3冊目:現実世界の契約者 008頁
また、理久を迎えに行く車の中だ。
やっぱり車の中は何もしなくても気持ち悪い。兄貴が冷たい飲み物をくれた。受け取り、飲んだ。
理久の家についた。携帯で連絡する。
出てきた理久におはようの挨拶をして、泣きそうになったのを誤魔化しついでに抱きついた。
ごめんね理久、また守れなかった。
頭を撫でられながら考える。どうすればいいんだろう。
しばらく高速道路を進んでいくと、時々見える街の雰囲気が変わってきた。
そしてある時、それが見えた。
砂浜である。小瓶の砂の光り方とは全く違うが、きらきらと光っている。
綺麗なのに、すごく恐ろしく見える。
水着に着替えると、兄貴から「そういえば優也って泳いだことあるのか?」また同じ質問をされる。
「記憶上は無いかな」
むしろあると思っているのか、不思議である。
靴をビーチサンダルに変え、砂浜に出る。
海の水には触れずに砂山を作ることにしよう。
砂浜のほぼ真逆の位置でも『迷魂』が現れたのであれば、やはり俺に引き寄せられており、恐らく『迷魂』が近寄れない原因はペンダントだと推測している。
つまり、ペンダントを手放さないようにしながら、俺が理久から離れなければ近づいてこないはず。
ただ、それでは一度敷かれたレールから外れるのは難しいだろう。今までと大きな違いを付ける為には、これしかないか。
幸い、父さん達と少し距離がある。会話は聞かれないだろう。
「ねえ理久、すごく大事な話をするね」
バケツの中に入れたカニを突っついていた理久は顔を上げた。
「え、何。なんかあった?」
「何かあったっていうか、何かあるっていうか」
どう伝えればいいんだろう。
「理久は『現実世界に現れた迷魂』は見たことある?」
「ないな」
「それなら『迷魂に取り憑かれた人』は見たことある?」
「それもないな。なんかあるの?」
今までの反応から理久は現実世界で『迷魂』を見たことがないと思っていた。恐らく、どういうものなのかも分かっていないのだろう。
「あのね、この砂浜に『現実世界で人に取り憑く迷魂』が居るんだ。一般人ならまだ回収する方法があるけど『契約者』が取り憑かれたら瓶を割られて殺されるだけ。理久は、出来るだけ早く別荘に行って。俺が何とかするから」
理久は首を傾げ、何かを考えていたが不安そうな声を出す。
「なあ優也。俺はお前にとって邪魔か?……いや、お前程のベテランからすれば俺は」
「違うよ」
理久の言葉を遮って否定する。
邪魔だから離れていて欲しいと言っているように聞こえてしまったようだ。言葉って難しいな。
「違うよ理久。理久が取り憑かれるのを何度も見てきたから、今回は俺だけで回収するの」
「………は?」
理解ができない、といった顔をする理久。そりゃそうか。
『現実世界で迷魂狩りが出来る契約者』というものがどういうものなのかを説明しながら、小瓶を召喚する。
砂の量が減っているのを見て、理久は酷く驚いていた。そういえば使い方を知らないんだっけ。
あんまり教えたくないけど、仕方ない。
「小瓶の砂は、貯まり切る前にも使える。瓶にかけた願いよりも少ない量の砂で叶えられる願いであれば、願いを叶えることが出来る」
「それでお前は、時間を戻したのか?」
「うん」
理久はしばらく唸ったあと「時間ってそんなに簡単に戻せるもんなの?」俺の瓶を手に取った。
その瞬間「んあっ……?!」変な感覚が全身を襲う。な、なんだろこれ。
「優也?」
理久が瓶をしっかりと握れば握るほど感覚が強くなる。や、やめて欲しい。
そういえば現実世界で初めて誰かに瓶を触られた気がする。不愉快では無いけれど、よく分からない不思議な感覚。
なんだろう、くすぐったいような、気持ちいいような、理久ならずっと触っていて欲しいような、身体が熱くなるような。
瓶やペンダントは俺の魂の一部らしいので、何かしらあるのかもしれない。こちらの気も知らずに触られ続けて腹立ってきた。
眠くもないのに息がしづらい。
「……り、理久、瓶、だ、出して」
「俺の?」
召喚された理久の瓶を掴んだ。どうだ、くすぐったいだろう!
「………どうした?」
理久がぽかんとしている。あれぇ?
とりあえず、もう全身の感覚が限界。おかしくなりそう。理久の手から瓶を取り返した。あ、理久の瓶お返ししますよっと。
深呼吸する。
何となく火照る身体を冷ます。なんかすごくトイレ行きたいような気がする。さっき行ったのに。
「クリス、俺は瓶を触られて全身くすぐったいのに、理久はくすぐったくないみたい。なんで?」
クリスは俺と理久の瓶を見比べたあと「優也の魂の質と、願いが原因だと思う」教えてくれる。
瓶は持ち主の魂と願いを使って作られているから、人によって違うということか。
咳払いをしながら、とりあえず話を戻す。
「時間を戻して、やり直して、それでも上手くいかなくて、全部理久を苦しませちゃった。だから今回、はじめてこのことを話したの。理久からここを離れて貰えたら」
「それはお前だけ危険なことをさせることにならないか?」
理久が俺の言葉をさえぎった。
「大丈夫。俺は『聖剣士』って呼ばれるくらいの『契約者』だし、これくらい何とかなるよ」
理久から額を小突かれた。
「どんなに凄くても、俺はお前のパートナーだろ。それにここは本の世界じゃない。剣の能力じゃ怪我は治せないし、お前の本当の身体は小さくて弱くて……痣だらけじゃないか。杏子の時みたいに腹を抉られたら本当に死ぬんだよ。お願いだから、死ぬようなことをわざとやらないでくれ」
「死ぬつもりは…ない、けど」
俺の体、いつ見られてたんだろう。着替えの時は気をつけてたんだけどな。
「お前は、そこまでしてどんな願いを叶えたいんだ?」
「分からない」
「分からない?」
どう説明しようか悩む。正直に伝えるしかないかな。
「クリスと契約した頃の記憶、殆ど無いんだ。記憶自体が曇りガラスの向こうにあるような、ぼんやりとしたもので、思い出そうとしても思い出せないんだ」
「お前は願い事が分からないのに、願い事を叶えようとしてるのか…?」
「そういうことになるね。でも今までそれが『契約者』の仕事で、当然だと思ってたから、あまり考えたことは無かったかな」
それに、永く『契約者』をしている者の中には本来の願いを捨てて、小さな願いを叶えることで妥協する人間もいることを伝える。
瓶に込めた願いよりも少ない量の砂を要求される願いなら叶う。それは本来の願いを叶えないということを代償にしても魅力的に感じる者は居るのだ。
「……お前以外に『現実世界で迷魂狩りが出来る契約者』は、どれくらいいる?」
理久の顔が怖い。どうして?
「俺は会ったこと無いんだけど『守護者』って二つ名を持つ『契約者』は、『現実世界での迷魂狩り』が出来る、むしろ『現実世界での迷魂狩り』に特化した能力って話は聞いたことある。他は二つ名持ちで有名なのは……」
理久が目を見開いた。もしかして『守護者』を知ってるの?
「理久?」
「それなら『迷魂狩り』、お前は何もするな」
「どうして。相手はもう『言霊』を沢山食らった『迷魂』なんだよ?」
「お前は使命を受けた何かの物語の主人公じゃない。絶対に叶えたい願いもないのに義務感だけで『迷魂狩り』をやってる馬鹿、大馬鹿だよ」
「そ、それが『契約者』の仕事でしょ…?」
「俺は優也が危険な目にあうのは嫌だ」
「でも、放っておいたら理久がまた危ないかもしれないじゃん」
「それでも、だよ」
「理久の分からずや!」
砂山にスコップを叩きつけた。




