9冊目:白銀の聖剣士002頁
父さんが出ていったあと検査で身体中をくまなく調べられた。
目を回してしまったのは、どうやら酷い貧血と栄養失調だったらしい。
元々上手く機能していない俺の体の中身は怪我のせいで増えた負担に耐えきれず、体の成長や維持に必要な栄養を十分に取り込むことが出来ていなかったらしい。
輸血をして貰いながら本を読んでいると、英寿が心配そうに本を抱えてやってきた。
消灯時間はとうに過ぎているが、看護師さんの目をかいくぐってやってきたのだろう。
もう大丈夫なのか聞かれる。もう大丈夫だと伝えた。
暫くは毎日輸血してもらって、体調が落ち着いたら体の中身を治療するのだということを伝えると、なぜ砂で自分の体の中身を治さないのかと聞かれた。
なぜって言われてもなぁ………
「俺は別に本が読めればそれでいいと思ってるから、中身がおかしくても平気なの」
英寿は悲しそうな顔をしつつ、小瓶を取り出した。
栓を抜いて、中に少しだけ貯まっている砂を使おうとする。
「ちょ、ちょっと待って!何しようとしてるの!」
「優也が自分で治さないなら、俺が治そうかと思って」
「俺の瓶はすっごく大きいから、英寿の瓶で干渉したら割れちゃうよ!」
英寿が首を傾げる。
自分より大きな瓶を持つ相手へ干渉した際のペナルティについて説明すると、英寿は目を丸くしていた。
そして再度、小瓶を持つ。
「ねえ、俺の話聞いてた?」
「つまり優也の体を治そうとすれば、俺が代わりに死ぬわけだ」
英寿がやろうとしていることが分かった。性格悪いなぁ。
「少なくとも俺の体の状態は細かく父さんが把握してる。そこまで危険な状態では無いし、砂で急に治れば、それはそれで面倒だよ」
「その辺を何とか上手く調整してくれるのが、この砂なんじゃねぇの?」
「そ、それは……そうなの?」
「優也って、もしかして願いをあまり叶えたことがなかったりするか?」
よく考えたら俺、7階での体調不良を誤魔化す以外は理久の為に願ったくらいで、ほとんど使ったことがない気がする。
無欲すぎないかと指摘されたが、俺にとっては本があれば他はどうでもよかった訳で。
英寿の説明を聞く限りでは本来持っていないはずのお菓子を持っていたとしても、何も不思議に思われないものらしい。
そういえば津川も周りの人の目がある中で瓶を使っていたような気がする。
不安なら、なにか好きなお菓子でも出してみたらどうかと言われた。
好きなお菓子と言われても、あまり思い浮かばないや。
しばらく考えて、蓮が食べさせてくれたチョコレートを思い出す。
「《生チョコレート、ください》」
ぽこんと目の前にリボンのついた箱が現れた。
開けてみると生チョコレートと思われる茶色いサイコロ状のものが綺麗に並んで入っている。
眺めていると端っこのひとかけらを英寿に食べられてしまった。どうやら美味しいらしい。
ひとつ摘んで食べてみる。口の中でとろとろ溶けた。うん、確かに美味しい。でもちょっとなんだろう、苦い?なんかふわふわする。
これを棚の上に置いて、誰も変なものだと思わなければ自分の体をきちんと砂で治すように言われた。
結果、家に帰る前に病室に寄ってくれた父さんに、ものすごく怒られました。なんで?怒られないんじゃなかったの?
とりあえず英寿に貰ったことにして、翌朝現れた英寿に伝えると首を傾げていた。
本来あるはずの無いものを持っていた場合、持っていてもおかしくないものとして扱われるので置いていても特になんの反応もされないのだという。
「考えられるとすれば、優也は常にお菓子を持っていてもおかしくない、という訳だ!お菓子だけに!」
「そういうのいいから。とりあえず中身を治すのは、やめておく」
生チョコレートはどうやらお酒が入っていたらしく没収されてしまったが、代わりにクッキーなどの焼き菓子を沢山貰ってしまった。
英寿がマフィンを食べていた時、来客があった。
とても体格の良い中学生。樹来お兄さんである。
「ユウちゃん元気~?って、元気じゃないからこっちに居るんだっけ?」
「そうなるかな?」
樹来お兄さんは、部屋にいた英寿を見て「あれ!ヒデちゃん何でユウちゃんの病室にいるの?」嬉しそうに英寿の肩を組む。
「いや、あの…それは俺の台詞っていうか……」
いつも態度の大きい英寿が狼狽えている様は少し面白い。
困り果てる英寿をいい気味だと見守りながら、樹来お兄さんに聞いてみる。
「樹来お兄さんと英寿はどんな関係なの?」
「ああ、同級生。クラスメイトだよ。だからユウちゃんとも1個違い!」
「もと、だ。もと!!!」樹来お兄さんに食ってかかる英寿。
一瞬言葉の意味を考えた。
「…………英寿、歳上だったの?」
それは英寿も同じな様子。
「えっ?優也って1個違いだったのか?3個下じゃなく?」
「俺、そんなに子どもに見える?」
少なくとも、平均身長くらいはあると思うんだけどな。
少しいじけていると、英寿は「つまり、俺のことは英寿お兄さんってことだな!」呼び方を変えるようにとふんぞり返った。
「嫌です」
本を開いてまた続きを……少し目眩がした。
心配そうに駆け寄ってくれた樹来お兄さんに笑顔を作る。
「酷い貧血と栄養失調なんだって。だから平気だよ。大丈夫」
「それは大丈夫って言わねぇよ!!」
本を取り上げられ、無理矢理ベッドに寝かされる。顔にマスクを付けられた。ひどいよ、本返してよ。
頭を撫でられると、なんだか気持ちがふわふわしてきて……
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を開けると、取り上げられた本の世界によく似た場所に居た。
この本どんな話だったかな。途中までしか読めてないんだよね。
とりあえずこの世界には『迷魂』もいないし、のんびりと眠らせてもらおうかな。すぐに起きたら、また寝かしつけられそう。
安全に眠ることができそうな場所を探す。
この世界は、誰もが箒に乗って空を飛ぶことが出来る世界だ。
様々な魔法を使う、ファンタジーな世界。
活気に溢れた街には様々な品物が並んでいる。色鮮やかな果物の中に、主人公が美味しいと言いながら食べていたものも見つけた。
見た目は大きなサクランボだが、味は葡萄らしい。大きい葡萄の粒のようなイメージなのだろう。食べてみたいな。
のんびりと街を歩いていると、芝生のような植物の生えた広い公園があった。
木陰がとても気持ちよさそう。
木の根元にころりと寝転がる。ブランケットを召喚し、お腹にかけて目を閉じる。
目が覚めたら、この世界でなにか食べよう。実際の体にはなんの影響もないけれど、美味しいものは幸せになれるから。
起きても、本の世界の時間は昼間だった。もしかすると何日も経っているかもしれないけれど。
小瓶を取り出し、願いを口にする。
「《この世界のお金を、俺の手の中に出して》」
銀貨と銅貨、金貨といったこの世界のお金が手の中に現れる。
街で見かけた大きなサクランボのような見た目の果物、食べてみたかったんだよね。確かあれは、銅貨5枚。どれくらいの価値なのかはあんまりよくわかんない。高すぎるというものでは無いはずだけど。
取扱店に銅貨5枚を出して、俺の頭と同じくらいの大きさをしたサクランボのようなものを手に入れた。
齧り付くと中から果汁が溢れて手がべたべたになる。でも、甘くてジュースみたい。美味しくてやめられない。
……やっぱり美味しいものっていいなぁ。
理久と一緒の時は理久に合わせて色んなものを食べていた。ちょっとだけ本の世界で食べちゃうのが癖になってるのかも。
食べても意味は無いって、何回説明しても食べさせられたんだよね。
種は手の中に出したけど、皮ごと食べちゃった。ご馳走様でした。
この果実の種は干して、炒って、砕いて粉にすれば簡易的な傷薬になるんだそう。
流石に種1粒では買取はされていないが、ある程度集めれば買取も行われているらしい。流石魔女の国である。魔法の国といった方が正しい?
噴水の水で軽く手を洗って、べたべたを落とす。種はハンカチに包んでポケットに入れておこう。
さあ、本当の俺の体が起きるまで何をしようかな。
久しぶりに『迷魂狩り』では無い本の世界だし、この世界を見てまわってもいいかな?だって、やることないし。




