5冊目:生きる世界002頁
構内を見て回る。色んな店や出し物があり、遊べる出し物もいくつか存在するようだった。
お化け屋敷なんて、特に楽しかった。病院を舞台にしてたし、うちでも出来ないかな?
父さんに手を引かれて沢山歩いて、少し疲れて休憩。
ベンチに座ってのんびりと自販機で買ってもらったオレンジジュースを飲む。美味しい。
隣を見ると、父さんが少しぐったりしながら暖かいお茶を飲んでいた。
「大丈夫?」
「やっぱ年齢には勝てないな。すまないね」
「ジュース……のむ?」
「優也が全部飲みなさい」
「はーい」
ジュースを飲みきり、自販機の横にあるゴミ箱へ向かうと見覚えのある人がいた。
「あれ、えっと……賢木さん?」
「えっ……」
髪は少し切っているみたいだけど、やっぱり賢木さんだ。
隣にいるのはお姉さんだろうか?
「賢木さんと会えるなんて嬉しいな」
「そう、私もうれしい」
賢木さんは初登校の日に図書室で声をかけた女の子だ。
本が大好きな女の子で、本の趣味も合うし、話していてとても楽しい。
もう体は平気なのかと聞かれた。
「うん、だいぶ動けるようになったよ!ほら」
軽くぴょんぴょんその場で跳んだ。ちょっとだけ着地に失敗して転んだ。
「だ、大丈夫?」
「あたた……ちょっと失敗しちゃった。でも、もう元気だよ」
賢木さんが手を伸ばしてくれた時だった。
遠くで見ていたのだろう、父さんが慌てて走ってきた。
「大丈夫か!怪我は!!すぐに治療を!!」
「だ、大丈夫だよ。少し足くじいただけ。殆ど痛くないよ」
「腫れてないか見せなさい」
「大げさだよ」
靴と靴下を脱いで、少し痛い方の足を父さんに見せる。腫れてはいないみたい。
あとから腫れてくるかもしれないと足を触られた。くすぐったい。
俺達の様子を見て、ずっと賢木さんのお姉さんだと思っていた人が「あの、峰岸医院長…ですよね?」目を丸くしていた。
どうやら話を聞くとお姉さんではなくお母さんで、俺が普段暮らしてる病院で看護師をしているらしい。そんな偶然あるんだなぁ。
ベンチに座り、賢木さんと最近読んだ本について話す。とても楽しい。
父さんは賢木さんのお母さんと話をしている。仕事関係かな。聞かないでおこう。
それにしても賢木さんと話す度に思うが、彼女を7階に誘ったらもっと楽しいと思う。でも、そうなると俺の病気のことも話さないといけなくなる気がする。
俺は、ずっと寝てしまう怠け者。
理久にさえ、ぎりぎりまで言う決意ができなくて時間切れでバレてしまったというのに。
「峰岸君、何かむずかしいこと考えてる?」
「そうだね。難しいかも」
「峰岸君は頭が良いから、私じゃ力になれないよね」
賢木さんが悲しそうに俯いた。
口にする前から、話をする前から、返答が分かっていればいいのに。
物語のシナリオの様に決まった台本通りに動く世界なら、こんなに悩まずに済むのに。
「……賢木さん」
「なあに?」
「もし、もしもだよ。もしもの話、どんなに起こしても何日も寝続けちゃう人って居たら、どう思う?」
賢木さんは首を傾げたあと「さびしい、かな」俺が予想もしなかった言葉をくれた。
「さ、寂しい…?」
なんか、微妙に話が食い違っている気がする。どう説明したらいいんだろう。
「さびしいから、起きたらすぐ、一番最初におはようって言ってあげたいな」
「…どうして?」
「一番さびしいのは、ねてる本人だと思うから」
「寝てる、本人…?」
「ねてたら、ひとりぼっちじゃない?私だったら、おとなりで本を読んで、起きるのを待ってるかな」
言葉が出なかった。
代わりに涙が溢れて、頬を伝っていく。
賢木さんがにこりと微笑んで「私からも聞いていい?」ハンカチを取り出した。
「峰岸君が話してくれた人は今、私の目の前で泣いてる男の子の話じゃないかな?」
「………はい」
ハンカチで涙を拭われる。
「私は峰岸君のこと、ちゃんと待ってるから大丈夫だよ」
「あり、がと……」
賢木さんの手を両手で握った。温かい。
しばらく泣き続けた。
「ねえ、賢木さん。ひとつお願いしていい?」
「なに?」
ただの学友のままなら、このままでも良かった。けれど、自分の中で少し欲を出す。
「俺のこと、名前で呼んで欲しいの」
彼女に名前を呼ばれたい。もっと親しくなりたい。
「わかった。それなら、私の事も名前でよんでほしいな」
「琹音さんって、呼んでいいの?」
「さん、付けなくていいよ。私も優也ってよぶから」
「わかった。よろしくね琹音」
「うん、よろしくね優也」
それからは7階のことや病気のことはもう、怖がらずに話すことが出来た。
話終わると静かに「話してくれてありがとう」琹音は微笑んでくれた。
琹音と別れた後はまた父さんとふたり、のんびりベンチに座って空を見上げる。窓から見た四角い空じゃない、際限なく広がる空だ。
視界の外から枯葉がひらひらと舞い降りてきた。
そういえば今年は本の虫干しが出来てない。明日から始めようかな。
どの本から始めよう?理久との本は絶対にやるとして。『寝ている期間』と被ってしまったから、いつもよりは干せないだろう。
頭の中で優先順位を簡単に決めていたら、携帯電話が通知音を出した。確認すると、どうやら理久からのものらしい。
当番が終わったから、合流できるという連絡。居場所を伝えた。
すぐに来てくれたのは良いのだけど「蓮も一緒なのかぁ」居なくていい人まで付いてきた。
蓮から耐油紙に包まれた柔らかいチョコレートのようなものを渡された。
「……これ、なに?」
「いいから食ってみろって」
口に含むと、とろとろ溶けて消えてゆく。甘過ぎず苦すぎず、すごく美味しい。
「これなあに?」
「優也君が頼んだパンケーキとは別のパンケーキに使ってる生チョコの切れ端纏めたやつ。女子が争奪戦するはずだったものを優也君にあげるって言ったら貰えた」
「ほぇー」
よく考えたら、お菓子自体あまり口にしないから生チョコなんて初めて食べたかも。
手の中の包み紙をいじる。
もう少し食べたいな、なんて思っていると「それで、その…『あーん』させて頂いてもよろしいでしょうか」蓮の考えがやっとわかった。
「良いよ、もうひとつ頂戴」
口をあけると、蓮の手でチョコが運ばれてきた。
ぱくり。
うん、甘くておいしい。自然と顔が綻んでしまう。
「ありがと。とっても美味しい」
お礼に鞄の中に入れていた飴玉をあげると家宝にするなんて喜んでいた。
消費期限前に食べて欲しいなぁ。
何かあったら理久から父さんに連絡をするということになり俺と理久と蓮で模擬店をまわる。父さん、だいぶ無理してたのかな。
ふたりに連れられて、あちこちまわった。
挿絵差し込み忘れてたらこちらにあります。
https://novelism.jp/novel/YhJmWuzLSGu5cX73r0lQfA/article/du-006RkTfGYO6c6U6jwNw/




