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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
4冊目:軌跡の時間
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4冊目:軌跡の時間 010頁

 理久は今日、本当なら来る予定が無かった日。ペンダントを返しに来てくれただけだから、すぐに帰ってしまうらしい。

 明日も学校なのに、来てくれた。凄く嬉しい。

 ハセガワが理久を家まで送ると聞いて、ワガママを言った。

 ついて行きたいというワガママ。

 さすがに『起きたばかり』の体を移動させるのは厳しいと言われてしまった。

 仕方なく、病院の玄関までで我慢する。

 車椅子に乗せてもらって兄貴と一緒に理久を見送り、7階に戻ろうとした時だった。

 足元に小銭が転がってきた。

 「すみませーん!!」

 落とし主が近付いてくる。

 兄貴が拾って手渡す。そんな何気ない日常的な場面の中、俺は冷や汗をかいていた。

 理久がもう少し遅く、ここを出ていたら彼女と鉢合わせただろう。

 落とし主の女性は俺を見て優しく微笑んでくれた。

 俺は『契約者を辞めた者』に対する礼儀作法で彼女── 阿麻華恋に挨拶する。

 「はじめまして、お姉ちゃん。何処か病気なの?」

 阿麻華恋は少し驚いた顔をして、それから首を振った。

 「ううん、怪我だったよ。でも、ここに来れたから治らないって、もう泳げないって言われたのに治っちゃったよ」

 「そっか。良かったね」

 とりあえず治ったということなら、あとはリハビリで通う程度なのだろうか。理久と会わせないように、聞かないといけないことがある。

 「ほんと。まさか峰岸先生に直接診てもらえるなんて!」

 阿麻華恋から突然父さんの話が出てくるから思わず「父さんに…?」反応してしまった。正直しまった、と思った。

 「……あなた、もしかして峰岸先生が言ってた優也君?!ほんとに超可愛いじゃん!!」

 父さん、患者さんになにを吹き込んでるんだろう。

 「小さくて、めちゃくちゃ可愛くて、綺麗な目の男の子って聞いてたけど、親バカじゃなくて、ほんとにそうじゃん!!ほんとに緑色の目してる!!ヤバいんですけど!!すっごい綺麗!!……ってことは貴方がお兄さん?」

 「あ、はい…峰岸拓矢です………」

 兄貴は苦笑する。そういえば兄貴、ちょっと女の人と話すの苦手っぽいんだよな。

 阿麻華恋が予想外な所で好意的に思ってくれていて良かった。

 父さんに感謝しつつ、後で問い詰めることにして「お姉ちゃん凄く面白い人だね。お姉ちゃんは、もう退院?さようなら、なの?」今後阿麻華恋が病院に来るのかを探る。

 彼女は少し悲しそうな顔をした。

 「うん。ここまで来るのに凄く時間もかかるし、大変だからリハビリは何事もなければ近くの病院でやるよ。もう少し早く知り合いたかったなぁ」

 それから少しばかりの話をした後、阿麻華恋は付き添いの家族に連れられ立ち去った。

 今度こそ7階に戻る。

 エレベーターの中で、少しだけ目を瞑った。

 身体のだるさが少し増している。熱、少し上がっちゃったかも。


 阿麻華恋が理久と鉢合わせなかったことは幸運だった。それに、うちにはもう来ないという事も知れて良かった。

 阿麻華恋は小瓶で願いを叶えて『契約者』を辞め、一般人になった。

 『契約者を辞める』と、周囲の記憶も巻き込んで『契約者だった記憶』を失う。

 兄貴が阿麻華恋のことを覚えていないのも、阿麻華恋が俺たちのことを覚えていないのも、それは『契約者を辞めた』から。

 記憶の消去は『他の契約者』には適用されないから、理久は一方的に忘れ去られていることになる。

 そんなの、理久が可哀想でしょ?

 だから俺が、最初から守ってあげるの。

 また出逢えて好きになったら、なんて阿麻華恋は言ってたけれど、もうちょっとだけ会わせてあげないよ。だって、俺だけの理久だもん。


 

 ベッドの上で『深く寝ていた間』に理久から貰ったらしいクッションを抱きしめる。

 嗅がずにはいられない、あの魅惑的かつ何処か美味しそうな匂いはしないけど、理久の家の匂いがするような気がして、すごく落ち着く。

 「理久、怒るかなぁ………」

 課題をやっていた兄貴が顔を上げた。兄貴は最近、課題を7階でやってから家に帰っている。

 「なんかやらかした?」

 「女の人とおしゃべりしちゃったから…内緒にしててね、おにーちゃん」

 「こういう時だけお兄ちゃん呼びすんじゃねぇよ」

 ため息をつかれた。

 「じゃ、二度と呼んでやんない」

 「あー、分かった分かった、内緒にしといてやるから!」

 「えへへ、ありがとー!お兄ちゃん!」

 願いを叶えたあと、俺の砂集めを手伝うなんて言っちゃうくらいだから。

 理久は、何も知らなくていいの。理久は無知なままでいてくれればいいの。

 何も知らない『契約者』でいてくれていい。


 早く学校に行かなきゃな。

 そして、千隼君と仲良くなれるといいな。

 ふかふかのクッションを抱きしめ、酸素マスクに手を伸ばす。

 今日はいい夢見れるかな、なんて思いながら目を閉じた。

 無垢なクッションに支えられて、今日もおやすみなさい。






ノベリズムにて4冊目のおまけを追加しました。

https://novelism.jp/novel/YhJmWuzLSGu5cX73r0lQfA/article/BpJnt06gRlu-DDegNCwOVA/

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