6冊目:約束 002頁
夕食の時に父さんにクリスマス会について話をしたら、自分も参加したいなんて言っていた。
そして、ハセガワの言う通り、病院の手伝いよりもクリスマス会を優先しろと言われた。
父さんの気持ちに甘えることにして、早速明日からクリスマス会の準備に取り掛かろう。
あれ?でも準備って何をすればいいのかな。
兄貴が「飾り付けはどうするんですか?1部屋だけを使うとしても、クリスマス会が出来るような広い部屋は……これから使っていない部屋の掃除や片付けをしていたら間に合いませんよ」俺の認識が甘かったことを教えてくれた。
「もしかして、クリスマス会って家の中飾るの?病院のロビーみたいに?」
「まさか優也、クリスマスがなんなのかわかってない?」
「えっと、ツリーとかサンタとか………?」
父さんと兄貴が顔を見合せた。俺、何か変なこと言ったのかな。
兄貴が携帯電話の画面を見せてくれた。
「クリスマスってね、病院に飾ってたツリーとか、あとはこんな感じに…ほら、こう」
表示されている写真の中で、小さな子どもたちと一緒に笑う兄貴の姿があった。多分、兄貴が昔暮らしてた施設の子たちとの写真だろう。今も時々顔を出しているみたいだし。
よく見ると部屋全体が沢山の装飾に彩られている。
「これは全く豪華な方でもなんでもないけど、でも、こんな感じで飾るんだよ」
自由に見ていいと言われ携帯電話を渡された。順に見ていく。
凄く楽しそうな写真ばかりである。
しばらく暮らしているからなのか、家のあちこちで心的外傷が呼び起こされることは殆ど無くなったし、追体験をすることも無くなったけれど、完全に無くなった訳では無い。
時々過呼吸を起こして動けなくなってしまうこともあり、今日だって理久に支えてもらわなければ階段で足を踏み外すところだった。
7階を使うことも考えた。しかしあそこは、俺がひとりで暮らす為の場所であり、こういったことには向かない。それに、理久はともかく誰かを呼ぶような場所では無い。
どうすればいいやら。
「広くて、綺麗に片付けも掃除も出来ている場所かぁ……」
兄貴の呟きに、1箇所思い当たるところがあった。
「俺の家使えばいいじゃん!!!」
「あー、あそこか…って、知ってたのか」
「この前、悪いことするとここに置いてくって脅されて知りました………」
兄貴が「どんな叱り方をしてるんですか?!」父さんを見た。
「優也から本を取り上げるのは難しそうだったからな。優也を本がない環境に連れていく方がいいかと思ってな」
「俺、死んじゃうからやめて……」
本当に凄い効いてる、なんて兄貴に苦笑された。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一応あそこは俺の家なのだから、俺が好きに扱っていいらしい。
クリスマス会で使いたいから準備をしたい、なんて言ったら夕食後、暫くして執事長なる人が俺を訪ねてきた。
初めまして旦那様、なんて言われて自己紹介をされるんだから普通に優也でよいと伝える。
確かにあの家の主は俺だから旦那様で間違いはないのだけれど、なんかこう、慣れないを通り越して嫌。
名前で呼んでもらうことにして、兄貴とハセガワが立ち会ってくれてはいるが、執事長とふたりで色んな話をした。
まず、あの家はなんなのかと訊ねると資料通りの俺の家だという説明を受ける。
俺が産まれた時に建てられて、手入れをされながらずっと管理されてきたのだという。
雇われている人間はその時に雇われたり、その後雇ったり、と言った具合。
俺がきちんと物事を判断できるようになるまでという期限付きで、記憶にない祖父が亡くなった後は執事長が俺に代わって全て仕切ってくれていたらしい。
話を聞きながら、あることに気づく。
「まさか…11年も、家主不在だったってこと?」
作用にございます、と執事長は頭を下げる。
「今回、優也様がお使いになられると聞き、使用人全て張り切っております」
そこまで退屈させてしまってたの?なんだか申し訳ない気持ちになってくるが、俺は今まで存在すら知らなかったので許して欲しい。
「立派なクリスマスパーティーに致しましょう。人数はどのくらいを予定されておりますか?100人?200人?まだまだ行けますが!」
「ふぇ…?」
執事長さん、なんか勘違いしてる?どうしよう、なんかもう、規模が大きすぎてよくわかんない。
ハセガワが執事長さんに声をかけた。
「梅原さん、優也様がお困りです。今回は、親しい間柄でのみ行うものです。旦那様が催事を取り仕切る予行練習になればと許可されました。規模は優也様の御学友と、外部の御友人。御学友には保護者様がお越しになる可能性を考え、多く見積って20人程度…優也様は少食ですが男の子はよく食べますから料理は多めに、30人程度を予定していれば問題ありません」
「そ、そうなのですか?そこまで小規模だとは…てっきり『峰岸家の跡取りとして』催しを行われるのかと」
明らかに肩を落とす執事長さん。いや、ハセガワの言った人数もかなりの数じゃない?それで小規模?……もしかしたらこの人に聞けば教えてくれるかも。
「ねえ。『峰岸家の長男だから』って俺は小さい頃に厳しく育てられたんだけど、もしかしてそれって『大病院の跡継ぎ』って意味じゃ無かったりする?」
兄貴が一瞬、酷く動揺したのが見えた。兄貴はやっぱり何か知ってそう。多分、俺の兄になる時に何か父さんから聞いているのだろう。
「今の長男は、あに……拓矢お兄ちゃんだから、俺には関係ないのかもしれないけど、やっぱり知っておきたくて。どう考えても、この家よりおじいちゃんに赤ん坊の頃に貰った家ってのが大きい気がするから、違和感があるんだ」
執事長は有り得ない、という顔をしたがハセガワの顔を見て「…その件は、カウンセリングの類が必要となるので、資格のある羽瀬川さんに任せていますから、私の口からはお伝えすることは出来ません」恭しくお辞儀をし、俺の手を取ると甲に口付けをしてきた。
「……しかし、全てをご存じになり『峰岸家』に優也様がお戻りになられること、家の者は心待ちにしております」
「え、えっと……???」
なんかもう、混乱してきた。やっぱりハセガワ、何者なの?
ハセガワが話が逸れたと呆れ気味に執事長を俺から引き離した。正確には俺を抱き寄せるように引き離したのだけど。
「今回の話はそれではありません。クリスマス会です。梅原さん、そちらで手配は出来ますね?」
「ええ。立派に準備してみせますとも。そのまま優也様がこちらの家を気に入られて、お住いになっても、文句は言わないでくださいね」
何やら宣戦布告のように告げる執事長に、とりあえず言わなきゃいけないことができた。
「あっちに住むことは無いと思うよ。本がないなら、俺死んじゃうし」
執事長が「それでは敷地内に図書館を建設致しましょう!!」魅力的な言葉を発した。
え、家の中に図書館?
「優也様、許可を頂ければクリスマスパーティーの後、工事の手筈を致します!!」
なにそれ最高の提案じゃない?いいよ、なんて言いそうになってハセガワに口を手で塞がれた。
「いいですか優也様。図書館を建設すれば、あの庭のどこかは潰されてしまいます。もしかすると、本を読める場所が無くなってしまうかも」
「えっ、あっ…そうか……」
言われて初めて気づいた。立派な庭があるのに、何か建物を建てようとするなら庭の一部は取り潰されてしまうだろう。
室内で黙々と7階のように自分の空間で本を読むのも良いけれど、外でのんびりと風にあたりながら読むのが実は一番好き。
ちょっと見ただけでもかなり素敵な庭だったのに、あの庭を崩されるのは駄目。絶対駄目。
ハセガワの手を振りほどき、執事長さんに庭を潰さないよう伝える。
「今度ちゃんと読書しに行くから!絶対に庭は崩しちゃ駄目だから!!無くしちゃう工事は禁止!庭は俺のお気に入り!!」
「仰せのままに」
執事長さんが片膝をついた。
「それでは、外で読みやすいようテーブルセットを用意させましょう」
どこか噛み合わないな、この執事長さん。
「それはとりあえず要らないかな。俺、地面とかに座って木陰で読む方が好きなの」
今度、色々と話をした方がいいかもしれないな、なんて思った。




