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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
9冊目:白銀の聖剣士
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9冊目:白銀の聖剣士008頁

 すごく、いい匂いがした。

 目を開けると、リビングのソファーの上に寝かされていた。冷えないようにブランケットをかけてもらっているようだ。

 体を起こすと湯河原が笑顔で「おはよう」声をかけてきた。

 すぐに聖剣を握る。立ち上がり、湯河原に向けて構えた。

 「答えろ。俺に、何か盛ったな?」

 「えっ?」

 「ホットミルク、飲んでたら急に眠くなったの。なにか仕込んだろ?」

 湯河原はしばらく唸って考えた後「いや、混ぜたのは蜂蜜くらいだが…」首を傾げていたが、少しだけ微笑むと、そっと近づいてきて剣の間合いに入り込み、手を伸ばしてきた。

 「さ、触るな!!」

 1歩下がる。剣を振るが、ペンダント状態の銀色の聖剣で受け止められてしまう。

 「……すまない。触るよ」

 優しく、優しく抱きしめられた。

 「離せ!!やめろ!!」

 頭を撫でられた。もがいても離してもらえない。

 「いいや、離さない。……優也は、自分が何歳の男の子なのか理解しているのかな?どんな子なのか理解しているのかな?」

 「なにを言いたい?」

 「優也は怖がりで優しい12歳の男の子だ」

 「年齢以外、あってないよ。俺は怖がりなんかじゃない」

 「そうかい。でもね、まだ優也は12歳なんだよ。たくさん甘えて、たくさん我儘を言って、たくさん泣いて、笑って、遊んで、愛されて過ごして良かったはずなのに、我慢させてしまった。私が斬った『契約者』は、優也を誘拐した犯人の片割れだね?ずっとずっと、あんなものに付きまとわれて怖かっただろう」

 「ちが、違う……」

 よく頑張ったね、そう囁かれた瞬間、体から力が抜けた。剣を落としてしまった。涙が流れて止まらなかった。

 湯河原はただ、優しく優しく背中と頭を撫でてくれる。

 「ガワが同じでも、中身が違う。唯一同じ人間として証明ができる方法といえば『契約能力』くらいだが、よくある能力ならばその証明も難しい。信じれば痛い目に遭うなら、警戒もし続けないといけなかっただろう。私は、優也の味方だ。信じてくれなくても、ずっと、ずっと味方だ」

 言葉が出なかった。たくさん、たくさん泣いてしまった。

 泣き疲れた後にすごくいい匂いの正体だったシチューを食べた。とても美味しかった。


 本の世界で1週間、体感時間では2日ほど過ぎた頃。

 真夜中の学校で走り回っていた俺の前に『ネズミの形をした迷魂』が突き出された。

 湯河原が『迷魂』を探しに探した結果、学校の旧校舎に住み着いた『ネズミの形をした迷魂』が大量にいることがわかった。

 1匹ずつ本の中の時間で夜中になると捕獲作戦をしていたのだが、途中埃まみれになってしまったり、油のようなものを頭から被ってしまうような少々思わぬ事故もあったが、何とか捕まえることが出来た。

 ネズミを入れるものとして適切なのかは不明だが、湯河原に捕まり側面と底辺がつるんとしたプラスチックで囲まれた虫かごの中に入れられたネズミは何故自分がこんなところに入れられているのかと籠の中で暴れ回っている。

 「ほら優也、これが『最後の1匹』のはずだよ。私の『テラー』はもういないから、優也の方で確認してもらう必要があるのだけど」

 クリスに確認すると、最後の1匹で間違いないらしい。

 それを伝えると、湯河原は何とか小説が終わるまでに間に合ってよかったと笑う。

 白銀の聖剣のペンダントに刺された『ネズミの形をした迷魂』はひと握りほどの砂になった。

 湯河原は小瓶を取り出すと、俺に譲渡してくれた。ひと握りの砂が虫かごから消えた。

 やっと『迷魂狩り』が終わった。

 白紙の本を確認すると、シナリオも終盤で、主人公がずっと片思いだった幼馴染との恋を成就させようとしていた。

 満月の夜に告白するらしい。夜間外出禁止令は犯人が捕まって解除されたにしても夜中に出歩く中学生とはこれいかに。

 お疲れ様と声をかけようとして、湯河原の姿が見当たらないことに気が付いた。

 「湯河原、どこに行ったの?」

 呼ぶが、どこにも居ない。

 湯河原 麻耶に会いに行こうとしたが、その前にシナリオが終演を迎え、白紙の本が輝きだしてしまった。

 「湯河原、どこ?どこなの?」

 返事は無かった。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 目を開ける。いつもの俺の部屋。とりあえず時間を確認する。

 もう、晩御飯の時間だった。

 電子レンジで温めて食べるグラタンを冷凍庫から取り出していた時だった。酷く慌てた様子のハセガワが7階にやってきた。

 「どうしたの?」

 「優叶さんが倒れられて!!」

 「……へ?」

 父さんが、倒れた?

 「それで、いま、どこにいるの」

 「3階の集中治療室に──」

 考えるより先に、体が動いた。

 エレベーターは、別の階に移動してしまっている。待ってられない。

 廊下を走って、倉庫へと向かう。

 中にある非常階段の扉を開けた。

 階段を駆け下りて、転んで、立ち上がって、3階の表示を確認して、扉を開けた。集中治療室の入口の目の前に出た。

 インターホンを鳴らす。

 「峰岸優叶の息子、峰岸優也です!!あけて!!」

 看護師さんが扉を開けてくれる。飛び込むように進もうとした俺の肩を掴んできた。

 「落ち着いて、優也君。お父さんはちゃんと意識はあるから」

 「で、でも!!」

 「それより、あなたの怪我も手当しなきゃ」

 「怪我?」

 「そう、ほら」

 看護師さんが俺の頭を触る。見せてもらった手には血がべっとりと付いていた。

 「………気づかなかった」

 「このまま行ったらびっくりさせてしまうからね。ほら、手当しよ?」

 「うん……」

 幸い、軽い切り傷と打ち身だけだったらしいので止血して傷薬をつけてもらった。

 父さんは、自分の状態よりも俺の怪我を心配してくれた。

 多少疲れが溜まって倒れたのだと笑いながら、怪我を触らないように頭を撫でてくれた。

 なんだか涙が溢れてきて、みっともなく泣いてしまった。

 今日は父さんと一緒に寝るのだというと、人工呼吸器の用意が難しいから駄目だと言われてしまった。絶対に一緒に寝るとワガママを言うが、駄目だと首を横に振られる。

 寝なければ一緒に居られるかと尋ねると、父さんからきちんと寝るようにたしなめられた。

 仕方なく7階に戻るが、どうしても落ち着かない。

 恐らく、父さんは近いうちに自分が倒れることをわかっていたのだろう。

 わかっていたからこそ、時々悲しい顔をしていたのだろう。

 中学校の入学祝いを絶対にやりたいと息巻いていたのは、もしかすると。

 自分の頬を叩いた。ぱんっと軽い音と、痛みが走る。

 「大丈夫、父さんだもん。どんな病気でも治せる最高の名医なんだもん。大丈夫。大丈夫!」

 自分に言い聞かせ、出しっぱなしだった自然解凍されたグラタンを食べるか少し悩んで、そっと『ごめんなさい』した。

 新しく出したグラタンは味がしなかった。







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