10冊目:万物の記録(アカシックレコード)003頁
宿のベッドに座った瞬間、思わず横になりたい衝動に駆られる。まだ我慢、まだ我慢。
先日の出会いから何日経っているのかを聞くと、理久は首を傾げた。
「今日は土曜だから、3日だろ?」
「いや、俺はほら、ずっと『寝てる』から…」
「めちゃくちゃ体調が悪いってのは聞いてるけど、もしかして日付もわかんねえくらい寝てんの?」
……なんか違和感。
まさか、千隼から俺の病気のことを聞いていない?
千隼を見ると、苦笑いをしていた。
「優也、僕に話してくれる時すごく怖がってたから……言わない方がいいかなって」
「…………千隼、ちょっとここ座って」
ベッドを軽く叩く。
すぐ隣にちょこんと座った千隼を、両手で抱きしめた。
「な、なに?!どうしたの?!」
「……大好き」
「えっ、ぼ、僕も優也のこと好きだよ。あれ、もしかしてこれ、このまま付き合えちゃう?うそ、なんで?」
ちょっと勘違いされそうなので離れる。
「いや、付き合ったりはしないから」
「なんでなのさー!!」
「なんででも」
頬を膨らませる千隼の横で、理久に病気のことを説明する。
理久は驚きはすれど疑いはしなかった。
だから、別れ際に言い損ねたことをきちんと伝える。
「俺はすぐには会えないの。でも『起きたら』会って欲しいな」
「……分かった」
理久は優しく微笑んで頷いてくれた。
俺には、十分過ぎるご褒美だと思う。
とりあえず千隼に小瓶を出せるか確認したが、どうやら出せないようだった。
読んだ本の世界に入ったことがあるかを聞いたが、それは無いらしいし、今回も俺の手を握って寝た以外は何もしていないらしい。
そういえば千隼は読書嫌いだったなぁ。
どういう状況になるのかクリスに尋ねたが『黄泉還りだから』という話しかしてくれない。
千隼のことは分からずじまいだが、何か問題があるというものでは無いらしい。
基本的には本の世界の怪我は俺と同じように痣として現実の世界の体を蝕む為、怪我はあまりしないようにというものと、あくまで俺の体質を利用しているに過ぎないため注意するようにとクリスが教えてくれた。
千隼は俺が『寝ている間』でも、一緒に眠れば『起きている間』と同じように一緒に過ごせる能力だと認識したらしく、嬉しそうにしている。
ちょっと違うけど、良いのかな?
それよりも千隼は自分が一度死んだことをどう受け止めているのだろう。
重く受け止めて、悩まなければ良いのだけど。
千隼を見ていたら両手で挟み込むように頬を触られた。そのままふにふにと動かされる。
「優也、また何か難しいこと考えてるよね」
「えっと、別に何も」
「優也は嘘が下手くそなの、自覚してる?」
「………じゃあ聞くけどさ、千隼は自分が『黄泉還り』だって知ってショックじゃない?」
千隼が俺の頬から手を離し、にっこりと微笑んだ。
「なあんだ。僕のこと考えててくれたの?僕は大丈夫だよ」
「どうして?」
「だって、僕に死んだ記憶は無いんだもの」
それは、理久の小瓶が記憶を作ったから。
千隼の記憶は、半分以上が作られた記憶だから。
都合の悪い記憶は無いのだから。
「……千隼は、強いんだね」
これ以上は伝えるべきではないと、そう思った。それなのに。
「だって!強くないと優也のこと守れないでしょ?」
「俺を、守る?」
「そうだよ。優也はすっごく弱いんだから」
記憶を無くす前の理久にも同じようなこと言われたな、なんて思う。
ずっと俺と千隼の会話を聞いていた理久は流石に気づいたのだろう、真剣な顔で「……優也君。正直に答えてくれないか?」俺を見た。
恐らく、感情を観られている。嘘はつけなさそう。
「うん、なあに?」
「俺の今の願いは、人探しのようなものなんだ。前に『契約者』だった時の願いは《千隼を生き返らせること》だったんじゃないか?」
「うん。そうだよ」
「俺には、協力者がいた。間違いないか?」
「うん」
「その人は……俺のペア相手…か?」
理久に協力してくれた『契約者』は俺以外にもいるから、この質問の答えは分からない。
「沢山いると思う。ペアは……組んでいたけど」
「やっぱり、俺にはペア相手ってのも居たんだな」
理久は目を伏せた。ペア相手に会いたいって願いだった?でもそれなら、俺と出会った時に瓶の底が抜けているはず。
「……もう、2個目のお願いを叶えればいいと思うよ。やっぱりほら、俺の砂をひと粒あげるから」
理久が首を振る。
「それじゃあ、さっき優也君と交わした約束を忘れるだろ?」
「それは……そう、だね」
「俺は優也君との約束を守りたい。それに、その砂は優也君が願いを叶えるために貯めたもんだろ。受け取れない」
「………分かった。じゃあ、理久の人探し、俺も手伝うよ。探す人はどんな人なの?」
「俺と同じくらいの歳じゃないかと思うんだ」
理久と同じ歳の人間。少し考える。
ふたり思い浮かんだ。
「それから、俺の本の好みをものすごく理解してくれてる本好きだと思うんだ」
浮かんだふたりを除外した。
「……ごめん。わかんないや」
「そっか。ありがとう。……さて、気を取り直して『迷魂狩り』でもするか?」
理久が白紙の本を取り出すと同時に、本が場面転移とは別の光り方をした。
どうやら、この舞台は終わりらしい。
……また、俺は眠るのか。少し怖いな。
悪夢を見せる『契約者』に見せられた物を思い出す。
どうか、『起きたら』正夢になりませんように。意識が薄れて消えていった。




