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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
10冊目:万物の記録(アカシックレコード)
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10冊目:万物の記録(アカシックレコード)004頁

 目を開ける。体が痛い。

 周囲を見渡すと、家で寝たはずなのに何故か病院にいた。多分ここは、俺が暮らしている蓬莱の集中治療室……だと思う。

 腕と頭には包帯が巻かれているし、頬には絆創膏が貼られている。

 ………はて、この怪我は一体?

 部屋には沢山の本が置かれており、開きっぱなしのものもある。

 俺、多分ここで数日生活してた……のかな。

 体を起こす。……なんか、胸と腰も痛い。

 ナースコールに手を伸ばし、ボタンを押した。

 すぐに看護師さんがやってきて、優しく状況を簡単に説明してくれた。

 どうやら『寝ている間』に家から出てしまって、車に轢かれたらしい。

 強く全身を打ち付けているのだとか。

 『寝ている間』に怪我をすることはよくあった。

 それでも、ここまでの大怪我はしたことが無い。どうして、家の外になんて──。

 ひとつ、思い当たることがあった。

 どんなに慣れたからといって、俺にとってあの家は無意識の中に刷り込まれた恐怖の館だ。

 恐らく、逃げようとしたのだろう。

 点滴の中に入れられた薬の副作用に耐えながら本も読めない時間を過ごしていると、父さんがやってきた。

 父さんは涙を流しながら俺の顔を触る。

 「ごめんな、優也。父さんが……家にいて欲しいなんて言ったから」

 父さんのせいじゃないよ。大丈夫だよ。

 言いたいのに、言葉が出ない。

 体が動かない。ごめんなさい。俺が、俺が悪いの。父さんは悪くないの。

 俺が、悪い子だからいけないの。

 俺が、外に出るからいけないの。

 さっき点滴に混ぜられた薬のせいかな、だんだん意識が薄れて、世界が真っ暗になった。



 目を開ける。知らない部屋だった。

 人工呼吸器と空調の音が少し響いて、ちょっとうるさい。電源を切る。

 薬の副作用だろうか。酷い吐き気と頭痛がする。

 ゆっくりと体を起こして周囲を見た。

 ふかふかの布団に、ふかふかの絨毯。

 ベッドの傍には本が沢山入った段ボール箱が置かれている。

 どこだろ、ここ。

 キャビネットの上にぬいぐるみが置かれているのに気がついた。鍋に入ったカモのぬいぐるみは、俺のペンダントを首にかけている。

 ペンダントを取り返し、匂いを嗅いでみる。ぬいぐるみは新品のものだと思えた。

 他に目につくものは無い12畳くらいの殺風景な部屋。

 鉄格子がしっかりと嵌った窓から見える景色は、木の葉であまり見えない。

 ……あれ?これ、窓が溶接されてる?

 元々開くはずの窓が、溶接されて開かないようになっていた。溶接の跡は古いものではなく最近出来たものに見える。

 よく見ると鉄格子も真新しく、窓ガラスも新しい。

 とりあえずベッドから降りる。

 体に管が何本も入っているからあまり動かない方が良いのだけど、少しならいいよね?……おっとっと。

 体を支えきれなくて床に座り込んでしまった。ふかふかの絨毯が気持ちいい。これも新品のような気がする。

 ………この部屋、何なんだろう。

 このまま寝転んでしまいたい欲求に駆られていると、部屋の扉がかちゃりと音を立てたあと開いた。

 部屋に入ってきた人間の顔を見て安心する。

 やっぱり、誘拐とかじゃなかった。

 部屋に入ってきた父さんは俺のすぐに隣に腰を下ろし、優しく頭を撫でてくれた。

 「優也、体は大丈夫か?」

 「うん、平気」

 「薬は飲めそうか?」

 「うん」

 差し出された薬を全て飲みきると、頭を撫でられた。

 「優也は偉いな。こんなに沢山の薬を、嫌な顔せずに…」

 確かに最近少し増えたけど、小さい頃よりは薬の数、減ってると思うけどな。

 首を傾げると、泣きそうな顔の父さんから抱きしめられた。

 「ど、どうしたの?」

 「父さんのせいで、また優也が怪我をした。また怪我をさせてしまった。父さんは優也を傷つけてばかりだ……」

 抱きしめる力が強くなる。

 「もう、誰にも触らせない。もう、何処にも行かせない。父さんが、守ってやるから」

 「えっと、それはどういう……?」

 「ここに居てくれれば、安全だからな」

 なんだか父さんの様子がおかしい気がする。

 「父さん、どうしたの……?」

 「もっと早く、こうしていれば良かったんだ。こうすれば、守れたんだ……大丈夫、守ってあげるから」

 父さんがおかしくなった。そう感じると共に、なんだか嫌な予感がした。

 

 そして、嫌な予感は完全に当たる。

 父さんは毎日部屋にやってきて、怪我の状態を確認した。

 必ず服を全部脱がされて診察が行われる。

 冷静に考えればおかしいくらいに毎日、時間をかけて朝昼晩と確認するのだから、流石におかしいことは理解している。

 けれど、父さんがこうなったのは俺のせいで、俺が責められるものでは無い。

 脱走癖が『寝ている間』に出てしまうことは今までも何度かあった。

 その度に受付の看護師さんや警備員さんが連れ戻してくれていた。

 家には看護師さんも警備員さんもいない。

 全部、俺が心配をかけるせい。

 俺がここにいれば父さんは心配しなくて済む。

 それなら、俺はここにいるべきなのだろう。

 鍵がかけられた扉に、溶接された窓の部屋。

 外界から完全に距離を置く、小さい世界。

 俺が開く扉は、手元にある本だけでいい。

 なんて、平和な世界なのだろう。


 何日経ったか覚えてない。本を読んでいたら解錠の音が聞こえた。父さんが来るにはまだ時間があるはずなのだけど。

 顔を上げると、慌てた様子の兄貴が部屋に入ってきた。

 「優也、無事か?よし、無事だな。今すぐここから──」

 「出ないよ」

 兄貴は目を見開いて、俺の顔を見る。

 「まさか、義父さん……」

 「兄貴が思っているようなことは起きてないよ。俺はここにいるべきだから居るだけ。居たいから居るだけ。ちゃんと俺の意思でここにいる」

 「それは、義父さんが…」

 首を横に振った。

 「俺がここにいれば、父さんは心配しなくて済む。だからこれでいいの」

 突然、ぱんっと頬に弾けるような音と痛みを感じた。

 「お前がここにいても何も変わらない!誰も救われない!何かを救いたいなら、自己犠牲じゃなくてちゃんと救いやがれ!!」

 頬を叩かれたことに気付くのに暫く時間がかかった。

 泣きそうな兄貴の顔。ひりひりと痛む頬。

 「じこ…ぎせい……?」

 「……誘拐殺人の犯人。あれは『わざと』誘拐されたんじゃないのか?」

 「そんなわけないでしょ?死ぬかもしれなかったのに」

 「なら、なんであの清掃員の勤務時間を細かく確認していた?」

 「何の話?」

 「とぼけても無駄だ。義父さんが優也に会議や公園の資料作成を頼んでいたことには驚いたけどな、その関係で7階のパソコンは院内の情報が見放題だろ。お前はそれを利用して、勤務時間を盗み見ていた。違うか?」

 「………どこに証拠が?」

 「アクセスログで確認した」

 「?」

 「……閲覧記録って言えばいいか?」

 「なるほど」

 兄貴は俺が『寝ている間』に医院長の座を引き継いだ。つまり、そういう情報も見れるというわけだ。

 ……そんなものがあるなんて、知らなかったなぁ。

 「それに、服を脱がされる時に咄嗟に飲み込んだと言ったらしいけどな、誰が優也の服や荷物に発信機をつけていると思ってるんだ?簡単には取れないようにしているはずだぞ」

 「……何がしたいの。俺がわざと誘拐されたことを突き止めて、脅すつもり?」

 兄貴がベッドの縁に腰を下ろす。

 「違う。優也が大事な弟だから、ひとりで抱え込んでいるものがあるなら手伝わせて欲しいんだ」

 手を握られた。兄貴の手はいつも温かい。

 「……なあ、優也。お兄ちゃんを信じて、頼ってくれないか?」

 一緒にこの場所を出よう、と兄貴が微笑む。

 「でも、この場所から俺が居なくなれば、父さんは本当に『壊れてしまう』かもしれない。だから俺はここに居ないと」

 「この状況は、ただの監禁だ。繋がれてこそいないが、窓もこんなで鍵のかかった部屋に閉じ込めて……立派な虐待だよ。優也は父さんに虐待をさせたいか?」

 「俺は、父さんを安心させたいだけ……」

 「なら、別の方法で安心させろ。ずっと言いたかったけどな、安全な所に閉じ込めて出さないなんて方法、俺は認めない。それに……ここに居たら友達にも会えないんじゃないか?」

 「友達……」

 確かに、理久や千隼、流成や琹音に会いたいとは思う。樹来お兄さんにも会いたいし、ちょっとくらいは蓮や英寿にも会いたい。

 俺は、どうすればいいのだろう。

 父さんに心配かけたくない。けれど……

 悩んでいると、開いたままだった扉から勢いよく父さんが部屋に飛び込んできた。

 酷く慌てた様子で顔面蒼白の父さんは、俺を見ると安堵の表情を浮かべる。

 「ああ、優也、良かった、無事だったんだな。誰かに連れ去られたんじゃないかって…ああ、良かった」

 息を切らしながら近寄る父さんの前に兄貴が立ちふさがった。

 「義父さん。優也のことが心配なのは分かります。けれど、この状況はただの監禁です。あなたが一番恐れていた虐待そのものですよ」

 父さんが眉間に皺を寄せる。

 「この部屋は安全なんだ。優也を傷つけるものは無いし、傷つける人間もいない。ここなら、ずっと守ってあげられる!」

 「その結果が監禁ですか?」

 「もしかして優也を連れ出そうとしたのか?……拓矢なら、理解してくれると思ったのに残念だ。優也、ここは危ない。もっと安全なところに行こう。おいで」

 父さんが腕を広げ優しく微笑んでくれる。

 ほんの少し前なら、俺はなんの迷いもなくその腕の中に収まっていただろう。

 けど今は、どうしていいのかわかんない。

 頭がすごく痛い。瞬きをすると涙がこぼれ落ちる。

 「泣かなくていい。さあ、おいで?」

 優しい父さんの声。大好きな、父さんの声。

 父さんのこと、小さい頃からずっと、ずっと大好き。

 『代わりの俺』が用意されたと思ったとき、すごく悲しくて、苦しかった。嫌われたんだと思った。

 それでも、父さんのことが大好きなのは変わらなかった。

 少しでも考えてしまえば悲しくなるし、元々感情を殺して生きてきたこともあって、感情は俺には必要ないものだと、物語の中だけで十分だと割り切っていた。

 俺の利用価値だけを考えて、何年もそうやって過ごしていた。

 望まれる笑みを作って、望まれるように振る舞う。物心着く前からそう躾られた。

 『お父さんのために』と、何度も家政婦から心も体も殺されそうになりながら必死に耐えた。

 俺は理久と出会って、感情の殺し方を忘れてしまっていただけ。

 それなら簡単。もとの俺に戻ればいい。

 もとの俺に戻れば、何も迷わなくて済む。

 深呼吸をして、父さんを見た。


 「……父さんが安心できるなら俺、監禁されても構わないの。それなのに、父さん以外にも大好きな人沢山出来ちゃったみたい。会いたい人、いっぱい出来ちゃったみたい。だからね、ここから出たいの。……悪い子でごめんなさい」

 ベッドの上で頭を下げた。

 人の温かみを知ってしまった。俺はもう、もとの俺には戻れない。

 望まれる笑みを作り、望まれる反応をしていた『人形』だった頃とは違う。

 物語に配置された役者ですら、自分の感情に従う。

 俺は、ちゃんと『人間』でありたい。

 「俺は、父さんが思ってるほど子どもじゃないよ。もう、12歳なの」

 父さんは静かに、広げた腕を閉じる。

 「……私は、また間違えたことをしたのか?」

 「そうかもしれない。でも、明確な回答なんてどこにも無いから大丈夫」

 「……すまない」

 「気にしてない」

 父さんが兄貴の横を通って、俺のすぐ隣までやってきた。

 「……もう、頭を撫でられないな」

 「たまになら撫でていいよ」

 優しく頭を撫でてくれた。

 

 

 

 

 

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