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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
5冊目:生きる世界
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5冊目:生きる世界007頁

 エレベーターの修理の目処は立たない。

 あまり外出することが無いにせよ、俺が毎回非常階段を出入口として使うことに対し父さんはいい顔をしない。

 何歳の頃だったかは忘れたが、非常階段の出入口が簡単な鍵だった時に俺は一度、侵入者達に襲われたことがあるのだ。

 オカルトマニアの彼ら的には、エレベーターでも通常階段でも行けない幻の階に行く方法として非常階段を見つけたから探索のつもりで侵入したと言っていた。

 彼らはなんてことない普通の高校生ではあった。

 物を投げられて、怪我をして、追い回されて、怖くて、痛くて、必死で逃げて、隠れていたら父さんが助けてくれたけれど、本当に隠れきれて良かったと思う。捕まっていたら何をされたか分からない。

 お陰で俺も父さんも非常階段での出入りは日常的に行うべきでは無いという認識で一致している。

 そもそも、日常的に使えば非常用では無くなるし。


 7階で過ごせない間、父さんと兄貴と同じ家で暮らすことになる。

 父さんは使用人嫌いではあるが、昔から必要最小限に雇い入れることはあり、あの家は警備員が常に数名居るらしく安全なのだとか。

 使用人嫌いに拍車がかかったのは俺が虐待されていたせいだが、元々嫌いだったとの話を聞いて、少し違和感を覚えた。


 赤ん坊にどう見ても豪邸をプレゼントする祖父もいるくらいだし、もしかして『峰岸家の長男』というのは父さんが名医だからとか、そういった話ではなかったりするのだろうか?


 どうやら、本のないあの家は一時的に人払いをしただけで沢山の人が雇われているらしいし。

 俺は死神だから他の人と一緒にいたら駄目だという考えは変わらないが、ひとりきりになろうとすると今度こそ本がない家に閉じ込められて、俺が殺されそう。

 別に死にたい訳では無いし、本がない家に閉じ込められるなんて拷問、むしろ処刑に近い。

 7階から本を取り上げるのは難しいから、俺を本の無い家に連れていくという力技を行使されそうになるとは思わなかった。本人すら存在を知らない家とか、なんなんだもう。

 ひとりになるのは諦めるしかあるまい。


 必要なものがもしあれば取りに来ればいいから、とりあえず冷蔵庫の中身を確認し、傷みそうなものを取り出してハセガワに預けた。

 学校の道具は目立たないように段ボール箱に詰めて持ち出すことになった。

 着替えなどの荷物は父さんの家にも7階にもあり、実際に移動する荷物は本当に学校のものとか、あとはお気に入りの本を数冊とか、その程度で良かったお陰で引越しはすぐに完了。

 荷物で一番多かったのは理久が買いだめしていた生鮮食品だった気がする。

 自室のベッドに寝転んだ。もう、今日は誰とも合わなくていいはずだと思っていたのに夕方、理久が遊びに来た。どうして来ちゃうかなぁ。

 理久は俺の部屋のあちこちを不思議そうに眺めている。

 俺の部屋は7階と違って水色を基調とした白と青の部屋。確かにイメージは違うのかもしれない。

 理久が棚の上に置かれていたぬいぐるみを手に取った。

 「これ……何?」

 「カモネギ鍋。可愛いでしょ」

 デフォルメされたカモがネギを頭に乗せ、鍋に気持ちよさそうに入っているぬいぐるみ。気に入っているので、7階の寝室として使っている部屋の奥、書斎に沢山ぬいぐるみはあるし、こちらの家にもひとつ置いていた。そうか、理久は書斎に入ったことなかったのか。

 「お前の趣味、独特過ぎんだけど」

 「そう?」

 なんのキャラクターなのかと聞かれたが、それは俺にも分からない。

 元あった場所にカモネギ鍋は戻される。

 理久が俺の隣に座った。

 「ところで本題な。お前、誰とも会いたくなくてエレベーター壊したろ」

 「……分かってて遊びに来たの?」

 「勿論」

 「どうしてそんな……」

 突然ぐいっと抱き寄せられ、胸に押し付けられた。不意に理久のにおいを嗅ぐと、落ち着くけれど冷静では居られないからやめて欲しい。

 「お前、俺と距離を置こうとしたろ」

 「関わった人を死なせちゃうから…」

 普段は考えないようにしているが、俺はお母さんを殺して産まれてきているのだ。俺の事を大切にしてくれる人ほど、周りの人は死んでしまう。

 時々忘れてしまうが『テラー』は死神の一種であり、凄く稀に産まれてくる俺のような特異体質の人間は『死神に魅入られた人間』と『テラー』の中で呼ばれているらしい。

 「俺、理久まで殺したくないよ」

 「逆だろ。俺が死ぬところ助けてくれてたじゃん。周りで誰か死んだら全部お前のせいなの?違うだろ」

 「違わないよ。違わない。俺のせいで、みんな死んじゃう」

 涙が溢れて、理久の洋服に吸われていく。腕から抜け出そうとするが、より一層強く抱き寄せられる。

 「………クリス、答えて欲しい。『死神に魅入られた人間』っての、周りの人間を殺す力なんてあるのか?」

 クリスはふわりふわりと俺と理久の周りを漂いながら「あるわ」ごく自然に、当たり前のように言葉を告げる。

 「それは、人間として刃物を持ったら人を殺せるといったものだろ?」

 「ええ、そうよ」

 「超常現象のような、死を振りまいて周りを殺してくみたいな能力はないんだろ?」

 「ええ。ないわ。死を振りまくことは無い」

 理久が勝ち誇ったような笑顔をした。

 「さんきゅ。ほら優也、言葉のイメージだけが先行して、勘違いしてたんだろ」

 「え、え……うん………」

 もしかして俺、ずっと勘違いしてたの?確かに『死神に魅入られた人間』って言葉は『他の契約者』から聞いた話だったけど。

 クリスを見ると、またふわふわと漂って、そのまま姿を消した。

 「俺は、ひとりにならなくていいの?」

 「当たり前じゃん。無害、超無害。むしろ離れようとするとエレベーターは壊すし有害だろ」

 「そっ、そっか……」

 有害と言われるのは何かこう、くるものがあるが、たしかにエレベーターを壊したのはなんというか、有害でしかないのでなんとも言えない。

 理久は優しく頭を撫でてくれた。

 「ひとりになんて、させねえから」

 「ありがと」

 うまく、笑えてたかな。



 翌日は久しぶりの学校へ行く日。

 初めて家から登校する。なんだか変な気分。

 暫くは左手首に端末を付けるようにと厳しく言われているので、邪魔だけれど仕方ない。

 ハセガワは今日1日、学内で待機してくれるらしい。あくまで保険だからと念押して無茶をしないようにと言われた。

 教室に入ると、クラスメイトがわっと集まってきて、俺を質問攻めにする。

 何とか自席に着くと、机の中は書類でいっぱいだった。

 一番上に入っていた学級連絡の書類を確認し、内容を二度見する。

 「来週授業参観あるの……?」

 これは、父さんに見せても都合がつけられないと思う。ちょっと悲しいな、なんて思っていると、琹音がつんつんと俺の腕を突っついてきた。どうやら席は隣らしい。

 「優也。お知らせのプリント、お母さんが全部優也のお父さんに教えてたから、ちゃんと知ってると思うよ」

 「ほんとに?」

 「うん」

 「ありがと、琹音!」

 琹音の両手を握る。少しだけ琹音が微笑んでくれた。あれ、ほんのちょっとだけ、なんか、こう、なんだろう。琹音の顔を直視できない?

 すっと手を離した。なんだか体が熱い気がする。熱でもあるかな?

 琹音がおすすめの本だといって、文庫本を俺の目の前に置いてきた。

 「あっ、読んでいい?」

 「どうぞ」

 「ありがとー!」

 点呼が始まる前に読み終わったので返したら、笑われてしまった。そんなにおかしいかな?そういえば熱、どっか行っちゃった。


 家に帰って早速父さんに確認すると、琹音のいうとおり、学校の連絡関係は全部知っていたらしい。

 「じゃあ、来てくれるの……?」

 「勿論。優也が嫌じゃなければ」

 「嫌じゃないよ!嬉しい!!」

 父さんに抱きつく。……あれ?父さん、少し痩せた?

 一瞬感じた違和感は、頭をぐりぐりと撫でられているうちに消えてしまった。

 



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