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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
10冊目:万物の記録(アカシックレコード)
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10冊目:万物の記録(アカシックレコード)002頁

 腹部に受けた衝撃で目が覚めた。

 見上げると、俺より少し年上の男の子が立っていた。

 「起きろ、この怠け者!!」

 また蹴られる。体を丸めて耐えていると、今度は髪を引っ張られて、無理矢理マスクを剥ぎ取るように外される。

 「これがあるから怠けるんだろ?」

 男の子は、人工呼吸器のマスクを床に叩きつけ、踏みつける。

 「やめて!壊れたら俺、もう寝られなくなっちゃうの!!死んじゃうの!!」

 「だったら怠けんな。早く来い」

 髪を掴んで立たされて、部屋から出た先も俺の知らない場所だった。

 ここ、どこなんだろう。

 父さんは?兄貴は?どこなの?

 長い廊下を歩き、連れていかれた先は自称父親の部屋だった。

 自称父親は俺の顔を触り「明るいところで見れば、確かに瞳は緑色なんだな。あの女そっくりの顔立ちに、この瞳か」じっと観察してきた。

 怖い。ものすごく怖い。嫌がればまた殴られる?首を絞められる?怖い。助けて。

 目を触られそうになって、思わず顔を逸らしてしまった。

 自称父親は激怒した。

 殴られ、床に倒れる。そのまま蹴り飛ばされた。

 何度も、何度も蹴られた。

 自称父親の姿が幼い頃に見た家政婦の姿と重なった。

 ごめんなさいと、何度も謝罪の言葉を口にする。

 意識が途切れた。

 

 目を覚ますと物置部屋だった。マスクは壊れていなかったみたい。

 吐き気がして、お腹は凄く痛い。

 ここに居たら、多分死んじゃう。殺されちゃう。

 父さんは、どこにいるんだろう。なんで助けてくれないんだろう。

 少し動かす度に激痛の走る体を無理矢理動かし、扉へと向かう。

 扉は外から鍵がかかっていた。俺の力じゃどうにもならなそう。

 何か使える道具があれば、違うかもしれないけれど。

 部屋を見渡すと、隅に工具のようなものをみつけた。うん、この工具なら何とかなるかも。

 細い金属製の工具を隙間に挟んで扉をこじ開ける。うまく開いてくれた。

 少し目が慣れるまで待って、部屋の外を見る。だれもいない。

 窓から出られればいいのだけど、流石に『起きたばかり』の体では、胸元くらいの高さの窓から外に出るのは難しそう。何か近くに台はないかな。

 見つからないよう慎重に廊下を歩き、登れそうな物が置かれた場所がないか、玄関がないかを探す。

 探している最中に足音が聞こえて、咄嗟に隠れられそうな場所を探した。

 階段の裏の隙間、ちょっとした荷物の隙間に体を押し込んだ。昔は本の世界のこういう場所に隠れて寝ていたのを思い出す。

 じっとしていると自称父親の声がした。

 「優也を探せ!!絶対見つけ出せ!!」

 苛立ちを隠さない自称父親は、俺を見つけたら今度は絶対に逃がさないように繋いでおくと言っている。

 このまま逃げ切らなければ、もう逃げる機会は無さそうだ。

 どうして俺はこんなところに居るのだろう。

 怖い。助けて。誰か、誰か──。

 ぎゅっと体を小さくして隠れてはいたものの、昔ほど小さくない体はすぐに見つかってしまった。

 「こんな所にいたのか。手こずらせやがって」

 自称父親は俺の髪を引っ張ると、隠れ場所から引きずり出そうとする。

 「痛い!やめて!!」

 必死で抵抗するが「父親に反抗するな!」殴られる。

 「あんたなんて父親じゃない。俺の父さんはもっと優しくて、絶対に俺を殴ったりしない。お前は偽物だ。本物の父さんのところに返せ!」

 自称父親が、呆れたように笑った。

 「峰岸優叶は優也が『寝ている間』に死んだよ。父親でもないのに、父親の顔をしていたのはどちらなのだろうね」

 「………へ?」

 言葉が、理解できなかった。

 峰岸優叶は父さんの名前。

 峰岸優叶が──父さんが、死んだ?

 「うそ、父さんは、違うよ、そんなはずない」

 「本当のことだ。峰岸優叶は偽物だけどな、俺は本物の、優也の父親なんだよ」

 息ができない。涙が溢れて止まらない。力が入らない。

 違う。違うよ、父さんは父さんだから。違うの、違う。違う、違う、違う。

 父親に腕を掴まれた。抵抗する気力がない。

 「葬式も全部終わった。もう何もやることはないよ。峰岸と名乗っていようと大宮拓矢に『峰岸家の財産』を継ぐ権利はない。正しい血を持つ優也でないと、『峰岸家』は継げないんだ」

 父親は子どもは親の言うことを聞きなさいと言いながら微笑み、頭を撫でてきた。

 おまえは、父さんじゃない。さわるな。

 心では拒絶できても、体が上手く動かなくなった。


 扉の壊れた倉庫に連れ戻された。抵抗はしなかった。

 首にロープが付けられた。きちんとしたものが用意できるまでの繋ぎらしいが、食いこんできて凄く痛い。

 逃げ出そうと扉を壊した罰で、家族だという人間に殴られ、蹴られ、叩かれた。

 痛かった。けれど、もう、どうでもよかった。

 頭を殴られ朦朧とする意識の中で俺を見下ろし笑う父親の姿を見た瞬間、殴られた痛みとは別に、ずきりと酷い頭痛がした。

 頭を押さえる。

 痛い、痛いよ、助けて、痛い、痛いの。

 自分が壊れていくような感覚に襲われる。

 怖い。痛い。助けて、誰か助けて。

 父親の拳が再度襲いかかる。強く目を瞑った、その時だった。

 聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 目を開けると、時間が思ったかのように父親が拳を振り上げたまま止まっていた。

 「……なに、これ」

 俺の目がおかしくなっていなければ、恐らく色彩も失われている。

 突然の事態に何が起きたのか飲み込めずにいると、また聞き覚えのある声がした。


 ──優也、起きて。しっかりして!──


 周囲には誰もいない。

 けれど今度は誰の声なのか理解出来た。

 「ちは…や?」

 声に名前を呼ばれる度、なんだか暖かなものに包まれているような感覚があった。

 ゆっくりと目を瞑る。

 そして、もう一度目を開けると、目の前には顔をぐしゃぐしゃに濡らした千隼の顔があった。

 目が合うと、泣きじゃくった顔がぱあっと笑顔になる。

 「優也、大丈夫?」

 「……」

 返事ができない。声が出ないというべきか。

 ぎゅっと千隼が抱きしめてくれる。体に力が入らない。

 ふと、そばで白紙の本より小さな、文庫本ほどの大きさの黒い本を持った理久が視界の外の相手と会話していた。

 正確には、言い争っているような雰囲気。

 あんまり聞き取れないや。

 「もう、大丈夫だよ。僕が優也を守るから」

 俺を理久に預けると、千隼は見覚えのある金色の剣を握って立ち上がった。

 なんで、千隼が俺の聖剣を使えるの?

 「優也をいじめるお前なんて、いなくなっちゃえ!!」

 跳躍すると同時に、視界から消える。

 金属の擦れ合う音が聞こえて、しばらくすると静かになった。

 千隼がまた、視界の中に戻ってきた。

 「……なんで?どうして?悪いやつ、やっつけたよ?優也、しっかりして!!また寝ちゃった?起きて!!おきてー!!」

 ゆさゆさと体を揺らされる。ちゃんと起きてるよ。声も出ないし、体も動かないけど。

 「もー!!おーきーてー!!」

 だから、起きてるってば。

 千隼はしばらく何かを考えたあと、にっこりと笑って顔を近づけてきた。

 「起きないお姫様って、こうやって起こすものだよね!」

 唇に、柔らかい感覚が伝わる。

 何か理久の声が聞こえた気がするけれど、聞き取れないや。視界いっぱいに千隼の顔が広がっていて、えっと、今俺何されてるの?

 …………理解するのに時間がかかった。

 理解した瞬間、千隼を両手で思いっきり突き放した。口元を押さえる。

 「な、な、な、何を……!!」

 「良かった!気が付いたんだね。えへへ、僕のファーストキス、どう?」

 満足そうな千隼は、ぺろりと唇を舐める。

 「ど、どうって言われても……」

 理久が千隼の頭に拳骨を入れる。

 「ごめん優也君。その、初めて…とかじゃなかったよな?」

 「……口と口なら初めてだけど」

 真っ青になる理久の隣で、頭を押さえながら涙目の千隼がにんまりと笑う。

 「でも、優也が元気になったじゃん!」

 元気になったというか、驚いたというか。

 でも、言われてみれば今まで動かなかった体が動く。一応ありがとうと言うべきなんだろうか?

 色黒さんが蒼白になっているので、気にしないで欲しいと伝えた。どうせ俺にとっては夢なのだし。

 お詫びにと理久が文庫本のような大きさの黒い本を差し出してくる。

 中身まで黒い本には、白い文字で『とある契約者』の能力の詳細が書き連ねられていた。

 「寝ている優也君に能力を使ってた奴の詳細。心当たりある?」

 「……わからない、かも。ところで、この本はなに?」


 理久は黒い本が自分の『契約者としての能力』であることを教えてくれた。

 本によると、この能力は『万物の記録アカシックレコード』というらしい。

 他人の能力が記録されるには能力を使っている姿を見る、理久が実際に目にする必要があるが、この本はその名にふさわしく万物を記録するもの。

 理久が知らないはずの詳細でさえ事象を記録し、記録内容を理久が呼び出せば、勝手に文字が現れるというものらしい。

 試しに俺の能力も確認してもらうと、俺の認識通りの記述が浮かんできた。

 「つまり、理久には能力が筒抜けってこと?俺の名前とか、色んなことが見れちゃう?」

 理久は首を横に振った。

 「この能力は『今いる世界の万物の記録』を保管する媒体と言い表すのが正しい力なんだ」

 「……あくまで、能力を目の前で使うと事象として記録されているだけってこと?」

 「そうなる。一度記録されればいつでも呼び出せるけどな、現実世界で記録に使えば俺の日記になるくらいには使い方に困る」

 なるほど、『万物の記録』は、あくまで記録であり万能の辞書では無さそうだ。

 俺と理久の会話を聞いていた千隼が「ねえ、ふたりとも何の話してるの?」割り込んできた。

 そういえば、理久はともかく千隼はなぜ本の世界でも千隼の姿で居るのだろう。やっぱり理久の魂のせい?

 俺の剣を千隼が使えていたことといい、黄泉還りの人間というのは、少しなにかがズレているのかもしれない。

 「千隼も『契約者』なら能力があるよね?その話だよ」

 『契約者』であれば誰でもわかる話をしたつもりだったのに。

 「契約?能力?なにそれ」

 千隼から返ってきた言葉は予想を超えていた。

 「千隼も『テラー』と契約した…でしょ?」

 千隼が首を傾げる。もうひとつ聞いてみた。

 「小瓶で、本の世界に入った…よね?」

 「本の世界?なにそれ。僕はうなされてて苦しそうだった優也の手を握ってただけだよ」

 意味が分からない。『契約者』でもない、本を読んだ訳でもない、俺と手を握っていただけ?

 「…………クリス、説明して」

 返答は、クリスからではなかった。

 「優也もクリスのこと見えるの?僕ね、誰かの願いで生き返った『黄泉還り』っていう人間だから、優也と手を握ったら夢の中に入れるよってクリスが教えてくれたの!」

 「……………………そう、なんだ」

 状況整理が追いつかない。

 とりあえず、ふかふかのベッドか草原で横になりたい。

 横になってから、考えたい。

 「…ねえ、千隼、理久。この近くに、少し休めるところはある?」

 それなら宿に向かおう、と理久が提案してくれた。

 

 

 

 

 

 

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