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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
7冊目:願いの代償
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7冊目:願いの代償010頁

 主人公との手合わせを見ていても思ったが、ザレインの剣技というのは独特で、流れるように水の刃を斬り裂いてゆく。

 俺が斬った時は斬ったあとの水はすぐに刃となって襲ってきていたのだが、今回その様子は無い。

 『理久』の能力は『相手の意識を見る』というものだから、もしかすると物理的では無い何か別のものを綺麗に斬っているのかも。


 少女が突然声を上げた。

 「なあ『聖剣士』サマのパートナーさんよ!今回は引き分けってことにしないか!」

 「んな事するわけねぇだろ。こいつをここまで傷つけておいて、引き分けだぁ?出来るか!」

 「いいや、引き分けしか方法はないさ。なんせキミが『借りた器』は『剣神ザレイン』なのだろう?ならば『子どもの姿をした私』を斬ることは出来まい!」

 ザレインが言葉にならない声を漏らした。

 

 『器』を借りれば、その登場人物の持つ能力を借りることができるが、絶対にやらない、信念的に守り抜くものがある場合、『器を借りた契約者』はその信念を破ることは出来ない。

 『剣神ザレイン』の信念は『子どもを斬らない』である。

 

 そう。ザレインは女の子を追い詰めたところで、斬ることは出来ないのだ。

 「何もタダで引き分けを提案した訳じゃあない。取引といこう。こちらからは面白い話をしてあげるよ。たとえば『死神』の事や『特異体質の人間が使える加護』とか」

 「特異体質の…?」

 一瞬、ザレインに迷いが生じたのがわかった。

 「興味があるかい?なら、互いに武器を下ろそう」

 「お前の武器は水そのものだろう。それが狙いか?」

 『女の子の姿の契約者』は俺を見て嗤う。

 「いいや?純粋に取引だ。このままでは勝敗もなにもつかずに『聖剣士』サマの怪我が治ればこちらが不利だからな」

 「なるほど」

 「特に『特異体質の加護』に関する情報はパートナーさんにも『聖剣士』サマにも取引に応じるメリットはあると思うぞ?」

 『特異体質の人間が使える加護』は、存在は知っているが、クリスさえ知らなかった情報だ。

 「……ユウヤ、お前が決めろ」

 「必ずしも正しい情報が貰えるとは限らない。それに、信用するに値しない」

 女の子は舌打ちをした。水の刃が大量に襲いかかるが、それはザレインが上手く消してくれる。

 「ザレインが殺せないなら、俺が殺す」

 ある程度動けるまで回復した体で跳躍する。剣を振り、女の子の頭と胴体を切り離した。


 砂になって消えた『契約者』をみて、ザレインから交渉を破綻させて本当に良かったのかと聞かれた。

 「加護のことは、確かに気になるけど騙される可能性もあるから。情報は信頼出来る相手からじゃないとね。助けてくれてありがとう」

 ザレインに抱きつこうとして、自分が血だらけであることに気がついた。

 「ちょっと血を落としてくるから、上着を借りていい?」

 「それは良いんだけど…服自体も結構ボロボロじゃん。どうすんの?」

 「流石に血は落とすけど、このまま着てれば、普通の服に向こうからは見えるよ?」

 ザレインはしばらく何かを考えたあと、にんまりと笑った。

 「服、買いに出かけようぜ!『迷魂探し』も兼ねてさ!」

 「え、でも……」

 この世界に入った時に来ていた服なら破れていない普通の服として見てもらえる。

 このままでも問題は無かったのだが、ザレインの押しが強すぎた。

 ザレイン邸で服を借り、街に繰り出す。

 というか、よくも丁度いい大きさのものがあったと思わなくもない。和服の着付けもザレインに行ってもらった。

 登場人物達からはザレインの姿は老人として見えている。街の人達は爺さんと呼んでいるあたり、少し面白い。

 洋服を取り扱っている店に来ると、和服ばかり着ているザレインが顔を出すなんて珍しいと店の人も驚いていた。


 渡された服を試着する。

 どこかファンタジー要素の入った服が多い中、なるべくシンプルなものを選ぶ。

 ふと、ザレインを見ると鼻歌混じりに俺の服を選んでいた。

 「……なんか、楽しそうだね」

 「楽しいぞ?」

 「いくらなんでも選びすぎ。俺、体はひとつだから着れる服も1着だよ」

 「そりゃあそうなんだけどさ、現実世界でも買い物は殆ど食料品ばっかだったじゃん?楽しくて仕方ねえんだよ」

 「そうなの?」

 「そうだよ。遠出が出来るようになったら、色んなところに出かけような」

 「……うん」

 「嫌なのか?」

 「そういうわけじゃなくて、その……俺、あんまり外に出たことが……」

 「引きこもりだもんな、お前」

 「言い方ってものがあるでしょうに」


 結局、ザレインは俺に上下5着ずつ服を買ってくれた。何日この世界に居るつもりなのだろう。

 そのうちのひとつを着て店を出る。

 「いつもの服と殆ど変わんなくね?」

 「いつもと変わらないくらいで丁度いいよ」

 突然ザレインが俺の手を握り、顔を触ってきた。

 「お前はさ、なんていうかその……とっても綺麗な顔してるんだよ。なんでも似合うから、なんでも着て欲しくて」

 「ほう?」

 「それに、好きな人の色んな姿を見たいって思うことは変か?」

 「ふぇ?」

 「あー、やっぱ今の無し無し!」

 ぱっと手を離された。顔を真っ赤にしたザレインに荷物を奪い取られる。

 もしかして今、告白されました?

 「そういうことなら、いっぱい色んな服を着てあげる。俺も『理久』のこと、だいすきだから」

 ぎゅっと抱きついた。温かくていい匂い。


 ずっと、この時間が続けばいいのに。

 そんな願いは、叶わないのだけど。


 この世界における『登場人物が感じ取れない異変』が、目の前に現れる。

 街の中心部、広場に『迷魂特有のモヤを纏った兎のような何か』が居た。頭にツノが生えているあたり、この世界の動物を『迷魂』が真似たか、取り憑いたと見て良いかもしれない。

 兎は俺たちを見ると戦闘態勢に入る。

 ザレインが心配そうに尋ねてきた。

 「これ、街中で戦って大丈夫か?」

 「あんまりよくは無いけど、戦わないと殺されるよ」

 「ひとけのない所におびき寄せる…とかは出来そうか?」

 「それは無理な気がするよ。ほら見て」

 兎の角の先端に光の球が現れ、光の矢のようなものが複数飛んできた。

 聖剣を盾にして防ぐが、兎はすぐにキキキッと甲高い鳴き声をあげ再度光の球を召喚し始める。

 「ザレイン、2段階。一気に仕留めよう」

 「おっけー!」

 ザレインに身体強化能力を2段階貸す。

 勝敗は歴然としていた。

 相手の意識を見るという能力は、相手の行動を先読みする能力に等しい。

 どんなに攻撃を繰り返しても当たらないことに気付いた兎は文字通り脱兎のごとく広場から立ち去ろうとした。

 「相手は、ひとりじゃないんだよ」

 兎にとって逃げた先に俺がいることは意識できていないかった──いや、これはもしかすると『理久』が『契約者としての能力』を上手く利用して、俺に意識が完全に向かないようにしていてくれたのだろう。

 剣に向かって飛び込んでくる兎を、ふたつに斬り裂いた。

 砂となって兎は消えた。

 




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