8冊目:守りたいもの007頁
吐いた息が白くなる。
服は全部脱がされ、最初に停まった小屋の周辺に俺の両方の手首に刃物をあてて出てきた血を大量につけて、点々と捨てられてしまった。
たくさん血がついた服が散らばっていれば、生きている確率の方が低いと判断されるだろう。
貧血で頭が痛い。吐き気もする。
今はどこか分からない倉庫のような場所で、両手と両脚を縛られている。
着ているのは大きめのシャツを1枚だけ。
薄い布団の上に座らされ、毛布も渡されているから多少は寒さに耐えられるが、長居は出来なそう。何度かくしゃみをした。
手首をしっかりと固定され、話しかけられる時以外はずっと口枷を付けられているので小瓶に願いをかけることを警戒されているのだろう。
近くに俺が普段寝ている時に使っている人工呼吸器が置かれているので、多分ここが監禁場所なのかな。それにしても寒いんだけど。
「現実世界でも持ってたよね、あのペンダント。何処にあるの?」
「誰が言うか」
髪を引っ張られる。凄く痛い。
「ねえ、優也君、状況分かってる?」
「ああ。お前らがもうすぐ破滅するってこと?」
お腹を強く蹴られた。
胃の中の物が出そうになったが、必死に耐えた。
キラーが「少し痛い目にあわせないと駄目かな?」ナイフを取り出し、俺に突きつける。
ふい、とそっぽを向いた。
これは、俺が仕組んだ俺の誘拐計画。
俺は『キラー』と『ヘル』をおびき寄せるための餌。
上手く『何も知らない峰岸優也』を演じられたかな?
津川想真のおかげで『契約者そのもの』へ干渉した場合のペナルティを知った。
俺の居場所を砂で突き止めようとする『契約者』が居ないから『契約者の身元』に対する願いは禁則事項かと勝手に思っていた。
禁則事項の事前確認は出来ないから、津川想真の出来事で初めて、知ることが出来た。
瓶の大きさが小さい者から大きい者には基本的に干渉出来ないという禁則事項は、俺にとってはノーリスク。すぐに『キラー』と『ヘル』の現実世界での居場所を確認した。
固有名詞を名乗ってくれていて助かった。
居場所は予想外だったけど。
ずっとずっと長い間計画していたこのシナリオ、絶対演じきってみせる。
「……それで俺を脅す気?」
「うーん。俺的にはもっともっと泣き叫んで欲しいんだけど…上手くいかないねえ」
「趣味悪すぎ」
キラーが何度も俺を脅す。希望に添えずにいると、ヘルが虫かごを持ってきた。
かごの中に詰められたものをみて、一瞬息が出来なくなる。
「蜘蛛を持ってきた」
「サンキュー。さあ、優也君。俺からのプレゼントだよ」
ぽとぽと置かれた虫が俺の身体の上を這い回りはじめた。
「や、やめて、やだ!!いやぁぁぁぁ!!!」
頬を水が伝っていく。
暴れていると頭を殴られた。布団に叩きつけられ、一瞬意識が飛びそうになった。
いけない、しっかりしなきゃ。
ヘルが押さえつけてきて、服の中に数匹入れてきた。顔にも乗せられた。
しっかり、しなきゃ、いけないのに。
身体を這い回る虫の感覚。上手く息が出来なくなる。
「蓬莱大学附属病院の医院長、峰岸優叶の実の息子。本当に綺麗な子だ。12歳になって、ますます綺麗になったね」
頬をナイフで撫でられ、身体をごつごつとした手で触られた。
怖くて怖くて仕方ないけれど、しっかりしなきゃ。もうすぐ、もうすぐだから。
キラーとヘルを睨みつけた。
「この変態野郎………」
「さぁ、その強気なお顔も何日持つかな?」
「そうやってチハヤも殺したのか」
「チハヤ?ああ、優也君と『兄弟ごっこ』をしていた『人型の迷魂』の核か。あれの元は俺のお気に入りの子だったから覚えているよ。でも…俺たちが殺したこと、無かったことになったよ?無かった罪で捕まえる気かい?」
確かに『斉藤千隼』は死ななかったことになったから、キラーとヘルは何もしていないことになる。
けれど、彼らは少しおばかさんだ。
「現在進行形でキラーとヘル、お前らは罪を犯してるって自覚、ある?」
俺のシナリオ通りなら、もうすぐそこに来ているだろう。
「……まさか。おい!靴に仕込まれてた発信機は靴ごと脱がせて捨てたんだよな?!」
「そ、そのはずだが……」
「服は全部…なぜ………」
舌を出して笑った。
「消化出来ないから身体に悪いんだけどね。食べちゃいました。絶対ハセガワは連れ戻しに来てくれるから……だから」
縛られたままの身体を、キラーが持っていた刃物に身体を押し当てた。
「……あんたらは誘拐犯だけじゃなくて殺人犯…もしくは殺人未遂だな」
幼い頃に受けた虐待、この前まで津川に受けた暴力。こいつらに本の世界で受けた拷問に比べれば痛くない。
それに、理久とチハヤが安心して暮らせるなら……これくらいの代償は軽い。
もしかしたら死ぬかもしれないけれど、それでも理久の為になるなら。
──あの頑張り屋さんの努力を、無駄にしたくないから。
「く…おい磐城!お前は証拠を消せ!俺は逃走の願いをかける!」
「おう!」
彼らふたりの砂を合わせたところで、俺の願い事を書き換えられない。
今まで犯罪の証拠を隠し、逃げるために砂を使ってきたであろう彼らは瓶を召喚し、願いを唱えても何も起きないことに慌てる。
砂さえ集めればどんな願い事も叶うが『瓶にも影響を与える願い』は砂の消費が激しい。
《今日1日『峰岸優也』の周囲で無効化された願い事は、日付が変わっても成就出来ないものにして欲しい》
《砂を使った願い事の使用を『峰岸優也』の周囲で、これから今日1日無効化して欲しい》
このふたつは特に砂の消費が酷かった。
俺は彼らを捕まえるために、大量の砂を貯めた。
本の世界で怪我をして、死にかけて、殺されかけて、殺して、起きたら傷だらけになった身体を少しだけ砂を使って治して、また沢山の『迷魂』を狩って、ようやく小瓶に貯まった砂。
他にも色んな願い事を重ねて重ねて、貯めた砂を大量に使った、複数の願い事の重ねがけ。
逆上したキラーが俺を蹴り飛ばした。
衝撃でナイフが外れ、刺さっていた場所からは赤い液体が流れ出る。
床に広がる赤い液体、キラーとヘルの慌てた顔。
入ってきた警察と、ハセガワの姿を見て目を瞑った。
やっぱり、シナリオ通り。俺の勝ち。
………おやすみなさい。凄く眠いや。




