6冊目:約束 005頁
俺の同級生を呼んでしまうと理久や蓮が孤立しないかと思っていたがそんな心配はなかった。
蓮は忘れがちだが、俺くらいの歳の子と関わりたくて『アンナ』を借りていた。
つまり、この状況は凄く嬉しいようで理由はともあれ楽しんでいただけて何よりである。
理久はあとからやってきた父さんと兄貴に散々絡まれていたし、琹音のお姉さんはお母様方と打ち解けたあと、しばらくして蓮と一緒にみんなとゲームなんかをしていた。
そんなわけで、どちらかというと俺がひとりではある。ハセガワはまだ病院にいるらしいので、今のうちにと本日5個目のミルクプリンを食べ終わり、6個目を取ろうとした時だった。琹音から止められた。
「優也、さっきからそればっかり食べてる」
「お、美味しいから……」
「食べ過ぎはだめ」
「は、はい……」
まさか5個も自分の胃に入るとは思わなかったけれど、元々そんなに食べる方では無いし、琹音の言う通りこのくらいにしておこう。
料理を食べて、遊んでいるうちに空が暗くなっていた。そろそろ、おひらきかな。
流成が最初に「なあ優也!庭すっげえキレーなんだけど!!遊べる??」電球の装飾に灯りが点っているのに気が付いた。やっぱ流成は周りをよく見てるんだよな。
「暗いから気を付けてね」
メイドさんが数人やってきて、案内係を申し出てくれた。
正直俺も道とか把握してないからありがたい。
帰り際に見ようという話になり、各々が防寒対策をしっかりした上で外に出ると、幻想的な光景が出迎えてくれた。凄く綺麗。
昨日見てはいたけれど、それでもやっぱり感動ものの光景である。
暫く光の庭を散策し、各々が用意された送迎の車へと乗り込んでいった。
見送りを済ませたあと、家の中に戻る。一瞬軽いめまいがして、高月さんに支えられた。
おかしいな、かなり身体がだるいや。
ゆっくり座り込む。左手首の端末で熱が無いか確認する。問題はなさそう。
高月さんが父さんを呼んできてくれた。簡単に診察してくれたが、疲れが出たんじゃないかという結論だった。
めまいが続くなら検査をしようという話になり、今日は早く寝ることにし、25日の朝を迎えた。
枕元に『謎の契約者』と思しき人物が置いたと思われるクリスマスプレゼントがあった。どうやってこの場所を知ったのか。
外国語のファンタジーな本が5冊ほどリボンが巻かれた状態で置いてあり、一緒にあった包みを開けると上質な紙で出来た上品なデザインのレターセットが入っていた。
なんで毎年欲しいものが分かるんだろう。欲しいって話、誰かにしたっけ?
ほぼ無意識に本を開いてもうとしていた。そういえば誕生日からずっと慌ただしく動いていたから、本を読めてなかった。ええい、読んじゃえ!
5冊とも全部俺好みのファンタジー小説で、読み終わった頃には昼近くなっていた。
リビングで寛いでいた父さんに寝坊したのかと聞かれ、慌ててサンタクロースなる神出鬼没な人物から貰った本を読んでいたら時間が経っていたことを説明する。
「外国語の本、あまり手に入らないから嬉しくて。つい一気に読んじゃった。俺は悪くないよ」
「優也は本当に本が好きだな」
「本がなかったら死んじゃうくらいには好き!」
「そんな優也にはいいものをあげようか」
渡された紙袋から、半紙に包まれた本が出てきた。表紙は日本語ではない。よく見たら、この本は少し特別なものであることに気づく。
「…これ、表紙が羊皮紙で作られてる?」
父さんがにっこりと笑う。お礼を言って表紙を開くと、古書特有の紙の匂いがした。
しばらくして、執事長さんがやってきた。俺の家の中に読書室のようなものを作ろうという計画をしているらしい。ここ、読書室あっても本ないじゃん。
「この家では、庭で本を読みたいから要らないかな」
あの手この手で俺をこの家に留まらせようとする執事長さん。確かにここは俺の家だけど、俺が自分の家だと認識しているのは父さんと兄貴が暮らす家だということを伝えると、酷くがっかりしていた。ごめんね。
それでも諦めきれない執事長さんは、数人の執事とメイドさんを呼びつけると数人付けることを提案した。父さんの顔色を伺うと、あまりよろしくないようだ。
どれだけ断っても、絶対に着いていくと言って聞かないので、それならひとりだけにしてもらう。
執事長さんは誰を俺に付けるかかなり悩んだ後、メイドさんをひとり選抜する。かなり美人なメイドさんである。あれ?このメイドさん、服が黒い?あ、それが普通か。
メイドさんが俺の傍に歩いてきた。すぐ目の前に、メイドさんが、立って、挨拶を……あれ、冷や汗が止まらない。
父さんが執事長さんを激しい剣幕で怒鳴った。父さんのこんな声、今まで聞いたことない。
「梅原!お前は何を考えているんだ!!」
執事長さんは首を傾げる。
「綺麗な女性の方が喜ばれるのではと思ったのですが、何か」
「何か、じゃない!!何故女性の使用人の服が黒い!!!白いものを着せるように言ったはずだ!!」
メイドさんが、俺に、手を伸ばしてくる。
あれ、なんだろう、凄く、凄く、怖い……?息が上手く吸えない。後ずさりしてしまう。
「確かに白いものを着せるようにという助言は頂きましたが、やはりメイドたるもの黒くなくてはと思いまして、メイド長はやはり黒を──」
執事長さんが何かを話していたけれど、メイドさんが微笑んでくれた瞬間、俺は悲鳴をあげながら走り出してしまった。
「優也!!!」
父さんの声が背後に聞こえた気がした。
何も考えられない。
やめて、怖い。ごめんなさい。
怖い、嫌、ごめんなさい、やめて、痛い、嫌。
苦しいの、悲しいの、嫌。
やめて、寒いの、冷たいの、嫌。全部全部嫌!!!!
もう、嫌だ!!!
玄関の扉を押し開ける。吐いた息が真っ白になる。逃げなきゃ。早く、遠くに、逃げなきゃ。
庭を走る。靴を履いていない足に、何かが突き刺さった。寒さで痛みが麻痺しているのだろう、走るのに支障はない。
泣きながら必死で走る。塀にまで辿り着いた。フェンスとコンクリートの柱との隙間に体を押し込んだら通り抜けられそう。
フェンスを通り抜ける瞬間、何かが割れるような音がした。なんの音だろう?
音の正体を探る前に俺を呼ぶ声が聞こえた。そうだ、それより今は逃げないと。とりあえず声のしない方へ走った。




