5冊目:生きる世界008頁
授業参観当日。クラスメイトはどこか落ち着きがない。かくいう俺も今朝から気持ちが高揚している。
授業が始まる前の休み時間、人口密度が通常の倍ほどになった頃にその人物はやってきた。一部の保護者が困惑の声を上げている。
父さんとハセガワが教室の前までやってきた。
嬉しくて嬉しくて、父さんの元に駆け寄る。
「来てくれたんだ!ほんとに来てくれた!」
「優也の初めての授業参観だからな。来ないはずがないだろう」
「うん、ありがとう!」
俺と父さんが話していると、数人の保護者が近づいてきた。
「み、峰岸医院長……ですよね。お孫さんですか?」
父さんが少し困っていた。
多分、年齢的に見れば俺と父さんは、孫と祖父に見えてもおかしくない。
うちの病院は沢山の看護師や医師が働いているが、全員と関わりが深い訳では無いから父さんの顔を知っていても、俺の事は知らない人は多いだろう。
ちらりと父さんが俺を見て「ええ、可愛い孫ですから」笑顔を作った。
……なんだろう、すごく腹が立つ。
可愛らしいお孫さんですね、なんて言われて、我慢できなかった。
「違うよ、父さんだよ!!父親!!ちゃんと血が繋がってる、息子ですー!!」
父さんに抱きつきながら、孫だと勘違いしてきた保護者を睨んだ。保護者は慌てて父さんと俺に謝罪するが、俺はそっぽを向いていた。
この後、散々クラスメイトから弄られた。
保護者の制止もあって表面上は収まってはいるが、恐らく明日から、からかわれるのだろう。好きに言えばいいと思う。
帰宅した後父さんの前に仁王立ちする。
「どうして、祖父だなんて嘘をついたの?」
「……優也は、恥ずかしくないのかい?こんなジジイが父親だなんて」
悲しそうな顔をする父さん。まったく、なんでそういうこと言うかなぁ。
「俺、前も言ったよな。父さんが俺の父親じゃないなら、誰が俺の父親なのさ?それとも何?俺って実は息子じゃなくて孫だった?」
「そ、そんなことは無い!」
慌てて否定する父さんは見ていて少し面白い。
「じゃ、馬鹿なこと言うなよ。俺は峰岸優也。あんたの息子!次嘘ついたら許さないからな!」
機嫌をなおして欲しければ、本を沢山用意するようにと伝える。
リビングのソファーに座って、学校から借りてきた本を開いた。
父さんに怒ってたら本を読む時間が少なくなっちゃうじゃない。まったくもう。
話を聞いていた兄貴が父さんに声をかけていた。
「義父さん、少なくとも優也は貴方が父親であることが嬉しいんですよ」
そうそう、兄貴わかってるじゃん。他人から見れば孫と祖父かもしれないけれど、俺からすれば少しくらいは尊敬する父親だ。
ちょっとだけ、ふたりの会話を盗み聞きする。というか俺のすぐ近くで話すんだから聞こえても仕方ないよね。うん、仕方な……というかこれ、聞かせてるよな?
「しかしだなぁ……こういう年頃の子は、何かと少し違うことでいじめとか…」
「優也が黙っていじめられる子に見えます?十倍どころか何百倍くらいにして返すと思いますよ」
兄貴、俺のこと普段どう思ってるんだろう。
「た、確かに…」
父さんも俺の事なんだと思ってるんだろう。あなたの息子ですよ俺。そんなことしませんよ。
「優也なら、六法全書持ち出してありとあらゆる手法と証拠を握った上で反撃すると思うんです」
兄貴、だから流石にそんな事しないよ。父さんも有り得そうだなんて相槌打たないでくれる?
「そのうち弁護士資格取るとか言い出したらどうしようか…」
父さん、今のところ取る予定はないから安心して欲しい。俺はとりあえず医師免許取ろうとしてるだけだから大丈夫だからね?
「せっかく羽瀬川さんが弁護士資格を取ってくれたのに……」
ハセガワ、まじで何やってるの?何者なの?
本を閉じた。
「……父さん、兄貴、あんまり言うと怒るぞ」
なんだ聞いてたのか、なんて言われてしまった。いや絶対聞かせてただろ。




