5冊目:生きる世界003頁
今日は沢山遊んで、沢山色んなものを見た。すこし、へとへと。
7階に帰ってきて、理久から貰った券で買った焼きそばを冷蔵庫へしまう。これは夕食の予定。
仮眠をとっても問題ないくらいの時間はあるし、近くに『迷魂』が迷い込んだ扉もないことをクリスに確認。
少し眠いから最近の日課のようなものを済ませることにしよう。
寝室や自室のように使っている部屋に元々本棚は無かったのだが、最近小さいものを置いた。
1冊を取り出し、軽く読む。まだお日様も出ているからブランケットでいいかな?
横になって目を瞑った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
気がつくと、夜の学校の中にいた。
時計を見あげると、丑三つ時といったところらしい。
白紙の本を取り出し確認。どうやら俺のお目当ての登場人物は主人公と別行動をしているようで話に出てこない。
都合がいいから、出来るだけひとりでいてくれるのはありがたい。
でも、逆に話に出てこないせいで何処にいるのか分からないんだよな。
大体は話の進行上必要なものがある場所を事前に調べるようなことをやっているみたいだし、先回りしてみよう。
2箇所目でお目当ての人間を見つける。白紙の本を確認して、シナリオの影響力を受けないことを確認し、声をかけた。
「久しぶり、かな?棗お姉ちゃん」
茶髪でショートヘア、少し気怠げな様子の『黒田棗』は振り返り微笑んだ。
「そうだね。……また私達の本に来たの?」
「うん。仮眠のつもりだから、すぐ帰るけど」
「そう」
理久が存在を借りた事が原因なのかは不明だが、先日のクロウでさえ再度本の中に入ったら『理久の記憶』を失っていたのに棗お姉ちゃんこと『黒田棗』は記憶を失わず、更には俺との記憶を引き継いで、同一シリーズの別の本でも会話ができる。
俺は、シナリオ上の『黒田棗』と、目の前にいる『棗お姉ちゃん』を別の人物として認識することにした。お姉ちゃんと呼んで欲しいと言われたのでそう呼んでいるが、少し恥ずかしい。
『黒田棗』という登場人物がいる作品『クロネコワルツ』というシリーズはパラレルワールド系の話で非常に人気が高く、様々な所に蔵書されている。おかげでそれぞれ別の本に『迷魂』が入り、様々な『契約者』が『器』を借りるらしい。
どうやら棗お姉ちゃんの話では『器として自分を借りた契約者が参照できる記憶は設定上のものだけ』で、理久の記憶や俺と話している今の記憶は他の誰かに知られることは無いらしい。
つまり『黒田棗』としての記憶は覗かれても『棗お姉ちゃん』としての記憶は覗かれないのだという。
覗かれる感覚があるらしく、棗お姉ちゃん的には苦手だから直ぐに分かるとも言っていた。
棗お姉ちゃんが俺の頭を優しく撫でてくれた。
「……優也は不思議な子。私の弟。今日は沢山遊んできたんだね」
「なんで分かるの?」
「なんででしょうね」
棗お姉ちゃんは笑いながら、俺の首からペンダントを外した。
「また借りていい?」
「うん」
棗お姉ちゃんが俺のペンダントを持っている間『他の契約者』が彼女を『器として借りる』事が出来ない事に気付いてから、ペンダントを貸すようにしている。
『迷魂』がいつ入って来るかは分からないし、そうなると『契約者が器として借りて』突然中身が代わる可能性があるから怖いし。
「ねえ、そういえばなんだけど、優也は中身だけこの世界に来ている。物語の人間が優也の身体に入れ替わって入ること出来たりしない?」
「えっ」
突然の話で驚く。棗お姉ちゃん、外の世界に出たいの?そりゃそうか、ここはずっと話を繰り返す世界だもんな。
「……分からないなら、確認した方がいい。私は優也になりたいとは思わないけれど、他も同じだとは──」
棗お姉ちゃんが口を噤んだ。
視界の先を見ると、主人公である咲良秀峰が立っていた。
慌てて白紙の本を確認すると、シナリオ外ではあるらしい。
咲良秀峰が俺たちに近付いてくる。
突然、棗お姉ちゃんが咲良秀峰と俺の間に立った。
「あなた。秀峰じゃ、ない」
咲良秀峰は目を丸くしながら「なんでキャラクターが分かるんかなぁ」頭を搔く。
「……あなたは『キラー』と呼ばれている『契約者』でしょ。優也いじめるなら、絶対守る」
「おや?名乗ってもいないのになんで分かるのかな?」
棗お姉ちゃんが俺の手を掴んだ。
「優也。走るよ」
校舎の反対側までやってきた。ペンダントが近くにあるから身体強化能力が使えるおかげで何とか足でまといにはならなかったが、なんか少し感覚が違う。こう、効きが悪いというか。
「……優也は、元の世界に戻って」
ペンダントを握らされる。
「でも…俺が居なくなったあと棗お姉ちゃんが『器として借りられて』何をされるかわからないよ?」
「……それなら、私の存在を借りた時点で『キラー』の情報全部見る。全部、優也に伝えてあげる」
「でも」
棗お姉ちゃんが俺の肩を掴んだ。
「……私は、物語の中の架空の世界で生きる人間。優也は外の世界で生きてる人間。私は何度も何度も『リメイク』される。あなたは1度終わればおしまい」
「…………じゃ、これだけは持ってて」
ペンダントの大きさを変えて聖剣にする。
剣にすると自由に浮遊するリボンを掴んで、刃先にあて、少し深呼吸。出来るだけ長くなるようにリボンを切った。
身体の中身を抉られるような、表現しがたい激痛が全身に走る。思わず膝をついた。
「……大丈夫?」
「うん。……はい、これ。絶対、手放さないでね」
切り取ったばかりのリボンを渡す。
「……これは?」
「効果を使う度に少しずつ短くなっていくと思うけど、これでも『器として借りられる』という状況を防げると思う」
「……ありがと」
頬に口付けをされた。
「棗お姉ちゃん…?」
「……早くおかえり?しばらく『クロネコワルツ』に来ちゃダメ」
「わかった…」
白紙の本を出した、その時だった。
周囲にぺらぺらな黒い腕のような物が沢山生えてきて、俺の体に巻き付きながら白紙の本やペンダントを掴んだ。
「なに、これ……」
触られている感覚のようなものは無いが、ぺたぺたと体を触ってきて、腕や足を掴まれている。って、服の中に何本か入ってきた?!
ペンダントを大きくして──あれ、出来ない?
体に力が入らなくなった。身体強化能力が使えない?
戸惑う棗お姉ちゃんが「私の弟に、何するこのワカメー!」確かにワカメの様に生えるぺらぺらな腕を叩いた。
叩かれた腕だけ霧散して消えたのを見て、棗お姉ちゃんはペンダントと白紙の本を掴む腕を叩く。同じように霧散した。
「……早く、逃げて!」
「からだ、ちから、はいんない…」
「そんな…」
棗お姉ちゃんが次から次に現れる腕を叩いて消してくれるが、突然身体強化が切れたせいで上手く本とペンダントを持てない。
咲良秀峰の器を借りたキラーが現れた。
「やあ。ユウヤ君は身体強化がないとかなり非力だからね。俺の能力で封じさせて貰ってるよ」
キラーが近付いてくる。聖剣が使えなければ俺はただの小学生。
「さあ、おいでユウヤ君」
手を伸ばしてくる。
昔、キラーに監禁された記憶が蘇る。
何も話さなかったけれど、何処の誰なのかを執拗に拷問された記憶。
息が上手く吸えなくなった。
怖い。誰か、助けて。
「大丈夫だよ」
手に温かいものを感じた。見ると、棗お姉ちゃんが俺の手に本とペンダントを握らせてくれていた。
「……優也は強い子。私の弟。だから大丈夫」
「棗お姉ちゃん……?」
咲良秀峰が俺たちに触れる直前。棗お姉ちゃんに支えられ、ペンダントが白紙の本に突き刺さった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を開ける。7階の俺の部屋だった。
まさか何度も出入するせいでキラーが待ち伏せているなんて思いもしなかった。
キラーの『契約者としての能力』はずっと分からなかったが『他の契約者の能力』を封じるような能力なのだろう。
今まで使われなかった事から何かしら条件があるのだと思うが、情報が少なすぎて分からな──目の前に居る人物を見た瞬間、思考が止まった。
「………ここ、どこ?」
棗お姉ちゃんが本の世界から出てきていた。




