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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
9冊目:白銀の聖剣士
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9冊目:白銀の聖剣士007頁

 鼻血なんていつぶりだろう。

 最近身体強化能力や自己治癒能力が弱くなっている気がする。俺本来の能力に乗算して力を発揮するものではあるので、それほど本当の体が弱っているのかもしれない。

 『湯河原 麻耶の器を借りた契約者』は再度気絶した俺を介抱してくれた。

 流石にもう、これ以上敵意もといい警戒するのは申し訳ない気がしてくる。

 「……湯河原さん、でいい?剣を向けてごめんなさい」

 頭を下げると、まだ鼻血が止まってすぐなのだから頭を動かさないようにと言われた。

 「そそっかしい所まで美也子に似ているとは……」

 なんだか呆れられているような気もする。どうしてお母さんの名前がでてくるのさ。

 「……あんたに敵意がないことはよくわかった。あんたが俺にしたかったことって、何?」

『湯河原 麻耶の器を借りた契約者』は、優しく微笑んだ後「さっきも言ったけれど、優也を可愛がることだよ。この本は妻が大好きな本だった。だからたまに、砂を貯められなくなってもこの世界には入ってしまう」俺の頭を撫でてきた。

 「……あんたの、思い出の本だったってこと?」

 「そう。そうしたら優也がこの本の中にいた。私が姿を見せれば、後戻りはできない。けれど、もう傷付いた姿は見たくなかった」

 撫でていた手が俺の身体の方に移動し、優しく優しく抱きしめられた。

 「俺は、あんたのこと知ってるの?」

 質問の答えを貰う前に、場面転移が起きた。

 舞台は学校。職員室。

 俺はというと服が中学校の制服に変わって、恐らくシナリオに学生として組み込まれてしまっている。恐らく年齢などが上手く噛み合った結果、勝手に配置されてしまったのだと思う。

 『湯河原 麻耶』は中学校の数学教員だ。転移先の目の前に居た。

 ノートの束を指さされる。

 「これを教室に持って行ってくれるかしら」

 ここは何も波立てず、シナリオ通りに進めた方がいいかもしれない。

 「分かりました」

 ノートを持ち運ぼうとして、現実世界で教科書の類を持ち運べなかった記憶が蘇る。

 少し身体強化能力を入れて持ち上げた。すんなり持ち上がってくれた。

 ノートを持ったまま廊下を歩いていく。ノートに記載されたクラスは1年2組。教室まで運んで、教卓の上に乗せる。

 クラスメイトから声を掛けられた。シナリオに取り込まれた際に必要な情報としてクラスメイトの名前などは頭に入っている。

 突然背後から肩を組まれ、午後の授業をサボってカラオケに行かないかと誘われる。俺、なにも音楽知らないや。知ってる曲なんて、国歌か音楽の授業で習った曲くらいなんだけど。

 現実世界ではまず起きない絡みをされながら、昼休みを迎えた。

 流石にサボるのは遠慮して、クラスメイトに連れられて一緒にサッカーをする。服が泥だらけになってしまって、体操服に着替えたたくらいには夢中になってしまった。


 何回か場面転移が起き、すぐに放課後になる。

 とりあえず泥だらけの服を水道で洗い流していると湯河原がやってきた。

 どこか嬉しそうで、どこか悲しそうな顔をしている。

 「服をこんなに汚して……楽しいかったかい?」

 「まあまあ、かな」

 「それは良かった。軽く泥を落としたら、きちんと洗濯をしよう」

 「……それなんだけど」

 自分の家が何処にあるのか分からないという話をすると、湯河原は自分の家に泊まるのではないのかと当然のように言った。

 「生徒と教師だよ?他人同士!!」

 「フィクションの世界では問題あるまい」

 「問題無いわけないだろ!!」

 何度も行く行かないの攻防を繰り返したあと、ほぼ無理矢理車に押し込まれ湯河原の家へと連れていかれた。

 汗がしみこんだ体操服から何から全部剥ぎ取られて風呂に入れられる。

 湯河原の家の風呂は普段使っている7階より小さい。湯舟につかりながら百数える。

 シャワーで済ませようと思ったが、湯船に浸かるように言われてしまった。俺、お風呂に浸かるの苦手なんだけどな。

 シャワーは好きでもお風呂は苦手だと伝えるとすごく悲しそうな顔をされたので、仕方なく湯船にも入ることにしたのだ。

 苦手でも、やっぱり温かくて気持ちが良いのには変わりない。

 半分くらいのぼせながら風呂から出ると、湯河原がホットミルクを用意してくれていた。

 洗濯も何もかもが俺が風呂に入っている間に済まされて──あれ、ちょっとまって?

 白紙の本を出す。うん、やっぱり変だ。

 風呂に入ろうとした湯河原を引き止めた。

 「ねえ、シナリオの進行!!全く進んでないの!!」

 通常ならば多少なりとも進んでゆくはずのシナリオが全く進んでいない。

 あまりに長時間シナリオが進まなければ、この本の世界が崩壊してしまう。

 「早くシナリオが進まない原因、見つけないと!!」

 本の内容は名前の設定のない男子生徒が夜、ひとりで歩いていたところ何者かに襲われてしまうというもので止まっている。


 男子生徒、夜、ひとりで……?

 もしかして、この男子生徒というのは。

 シナリオが止まっていた理由が、ようやくわかった。


 そして、俺がこの世界のシナリオに組み込まれたというのに、家が分からなかった理由がよくわかった。

 湯河原に無理やりにでも連れてこられなければ、俺は夜の街で『迷魂』を探していた。

 男子生徒は意識不明の重体、瀕死で見つかり、危険だからという理由の吊り橋効果の彩りとして使われる。

 白紙の本の過去の記述を確認する。俺が組み込まれたタイミングの地の文、湯河原と一緒に転移した時の文字には、見覚えがある。

 悪筆の、書き殴ったような文字で名前のない生徒としての描写のはずの文に俺の名前が、本名がしっかりと書かれていた。

 湯河原は驚きながらも白紙の本の書き換えを見ている。

 これは書き換えに気が付かなかった俺の落ち度だ。もう、どう足掻いても変更できない。

 「湯河原、お願い。協力して。あんたの能力が俺と同じなら、他人に治癒能力を付与できる。瀕死の俺に──」

 「断る」

 あまりの即断に返す言葉を失った。まあ、それもそうか。湯河原にはなんの利点もないのだ。

 「そう、だよな……俺は、何も交換条件として差し出せるものがないし」

 落ち込んでいると湯河原に抱きしめられた。

 「それは違う。私は優也が傷付けられる事を容認できないだけだ」

 「どういうこと?」

 「優也の傷付く姿を見たくない。それだけだよ」

 「そんなこと言われても。今のままだとシナリオが崩壊しちゃう」

 抱きしめてくる力が強くなった。

 「私に案がある。協力してくれないだろうか」

 「……話を聞くだけなら」



 夜の街を歩く。

 人気のない場所に差し掛かった時『それ』は現れた。

 包丁を持った、大柄な男性。

 恐らく俺の力なら、この登場人物を返り討ちにすることはできる。

 しかし、もし仮に返り討ちにすれば危険人物が徘徊しているという環境作りの為だけに犠牲になる男の子はいなくなり、シナリオが進まない。

 男性が襲いかかってきた。

 身体強化能力をあげて避け、引き離しすぎない程度に逃げようとした時だった。

 するすると、足に絡まる黒く平たい腕のようなものが現れた。

 強化が出来なくなった足が力を失う。

 派手に転んだ。

 転び方は考えたから、怪我は無い。

 体にたくさんの腕が巻きついてきて、恐らくもう剥がせない。

 包丁を持った男性が近づいてきた。

 「やあ、優也君。久しぶりだね」

 「……やっぱりあんたか」

 「そうだよ。やっと優也君と暮らせると思ったのにもう二度と会えないなんて、あんまりだろう?」

 「俺はそれで構わなかったんだけど」

 『男性の登場人物の器を借りたキラー』が目の前に立つ。

 「優也君、どうして?俺がどれほど愛してあげていたか、分からない?分からせてあげるよ」

 ゆっくりと腰を下ろすと、キラーは包丁を振り上げた。

 そして、次の瞬間には腕ごと包丁は地面に落ちた。遅れて血飛沫が舞う。

 汚い悲鳴が響く中、俺とキラーの間に銀色の聖剣を持った女性──『湯河原の器を借りた契約者』が立った。

 キラーは目の前に現れた聖剣士を見ると、様々な感情の入り交じった顔をした後「死神様、ですか?お会いしたかった……」涙を流す。

 女性は何も言わず『キラーが借りた器』を剣で突き刺し、破壊した。

 周辺に散った血や血溜まりは、砂へと変わっていく。

 湯河原は底の抜けた小瓶を取り出すと「《峰岸優也に砂を譲渡する》」キラーが遺した砂を俺に譲ってくれた。

 そしてすぐに聖剣を仕舞い、携帯電話で警察に電話をかける。

 夜の街で襲われる男子生徒の役割は、危険な人物が夜に徘徊するという事実と出逢えば命の危険があるという事実をその身を犠牲にして証明するというもの。

 だからこそ『描写される内容と矛盾がなく、危険な状況にあったことを証明出来るなら』瀕死の重体にならなくてもシナリオは進むはずだというのが湯河原の意見だった。

 白紙の本を確認する。

 《男は男子生徒に向かって、刃物を振り上げた。》

 無事に俺が襲われる描写は矛盾なく行われ、シナリオが動き始める。

 湯河原は落ちている包丁に何か黒いものを『移動』させ、付着させていた。

 

 翌日、俺は湯河原の家で軟禁されていた。

 左腕に包帯を巻かれ、怪我をした振りをさせられているが実際は怪我をしていない。

 本当に病院で検査などがされない辺りは描写的に必要なかったからなのだろうが、キラーに誘拐された時なんかは隅々まで体も調べられたりしたのに、やはり現実と空想では違いがある。『そういうこと』になってしまったのだ。

 俺の血が付いた包丁と学校教師が現場を目撃したという話で充分、危険な人物が夜な夜な徘徊するため独り歩きを禁止するというお触れを出すことに成功したのだ。

 とりあえず自宅待機となった『被害者の男子生徒』は安全な場所である『湯河原の家』でホットミルクを口にする。

 少し熱めの湯を作ったあと、熱を移動させることでつくりだされた程よい温度のホットミルク。あまくておいしい。

 作ってくれた本人はついさっき場面転移で学校に転移していった。

 俺は本来もうシナリオに関与しないはずの生徒なので『迷魂狩り』を行いたい。

 絶対に出るなと言われてはいたが、少しくらいなら。

 そう思って、飲み終わったマグカップをテーブルに置いた時だった。

 耐え難い眠気に襲われた。まさか、何か盛られた?

 身体強化能力や自己治癒能力を上げれば、毒や薬を無効化することは出来るが、一度まわってしまったものを無効化するのは難しい。

 すぐに体に力が入らなくなる。

 油断した。そう思いながら、床で目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

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