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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
9冊目:白銀の聖剣士
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9冊目:白銀の聖剣士005頁

 中学校の制服を確認すると、私服だということがわかった。

 春休みと呼ばれる期間のうちに、色々と支度をした。

 千隼と流成は、何度も遊びに来てくれた。時々琹音も遊びに来てくれた。

 そして、春休みが明けて入学式の日になる。

 流石に毎年誘拐されるような人間が人が沢山いる行事には参加出来ない。

 保健室でおとなしく本を読んでいると、お迎えがきた。どうやら担任の先生という人らしい。

 先生に連れられて教室へ向かうと、すごく注目を浴びてしまった。

 席順での自己紹介で体が弱いことや休みがちになることを伝えたが、上手く伝えられただろうか?

 流成は別の教室で、千隼と琹音は学校そのものが違う。

 初めて小学校に登校した日は流成が面倒を見てくれたが、今は誰もいない。

 ハセガワのお迎えで、今日は7階ではなく父さんの家に戻る。中学生になった進学のお祝いをしてくれるらしい。

 のんびりリビングで待っていると車の音がした気がした。

 そういえば昔、父さんの帰りを待ちながら過ごす時間は穏やかで、凄く安心出来る時間だったな、なんて思う。

 家政婦達は父さんが早い時間に帰宅する日は把握していたから、父さんの帰りの時間が近くなれば俺への虐待は中断され、自由な時間を手に入れることが出来たのだ。

 ゆっくりと立って、玄関へと向かう。

 靴を脱いでいる父さんに声をかけた。

 「おかえりなさい。『お父さん』」

 何となく、何となく『昔みたいに』呼んでみた。

 一瞬父さんは動きを止めたあと、酷く驚いた顔で俺を見る。

 「ど、どうしたの?」

 「また優也から『お父さん』と呼んでもらえるなんて……」

 「こ、子どもっぽくて恥ずかしいから今回限りね!」

 父さんは目に涙を浮かべながら、俺の頭を撫でてきた。

 「あんなに小さかった優也が…大きくなったなぁ……本当に良かった」

 「まだまだ大きくなるよ!父さんの身長、抜いちゃうかも!」

 にっこりと笑うと、父さんも楽しみだと笑ってくれる。

 「見ていてね。高校生になったら、とーっても大きくなるから!」

 だから、時々悲しい顔をしないで欲しい。


 翌日には既にクラスメイト間で仲良しの集まりが出来上がっているような気がした。

 何となく居心地が悪くて、休み時間は流成のクラスに行こうかと考えて少し様子をうかがったのだが、流成はやっぱり流成で、すぐにたくさんの人に囲まれて忙しそうだった。

 なんだか、悲しくなってくる。

 今日は授業という授業は無いのだが、たくさん配られた道具のせいで鞄がいっぱいになってしまった。

 他の生徒は多少重い程度で持ち上げられないということは無さそう。でも、俺にとっては持ち上がらない程に重い。

 ペンダントがないと非力だと痛感する。

 また津川のような生徒がいないとは言いきれないから持ち歩かないと決めたのは良いが、こんな弊害があったとは。

 リュックに少し荷物を分けて、再度鞄を持つ。うん、無理。

 悲しくなりながら、午前中だけで終わった学校にハセガワが迎えに来てくれるのを待つ事にしよう。

 リュックから本を出した。


 1冊読み終えた頃、迎えがもう少し時間がかかると連絡があった。

 そういうことなら本、借りに図書室に行っちゃお。

 他の学年は昼休みのようで、1年生は居残りを楽しむ生徒が教室に居る程度である。

 図書室は利用できるのは授業で使い方の説明を受けてからだと言われてしまった。

 仕方ない。教室に戻ることにしよう。

 落ち込んでいると、肩をぽんと叩かれた。

 驚いて振り返る。すぐ目の前に樹来お兄さんが立っていた。

 「よっす。ユウちゃん元気?」

 「……樹来お兄さん、この学校だったの?」

 「ユウちゃんが何か困ってることがあったら助けろって、父さんが去年の暮れに手続きしたんだ」

 「……それは、なんというか。ごめんなさい」

 「いいっていいって。それよりなんか困ってなかった?」

 「うん。あのね、まだ新入生は図書室使っちゃ駄目だって、先生が」

 「あー…そりゃ災難だな……でもユウちゃんをひとりにすると危ないよな…」

 「…流石に学内での誘拐は無いんじゃない?」

 「あの病院から誘拐された奴が言うと説得力はないなぁ」

 「それは…」わざと攫われたから。言いかけて辞める。危ない危ない。

 「俺、先生に事情を話してみるよ」

 樹来お兄さんは図書室の先生としばらく何かを話したあと、笑顔を向けてくれた。

 「良いってさ!荷物あるだろ?俺が持ってきてやるよ」

 樹来お兄さんのおかげで、俺は図書室で本を読みながら待つことが出来た。


 半月ほど学校に通うと、年に2回の大型連休に差し掛かる。

 理久が小瓶の砂を貯めきってから、1年経ったことに気がついて、時間の流れが早いような気がした。

 いや、俺は実際『寝ている期間』は一瞬なのだから、本当に早いのだけど。

 大型連休初日、俺は1階にあるレストランで昼食を摂っていた。

 先日家で食べたチーズたっぷりのグラタンと同じものを父さんがレストランでも食べられるようにと手配してくれたおかげで、最近こればっかり。

 でもね、これが美味しくて仕方ないの。毎食たべちゃうくらい好き。最近ちょっと、ベルトがきつくなってきたかもしれないけど。

 マカロニの中に入ったクリームソース、時々入っている人参やじゃがいも。全部がとっても甘くて美味しいんだから、食べすぎても仕方ないよね?

 ふわふわのパンと一緒にミニトマトが沢山入ったサラダをゆっくり食べていると、なんだか今日は人が多いことに気づく。何か催しでもあったのだろうか?そんなの知らないけどな。

 ふと、レストランの入口で困り果てている男性を見つけた。

 今日の担当である高月さんの袖を軽く引っ張って、耳打ちをする。

 「ねえ高月さん。あのお兄さん、席がなくて困ってるみたいだから、俺と相席はどうか聞いてくれないかな」

 「………えっと、あの少し色の黒い方ですか?」

 「うん。そう」

 高月さんは俺が指定した男性のもとへ歩いていくと、その男性を連れてきてくれた。

 「相席だから窮屈かもしれないけど、我慢してね」

 「いやいや、凄く助かるよ。でも、俺ちょっと写真とか撮ったりメモとかするけど、大丈夫かな」

 「うん。平気だよ」

 「ありがとう」

 男性はバイキング形式となっているレストランの料理を取りに向かう。そして、すぐに戻ってくると写真を撮った後食材などをメモしながら、ゆっくりと食べ始めた。

 俺は自分のグラタンを口に運びながら、その様子を眺める。

 何となく聞いてみた。少しくらいなら、良いよね。

 「ねえ、料理に興味があるの?」

 「え、まあ。色々と勉強してる…感じかな。ここの料理も勉強させてもらってて。今日は勉強出来ないかと思ったけど、助かったよ」

 「どういたしまして。頑張り屋さんは好きだから、また機会があったら御一緒させてね」

 最後のひとくちを食べきった。

 席は自由に使っていいと伝えて、俺は7階に戻ることにする。

 「お兄さんが、夢を叶えられますように」

 できる限りにっこりと微笑んで、そして男性と別れた。

 上手く、演じられたかな?

 振り返りたい衝動に駆られながら、レストランを後にする。


 夜盲症の検診日。毎月1度だけの通院日。

 それが今日だったなんて思わなかった。

 ちょっとだったけれど、一緒にご飯を食べることが出来た。

 俺にとっては幸せすぎる時間だった。

 あの頑張り屋さんの努力が、報われますように。

 ずっと、ずっと待ってるからね、理久。

 

 



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