7冊目:願いの代償005頁
白紙の本を確認し、レイシェの出番がないタイミングで集落から外に出る。門番から目印を確認された。
どうやら目印を付けられている子どもは躾なるものが完了している前提らしく、躾をされた人間の子どもは逃げ出さなくなるものらしい。
逃げ出してもこの森だとそのまま怪物の餌食になりそうだから、諦めるのかもしれないし、何かしら魔術的な楔が埋め込まれるのかもしれない。
しばらく歩いていると、地面に蜘蛛の糸のようなものが見られるようになる。アラクネが吐き出した糸だろうか。
クリスに『アラクネ型の迷魂』の所在地を確認してもらうと、まだ戦闘したあの場所に居るらしい。
糸を避けながら進むが、何度か踏んでしまって靴が酷く重くなってしまった。多分、糸は取れそうにない。靴を脱いだ。
「裸足だと怪我しないか?」
レイシェが心配そうに見てくる。流石に裸足で駆け回る野生児では無いのですが。
聖剣を持って、靴底を少しだけ削った。
「ほら、これで元通り。流石に何度も出来ないから、ここからは木の上を使った方がいいかもね」
「ユウヤはそんなに動いて平気?」
今日はレイシェに心配されることばかりだな。自己治癒能力を引き上げれば、体力を回復しながら活動することは出来るのに。
大きめの樹木の枝に飛び乗る。
「うん、平気。これくらいならなんでもないよ」
「無理すんなよ?」
「分かってるよ」
目の前が蜘蛛の糸だらけの場所まで来た。
もうこれ以上は蜘蛛の糸を避けながら進むことは出来なさそう。
木の上ですら少しずつ蜘蛛の糸が付着しているので、これを全く触れずに移動するのは出来ないだろう。
毛布を召喚。糸の上に被せ、適当なクッションを喚び出して投げる。ぴったりと張り付いてしまう。
粘着物質が毛布の隙間から盛れ出してしまっている?
「………ジェルマットとかにすべきかな」
「ユウヤの体に負担がないなら」
「特にないよ」
持っている寝具の中で一番大きなマットレスを出す。中にジェルが入っていて、寝苦しい夜でもバッチリ快適というジェルマットである。
上にクッションを放り投げた。うん、今度は弾んでそのままマットレスの外に落ちた。
「これ召喚するね!」
少し深呼吸して、召喚に意識を割く。
「えいっ!!」
視界いっぱいにジェルマットの道ができた。
「足元気をつけてね」
「これ1枚数万する奴だよな……」
レイシェがなにかボヤいていた。
しばらくマットレスの道を進んでいくと少し開けた場所に出た。アラクネと戦った場所ではあるが、主は居ないようである。
クリスに尋ねると『アラクネ型の迷魂』の気配はすぐ近くに感じるのだという。
とりあえず足場を増やしておこう。
周辺にマットレスを敷き詰めようとした瞬間だった。
腕に小さい8本脚の虫が落ちてきた。迷魂では無い、普通の虫である。
怖くて体が動かなくなる。
「どうした?」
レイシェが俺の異変に気付いてくれた。
「お願い、取って……」
泣きそうになりながら、8本脚の虫を指さした。
「もしかして、蜘蛛苦手だったりすんの?」
こくり頷く。名称すら聞きたくないくらいに苦手であることを伝える。
レイシェが何かを考えた後「もう、今回はここまでにしよう」俺の頭を撫でてきた。
「だ、大丈夫だよ!!俺は、まだ」
「お前に無理させてまで『迷魂狩り』はしたくねぇの!」
『理久』が白紙の本を取り出す。
「大丈夫だから!!俺、まだ頑張れるよ!!」
俺が『理久』の腕を掴むのとほぼ同時。突然地響きが起こった。
さっきまで何もいなかった開けた空間にアラクネの下の部分、8本脚の虫が現れる。
人間部分は俺たちが戦った後、誰かと戦って斬り落とされたように見える。
「ひゃ……」
腰が抜けたというべきか、足が支える力を失って『理久』に支えられてしまった。
剣を大きくして、目の前に召喚。柄を握るが、手が震えて持ち上げることが出来ない。
身体強化を最大にしても、変わらない。
なにも、出来ない。
「剣、借りていいか」
「うん」
「6段階……全部使って」
「わかった」
身体強化能力を全部貸す。
俺がゆっくりと腰を下ろしたことを確認したレイシェはアラクネの虫の部分に向かって跳び、剣を振る。
3段階で上位種と互角だったのだから、結果は当然といえば当然だった。
「一丁あがりかな」
虫が砂に変わると同時に、周囲を覆っていた糸も砂になる。
そして、糸で捕まえられ、閉じ込められていた『虫型の迷魂達』が動き出した。
開放されたばかりの『カマキリ型の迷魂』が、俺に向かって鎌を振り下ろす。
虚弱な11歳の身体能力で避けられるものでは無い。
身構えるが、鎌が俺に到達することは無かった。
レイシェがカマキリの鎌を切り落とす。
すぐに頭も切り落とし、砂に変化させた。
「どうだ!格好良かっただろ!!」
満足そうなレイシェ。一瞬しか見えなかったけれど、あれはもしかして技のようなものだろうか。
「うん!すごく格好良かった!!」
レイシェ──理久に抱きつく。
身体強化は、本人の身体能力をあげるだけの能力だ。ただ能力を使っただけでは大した効果は無い。
しかし、今の理久は剣の持ち方ひとつとっても様になっている。
理久は俺が『寝ている間』に、沢山の『剣士の器』を借りて、特訓をしたのだろう。
「理久、本当に強くなったんだね」
「これなら優也を守れるだろ?」
「俺を、守る?」
「そう。優也のこと、守りたくて」
「どうして?」
理久は俺から顔を背け、ぽそぽそと言葉を口にした。
「俺、契約してから1度も『器を壊してない』んだ。『他の契約者』から聞いた話だと、そんなのは滅多にいないって。契約して早々に瓶を割ってしまう『契約者』って多いんだろ?……ずっと優也が守ってくれてたんだろ?」
「それは……間違いでは、ないけど」
「でも優也はまだ小さくて、危なっかしくて……力になってくれる優也の力になりたくて。……迷惑だったか?」
不安そうな理久の手を取る。
「ううん、すっごく嬉しい。ありがと、理久」
「おう」
他にも『迷魂』の気配はあるらしいが、今日は早めに切り上げて理久に添い寝をしてもらわなければいけない。
俺にとっては、理久の成長した姿も見れたし今回は大満足、やりきった感満載。これ以上は『契約者』として働きたくない。
アラクネ本体が何処に行ってしまったかとか、もう、どうでもいい。俺にとっては添い寝の方が大事!
白紙の本を取り出し、理久の姿が消えたのを確認して、ペンダントの剣を刺した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を開けると、目の前に理久の姿があった。手を握ってくれている。
「おはよ、理久」
「おう」
起き上がろうとして「痛っ…」肩を押さえた。そういえば、カマキリに肩を削られたんだっけ。
ゆっくり体を起こす。理久が支えてくれた。
本の世界で怪我をした場所を見せるように言われたので、少し服をずらす。どうやらかなり酷い痣になってしまっているらしい。
ものすごく理久が心配してくれる。大丈夫なんだけどな。
何となく、冗談を言ってみた。
「すごく痛いから、お箸持てないかも。食べさせて?」
「左は利き手側じゃないよな。肩だから利き手の方も持てないくらい痛いのか…?」
更に心配されてしまった。
「真面目に返さないでください。冗談です」
「お前の冗談、分かりにくいんだよ」
頭をぐりぐり撫でられた。




