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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
7冊目:願いの代償
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7冊目:願いの代償007頁

 理久のお泊まりから数日後、やっと7階に戻る許可が降りる。

 どうやら父さんと兄貴が画策したようで、キッチンとして使っていた部屋が本当にキッチンに変わっていた。

 キッチン以外は埃っぽくなってしまった7階をゆっくりと掃除して、冷蔵庫の中身はほぼ空っぽだったので色々と買い足してもらった。

 あまり生鮮食品を入れられても理久はあまり来られないし、俺は料理しない。

 ハセガワに伝えると、もうすぐ中学生なのだから料理を覚えなさいと言われた。今俺が作れるとすれば野菜炒めと卵焼き、あとはサンドイッチくらいだ。

 ……まあ、1階のレストラン以外では冷凍食品ばかり食べているし、覚えて損は無い気がしないでもない。

 火を通せばだいたい食べられるだろうし、自炊なるものを頑張ってみよう。

 入り方が特殊な関係で常に誰かがそばにいなくても平気だろうという話になり、7階ではひとりにしてもらえることになった。


 学校へは体調とも相談しながら暫くは半日だけということになり、登校するや否や体は大丈夫なのかと質問攻めにあった。

 ハセガワに送迎をしてもらい、7階と学校の往復を繰り返し、理久が遊びに来る日になる。

 年に2回の大型連休らしく、長くお泊りしてくれるらしい。


 大きなバッグを抱えた理久が7階にやってきた。

 7階どうやら荷物の殆どは新品の調理器具で、ここで使う為に買ってきてくれたらしい。

 冷蔵の中にあった俺の作った料理のようなものを見て、理久は困惑した表情を浮かべていた。

 「………これ、お前が作ったの?」

 「いつの間にか茶色くなっただけだけで、火は通ってるから食べられるよ。量が多くなったから少し残してたの」

 「ちなみにこれ、元々何のつもりだったんだ?」

 「オムレツ」

 理久が料理を二度見していた。なんだよもう。

 「う、美味かったのか?」

 「わかんない。温めたら美味しいよ」

 理久が頭を抱えた。ほんとになんだよもう……

 「優也の認識だと料理は温かいと問答無用で美味いになるの、忘れてた……」

 「失礼な。甘いとか塩っぱいとか、ちゃんとわかるよ」

 「……ハンバーグ、メンチカツ、コロッケ、オムライス、シチュー、グラタン、焼きそば、あと何だったっけ?」

 「え、なんで今、料理を挙げていくの?」

 「お前が好きな料理。まずは好きなものから教えようかと。揚げ物は中学生からだけどな」

 「俺の好きな料理?」

 首を傾げた。俺、そんなに好きな物あったの?

 「見てりゃ分かるよ。食べてる時の顔が全然違うからな」

 「……気づかなかった」

 「だろうな。自分の好みを理解してないんだろ。冷凍食品も、種類がかなり偏ってるの気づいてたか?」

 「そうなの?」

 「とりあえず今日はリクエストにお答えして、晩飯は鮭のホイル焼きだ。お前が魚食いたいっていうの珍しいよな」

 「そうかな」

 「何かを食べたいとか、あまり言うタイプじゃないだろお前」

 最近少しだけ食べ物の好みが増えたなと思っていたが、気のせいではなかったようだ。

 好きなものが増えるというのを自覚できるとは、不思議な感覚だなぁ。


 昼食を作るついでにと少し教えてもらうが、まず包丁で食材を切るところから難易度が高い。

 最近は大きさの調節が出来るようになったので、聖剣のペンダントを少し大きくして切ろうとしたら理久に止められた。切れない包丁が悪いの。俺はわるくない。

 理久が難なく同じ包丁で俺が切れなかった食材を切っていく。やっぱり凄いなぁ。

 「理久と結婚する相手が羨ましいよ」

 「そこは自分が結婚するとか言わないんだな」

 「いつも理久との婚姻届が欲しいって言うけど、本気じゃないよ」

 「お、おう……」

 「こうやって料理を作ってくれるのは嬉しい。けどね、もし大切な人が出来たら俺に構わず幸せになってね」

 「わ、わかった…」

 料理を作る理久は、とても楽しそうだから、見ていて好き。

 理久の匂いと、理久の料理の匂いが混ざった匂いも大好き。

 美味しそうで、幸せな香り。

 あと少しで終わってしまう、幸せの香り。

 昼食を摂りながら、連休中の予定を立てる。

 といっても、誘拐犯はまだ捕まっていないし、下の階へ降りる事も禁止なので読書しかできないのだけど。



 書庫を周りながら、理久が読む本を探す。

 本を探しながら確認したが、瓶がいっぱいに近いせいで遭遇しやすくなる『死にやすくなる事象』は、特に無かったようで安心した。

 今日『迷魂狩り』を出来ればいいが、そんなに都合よく見つかったりはしないだろう、なんて思っていたのだが、どうやら俺は運がいいのか悪いのか、モヤのかかった本を見つけてしまった。

 嬉しそうに理久が本を手に取った。

 「早速回収しようぜ!」

 「うん、そうだね」

 とても嬉しそうな理久の姿。

 そうだよね、これを回収すれば弟の千隼君に会えるんだもの。

 理久のお願いが叶うのは、俺も嬉しい。

 「話の内容は知ってる?」

 「あんまり覚えてないかも」

 「じゃ、あらすじと、登場人物を……あ、そうか、ちゃんと名前のある登場人物を使うんだったね」

 「主人公のお師匠って殆ど出番ないけど凄腕だったよな。その人借りようかな」

 「えっと、確か名前は…『ザレイン』だったかな。わかったよ」

 本を軽く開いて読む。

 「それじゃ、『最後の迷魂狩り』始めちゃいましょうか」

 「おう!」

 理久の姿が消えたのを確認すると、本を持って寝室へ向かった。

 これで最後。

 そう思うと、どうしても眠れそうにない。

 本来1粒で良い睡眠導入剤を2粒飲んだ。ものすごく強い薬だから2粒飲む時は気を付けろとは言われているが、今回はこれでいい。

 そうじゃないと、怖くて、辛くて、眠れないから。これまで隠してきたものがバレてしまうから。

 すぐに酸素マスクを顔にあてる。

 本を抱きしめて、すぐに襲ってくる強い眠気に抗わず、眠りについた。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 目を開けると、夕暮れの街だった。

 港町をイメージして作られた舞台は潮の香りがする。

 近くに理久が居るはずだ。探さなくては。

 海ならば、クラゲとか出てこないよな。ちょっと不安。

 主人公の剣の師匠であるザレインは、普段は港町でのんびり暮らすおじいちゃん。確か釣りが趣味なんだっけ?

 流石に夕方は釣りから帰る時間だと思うから、家に向かった方がいいかな。

 この世界に『受け入れてもらった』時、例えば通貨の単位だとか、そういったある程度の知識は頭の中に入るが、地図等の情報はその中にない。

 『通常の契約者』なら『器として借りた人物』の知識を参照できるのにな。毎回不便に思うが、こればかりは仕方ないのだろう。

 歩いている人に声をかけ、確認する。

 声をかけた女性は丁寧に教えてくれて、お菓子までくれた。親切な人である。

 教わった道の通りにザレイン邸へ向かう。突然久しぶりに感じる、あの悪寒がした。


 周囲を見渡す。誰もいない。

 早く理久と合流しなきゃ。

 身体強化を使い、走ろうとしたが先回りされていたことに気付く。

 目の前に、体格の良い男性が立っていた。

 『理久の能力』で見ると、彼から俺に向かって悪意に満ちた感情が伸びていた。

 こんな感情を向けてくる相手は、限られている。

 「やぁ、久しぶりだね、優也君」

 「……『キラー』だな」

 「ご名答!」

 キラーが指を鳴らすと同時に、俺の周囲から薄くぺらぺらな腕が数本生えてくる。

 身体強化能力を最大まで引き上げ、思いっきり跳躍。腕を避ける。

 まだ陽の光が当たっている場所へ移動する。

 「ふむ…やっぱり、タネが知られると難しいね。同じ影の中に居ないと発動できないこと、すぐに気付かれちゃうんだねぇ。でも、もうすぐ日没だよ?日が沈めば、全部同じ影。大丈夫?」

 「……その前にお前を斬り伏せればいい」

 聖剣を手に持つ。

 『理久の能力』で意識の流れを見ていて気付いたことがある。

 『キラーの能力』は、行使するためには場所を指定する必要があるようで、腕が生える場所に必ず意識が向くのだ。

 これなら、避けながら彼に近付くことも出来る。

 とりあえず、意識の流れを確認しながら背後に剣を振る。

 突然の金属音。

 「本当に、背後から襲うのが好きだね。……『ヘル』であってるよな」

 「なん………完全にスキルで気配は遮断してたはず…」

 攻撃を防がれたヘルが距離を取る。

 挟み撃ち状態ではあるが、理久の能力があれば問題は無い。

 俺の様子を見て、キラーが首を傾げる。

 そして「予定変更だ。ペアのガキを狙う。彼の能力は恐らく視覚に作用するものだ」にんまりと笑った。


 ………今、理久を標的にするって言った?


 剣に巻きついているリボンが腕に巻き付き始めたのが分かる。

 自分の中の感情が、上手く制御出来ない。

 腕を伝って全身に、リボンが巻きついてくる。

 これはなんという感情?分からない。酷く気分が悪い。

 深呼吸をする。

 俺は『契約者同士の戦闘』をあまり経験したことがない。

 勿論襲われれば対処するが、誰かから砂を強奪するような事は控えたいと思っている。

 それに『契約者になりたて』の頃に、姿が変わらないのだからそういうことはしない方がいいと面倒を見てくれた人に言われ、ずっと守ってきた。

 先日の魔法使いはともかく、物語の人間から襲われてもそんな感情を持ったことは無かった。

 だからこそ、その能力ともいうべき力に気付いたのは初めてだった。


 俺は、このふたりを殺したい。


 何故か解る、この2人を簡単に殺す方法。

 ──大勢の山賊に襲われても顔色ひとつ変えず正確に胴体と頭を切り離したり、胴体の数を増やしたり出来たのは無意識にこの感覚を使っていたのかもしれない。

 リボンが、首にも巻きついてきた。

 

 ああ、このふたりを殺したい。


 身体強化能力を最大まで引き上げる。

 一瞬でキラーの前に跳躍し、胴体と頭を斬り離してあげようと思ったのに、背後からヘルが邪魔をする。

 その両腕は邪魔だね。一度に首まで落とすのは難しそうかな。それなら、腕だけ無くしちゃお。

 ヘルが斬られた両腕と一緒に地面に転がった。面白い顔してる。

 呆けているキラーに、剣を向ける。

 突然脇腹に強い衝撃が加わって、吹き飛ばされた。

 どうやらヘルが最後の力を振り絞って、俺を蹴り飛ばしたらしい。

 彼は大量の血を流しながら、体を砂に変えてゆく。もう、痛いなぁ。

 体を起こす。ありゃ、飛び出てた木の棒が体に刺さってる。まあいいか。

 引き抜いて放り投げる。

 再度キラーに近づき、首を切り落とそうとして──出来なかった。

 「ま、待ってくれ!!!優也君!きみは『死神様』のことを知ってるのかい!」

 「なんの話?」

 「ふたつ名が『死神』という『契約者』だ。10年くらい前に姿を消した、伝説の『契約者狩りの契約者』だ!!」

 「……その人が、なにか?」

 剣を構える。

 「は、話はまだある!」

 「なに?」

 「その『死神の能力』も、優也君と同じ能力だったんだ!身体強化と自己治癒!戦闘時には剣のリボンを体に巻き付けていた。優也君は『死神様』に関わりが──」

 「……キラー。ひとつだけ俺の事教えてあげる。俺、11歳になったばかりなの。だから知らないよ、そんな人」

 キラーが再度口を開く前に、頭と胴体を切り離す。

 「さよーなら」

 砂が舞って、瓶に回収された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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