9冊目:白銀の聖剣士009頁
父さんは数日休んだ後、帰宅した。
俺もそれに合わせ家に戻ることにする。連休明けの学校は、しばらく家から通おう。
ただいまと声をかけると、父さんがすごく嬉しそうに出迎えてくれた。
ハセガワに7階から持ってきた必要最低限の荷物を運んでもらっている間、俺はリビングのソファーに腰掛けていた父さんの隣に座った。
何から話せばいい?何を話せばいい?分からない。
ただじっと、隣に座っているだけ。
何も出来ない。
しばらく座ったままでいたら父さんが自分の膝を軽く叩いて「乗らないのかい?」微笑んだ。
「……どういう意味?」
「そのままの意味だよ。私の膝の上で、絵本を読むのが好きだったろう?」
「へ?」
全く記憶にないことを当然と言われてしまった。
……父さん、いつの話をしてるんだろう。
「おいで、遠慮しなくていい」
「……ねえ父さん。俺、12歳になったんだよ。中学生になったの。だから膝の上には乗らない」
一瞬、父さんは呆けた顔をしたあと「そうか、そうだった……いかんな。まだ優也が小さい子の様に見えてしまう」ぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でてきた。
撫でられながら父さんの顔を見る。笑ってはいるが、なんだかぎこちない。
考えがまとまらない。色々まとまらない。
つい、ずっと思っていたことを聞いてしまった。
「……父さんは、俺が産まれて良かったと思う?」
撫でる手がぴたりと止まった。
「……どういう意味だい?」
「俺が産まれなければ、お母さんは死ななかった。そしたら、沢山の救えた命があったはずなの。お母さんが命をかけて産んでくれたのに、俺は寝たら息ができないし、ずっと眠ってばかりいる…………『失敗作』でしょう?」
父さんはしばらく何も言わずに俺を見ていたが、頭から手を離した。
「優也は、小さい頃はひとより苦手なことが多かったんだよ。立つのも、歩くのも、喋るのも、全部苦手みたいで、出来るようになるまで凄く時間がかかっていた。覚えていないかい?」
「わかんない」
「凄く小さい頃の話だからね。優也がひとより苦手なことが多い子でも構わなかった。居てくれるだけで嬉しかった。今まできちんと言えてなかったね。産まれてきてくれて、父さんは嬉しい。失敗作なんて思ったことは一度もない。それは母さんも同じのはずだ」
「でも、俺が──」
「あの日、母さんの命と優也の命、どちらかを選ばなければいけなかった。母さんはなんの迷いもなく優也を選んだ。……産まれなければ良かったなんて思わないで欲しい」
「…………え?」
「どうした?」
「聞いてた話と違うの。お母さんは俺が産まれると同時に産まなきゃ良かったって後悔しながら亡くなったって」
父さんは目を見開いて、誰に言われたのかと多少興奮気味に聞いてくる。
家政婦から毎日聞かされていたことを話すと、父さんの顔がかなり厳しいものに変わった。
「……優也には本当のことを教えてあげよう。母さんはね、絶対に優也を幸せにしろとは言っていたけれど、最期まで泣き言は言わなかった、強い女性だよ」
「で、でも」
「母さんは産まれたばかりの優也を見て自慢げに見て笑っていたよ。どんなもんだい、ってね」
言葉が出なかった。みっともなく涙を流す。
父さんが優しく抱きしめてくれた。頭も撫でてくれる。
「優也はとっても賢い子だが、賢いから大切なんじゃない。どんな優也でも私の──父さんと、母さんの宝物なんだ。産まれて来てくれてありがとう」
涙が止まらない。拭っても拭っても、次から次に溢れてくる。
俺、産まれてきちゃいけない子じゃなかったんだね。
父さんは俺が泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれていた。
しばらく家で過ごすうちに雨が多くなり、じめじめとした日が多くなった。ちょっと本が心配かも。
ある日、俺の体温や脈拍の記録を確認した父さんに明日には『寝てしまう期間』が来てもおかしくないと言われた。
父さんの体調は回復したというよりは安定したというべきもの。多分、治るというものでは無いのだろう。
俺が負担をかける訳にはいかないから、7階に戻った方がいいかを聞くと家にいて欲しいと言われた。
父さんからの希望であれば、出来るだけ叶えてあげたい。明日『寝てしまっても』大丈夫なように今日は学校を休んで準備をする。
お布団よし、枕よし、部屋に危なそうなものは無いね、うんうん。
ふいに棚の上に置いていたぬいぐるみが目に入る。
カモがネギと一緒に色んな具材が入った鍋でくつろいでいる、ぬいぐるみ。
俺がカモネギ鍋と勝手に呼んでいる、ぬいぐるみ。
びしっと指さして「カモネギ鍋!お前を護衛隊長に任命してやろう!」何となくカモネギ鍋を護衛隊長に任命し、両手に持って移動。
こっそり父さんの寝室に潜入し、とても大きなベッドの上にカモネギ鍋を置く。
「……ちゃんと守ってね」
ふと、キャビネットの上にある古びた本を見つけた。父さんもこういう本、読むんだなぁ。
カモネギ鍋護衛隊長の優しく頭を撫で、寝室から出た。
目が覚めたら家族が居なくなっていたりしませんように。
夕方には、殆ど体が動かなかった。
ベッドの上でぼんやりと考える。今度はどれくらい『寝てしまう』のだろうか。
目を閉じた。
『起きたら』絶対、父さんに「おはよう」って言うんだ。
だからそれまで、おやすみなさい。




