から連れてくればいい。
そうしないのは、やはり俺が幼い頃に家政婦から虐待されていたせいなのだろう。
聞いた話ではあるけれど、父さんは俺が虐待されていたことを知ってから極度の人間不信になっているらしいし。
そして、確かに俺は対人恐怖症とまではいかないが、どれだけ強がっても他人が怖い。
俺自身で『寝ている間』の行動を変えることは出来ないから、恐らく最善といえば最善なのだろう。
千隼に謝ると、謝らなくていいと言われ、頭を撫でられ、ぎゅっと抱きしめられた。
抱きしめられて、気づいた。
千隼の身長また高くなってる?
そういえば、別日に遊びに来てくれた流成にも『寝ている間』に身長差を広げられていたし、少し声も低くなっている気がした。
それなのに俺の身長は伸びないし、声も変わらない。なんでだろう、成長期じゃないの?
……今まで、体だけは時間に取り残されていなかったのに。
千隼が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「優也、どうしてそんなに泣きそうなの?」
千隼の声は高い方だけれど、それでも少しだけ低くなっている?
「なんでもない。なんでもないんだけど、もうちょっとだけ、ぎゅって、してくれる?」
「…………わかった」
クラスメイトとの会話も本などでの勉強では学べない、なにかが違うことを感じることがある。
俺は、時間に取り残されてしまう。
これは単に誤魔化しが効かないようになっただけ。覚悟はしていたこと。予測が出来たこと。
千隼が優しく、頭を撫でてくれた。
雨でじっとりとした日が続くが、今日は珍しく晴れていた。
運動場はぬかるみが多いものの、たまに訪れる晴れの日だからと昼休み、クラスメイトからサッカーをしないかと誘われた。
激しい運動などは控えるようにと言われているけれど、少しくらいなら大丈夫かな?
やったことがなくても平気か尋ねると、問題ないという話だったので参加することにした。
実際やってみると、そんなに走り回っても居ないのに汗がでた。体力が酷く落ちているのを実感するけれど、とても楽しい。
受け取ったボールを蹴って、ゴールの中に入れると味方から喜ばれた。
すごく嬉しくて、嬉しくて、楽しくて仕方ない。
服は汗でびっしょりとなってしまったけれど、すごく楽しかった。
そして、翌朝チョーカーが記録した体温は見事に平熱の基準を軽く超えていた。
当然ながらサッカーをして遊んでいたこともバレたし、すごく怒られた。
軽く遊ぶつもりが白熱してしまっただけだし、そこまで体力が落ちているとは思わなかったわけで、わざとでは無いのだけれど。
1日安静にするようにと解熱剤の混ざった点滴を打たれてしまう。
風邪くらいで点滴なんて、とは思うけれど仕方あるまい。
父さんから、ベッドの上で本を読ませれば味をしめてまた風邪を引いて帰ってくる可能性があるとかなんとかで、お仕置きだと本を取り上げられてしまった。
俺は一体なんだと思われているのだろう。
ぼんやりと雨が振り続ける外を眺めながら時間を過ごす。
……暇すぎる。
携帯電話を取り出して、最近読んでいなかったシリーズ物の最新巻が出ていないかを確認した。思った通り新しいものが複数出ていた。躊躇うことなく『買ってもらう本リスト』へ全部追加。
この本の世界には入らないように気をつけて読もう。
続けて流成からのメッセージを確認する。どうやら俺のロッカーから教科書を持って行ったらしい。ちゃんと返してくれれば別にいいや。同時に頼まれた事にも了承し、スタンプを送って、っと。
少し眠くなってきちゃった。
酸素マスクを付け直し、携帯電話を枕元に置いた。
ちょっとだけ寝よう。おやすみなさい。




