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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
1冊目:執着の魔物
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1冊目:執着の魔物 001頁

 読書のお供に用意したホットココアが無くなった。

 時計は深夜を表していた。

 今日はもう寝よう。

 伸びをして、本とコップを片付けた。

 

 昔から寝る前に読んだ本の話を夢で見た。

 本は異世界に続く扉だと思った。

 布団に入り、眠る準備をしながら扉を開いた。

 あと、もう少し読んでから寝よう。


 目を開けると草原としか言いようのない世界が広がる。

 ふかふかの大地の上で横になる。

 時折吹く風が気持ちよく陽の光が暖か──いや、ちょっと暑い。

 起き上がって木陰を探す。無い。

 ぐるりと視界の全てが大草原。マジで大草原。笑えないけど。

 仕方ない。こういう時はこれしかない。

 きらきらと、宝石のように輝く砂の入った小瓶を召喚する。栓を抜いた。

 「《木陰を作れる大きめの木を目の前に1本生やして》」

 小瓶がほんのり光ったあと、目の前に調度良い木陰になる木が1本生えていた。

 木陰に入る。やはり涼しい。

 ごろりと横になって。さあ、今度こそおやすみなさい。

 「あなたって時々、変なことに砂を使うわね」

 全てを眺めていた俺の『テラー』ことクリスは呆れて木陰に腰を下ろしていた。

 「いいじゃん。この世界は別に『迷魂』がいる訳でもないし、寝るのにちょうど良さそうだと思ったから選んだ本だし」

 眠ると本の世界に入り込んで目が覚める。

 つまりそれは体感的には寝ることが出来ていない。

 だから、この世界ではゆっくりと眠りたい。

 クリスから聞いた話では、死神の一種『テラー』の仕事を手伝う契約をした者を『契約者』と呼ぶのだとか。

 『契約者』は、自らの願いと意思で作り上げる小瓶を使って本の中に入ることが出来る。

 しかし、俺の場合は寝たら本の中に入るのは体質というべきなのか、何かしらの技能では無い。

 恐らくこの世界のどこかでは主人公が大変な思いをしながら冒険して、仲間を見つけて、素晴らしい話を繰り広げているだろう。

 俺は、だだっ広い草原に生える1本の木の下でぐっすりと眠らせてもらう。

 起きたら何をしようかな。


挿絵(By みてみん)


 目を開ける。

 薄暗い部屋の中、身体を起こす。

 夢の中では自分のお気に入りの服というか自分らしい服装に変わるので、靴を履いている履いていないとかそういったことを気にしなくていいのは助かる。

 しかし、毎回寝間着から普段着に着替えるのが若干めんどくさいなと思う。

 今日はもう、このままでいいかな。顔洗ってこよ。

 普通なら、10歳にもなってずっと寝間着だなんてと小言をいわれてしまうのかもしれないけれど。


 ほとんど陽の光が差し込まない廊下は、かなり暗いが構造上物音は響いて聞こえやすい。

 「おはよー!理久りく!」

 「料理してる時は急に抱きつくなって言ったろ!」

 「えへへ、ごめんなさーい」

 ああ。今日も理久はいい匂い。

 理久は、隣町の学校に通う高校生。色々あって知り合った、俺と同じ『契約者』だ。

 「優也ゆうや。俺は香水じゃねぇから、嗅いでもいい匂いはしねぇぞ」

 「そんなことないよ、すごくいい匂いがする」

 「きっと卵焼きの匂いだと思うぞ、ほら」

 目の前に焼きたての卵焼きが現れる。理久の料理はとても美味しい。理久も好きだし、理久の料理も好き。

 「こっちも理久みたいで、いい匂い!」

 「俺って食いもんの匂いすんの?」

 「違うよ?」

 お皿を受け取り、テーブルの上に乗せた。

 テーブルの上には中身が炊けて保温中の炊飯器と「肉じゃがだ!」タッパーに入った煮物があった。

 「昨日作って余ったから持ってきた。食うだろ?」

 「食べるよ!食べる食べる!!!」

 「それなら、ちゃんと着替えてこい」

 キッチン兼食卓代わりの部屋から追い出されてしまった。

 いつも理久はここで調理してくれるが、自宅で煮物を作る時は少し多めに、わざと作って持ってきてくれる。

 1日寝かせた煮物って、すごく美味しいんだよね。

 急いで部屋へ戻り、寝巻を洗濯籠へ入れながら洗濯物が貯まってきたなぁ、なんて思った。

 今日は天気がいいけれど、理久が遊びに来てくれているから明日洗おう。そうしよう。

 理久の元へ戻ると、ふたり分の朝食が出来上がっていた。

 サラダと味噌汁が追加されていた。サラダには、俺が好きなミニトマトがたくさん乗っていて嬉しい。

 今日は何をして遊ぶのか聞いたら、それよりもまず洗濯だと言われた。洗濯物の山、見られてたのか。

 「どうせお前は、俺が来たから明日にしようとか思ってたろ?」

 「おっしゃる通りです……」

 その後は買い物。それからお待ちかね、ふたりで読書をしようと言われる。

 俺と同い歳の男の子ってゲームとか、外で遊びたがるとは思う。

 けれど、俺はゲームはやらないし本を読んでる方が好きだから、同じ部屋で好きな本をそれぞれ読んでいるだけの時間であっても楽しいのだ。

 理久も落ち着いて読める空間だと気に入ってくれていたから、父さんに読書室の調度品を少し良いものに変えてもらえないか頼んだ。

 『少しいいもの』と思ったら、かなり高級品になった。もうさ、そうなると読まなきゃもったいないよね。

 「早く食べて、本読まなきゃ……」

 温め直された肉じゃががほろほろと口の中で解けて、美味しくて、急いで食べるのはちょっとやめた。勿体ないもの。



 意外と多かった洗濯物を片付けて、理久と近くのスーパーへやってきた。

 近くといっても、バスに乗って行くような距離ではある。

 帰りはハセガワが迎えに来てくれるらしいから、買い込んでしまっても平気。

 生鮮食品の調達は基本的に理久におまかせ。俺は冷凍食品のコーナーに立ち寄る。

 理久が来ない時はだいたい冷凍食品か、下の階に降りて食べるかといった状態。

 あまり健康的ではないと思うけれど、俺が作れるのは精々ゆで卵か野菜炒めくらいだし、仕方ない。

 だからこそ理久は成長に悪影響だとかで頻繁に遊びに来ては料理を作ってくれる。

 どれを買おうか考えていると物凄く嫌な刺さるような視線というか、悪寒がした。

 またか、とは思う。昔から街中で周囲に誰もいなくて独りの時に、決まって刺さるような悪寒がするのだ。

 全身を冷たい何かで好き勝手触れられているような、そんな気持ち悪さ。

 急いで理久の傍に戻る。誰かが居れば悪寒は消える。

 「いま冷食入れたら溶けるぞ?」

 「ん、大丈夫。今日は買わない」

 理久の服の裾を掴んだ。物凄く怖い。

 「……どうした?また嫌な感じがした?」

 「うん」

 理久が俺の頭を撫でてくれた。

 暫くして「今、俺らへ悪意の意識は向いてない。大丈夫だ」理久が『契約者』としての能力を使って安心させてくれた。

 『契約者』によって異なるが『契約者』は現実世界でも少しだけ使える能力を持つ。

 理久の場合『他人の意識を可視化する』というもので、俺の場合は『所有者に身体強化と自己治癒能力を与える聖剣』である。

 本の中の世界で超人的な身体能力を使える剣だが、現実世界では俺が歳相応か少し元気に動き回れる程度の強化になる。

 理久の場合は『自分もしくは触れている者への意識を感じ取る』というものに落ち着く。

 「羽瀬川はせがわさんに連絡して、すぐ帰ろうか」

 「うん」

 迎えがくるまで、理久は手を繋いでくれていた。

 

 

 ハセガワはスーパーで買った蜜柑ゼリーを食べながら、俺が感じる視線の話を理久から聞いていた。

 別にハセガワに相談しなくてもいいのに。

 「最近、小さい子をつけ回す不審者が居るとは聞いていましたが………優也君、ひとりでの外出はやめてくださいね」

 返事はしない。ナタデココの入ったミルクゼリーを口いっぱいに入れ、話す気がない意思表示をする。

 ハセガワはいつもこうだ。昔から変わらない。俺はもう、小さくは無いと思うんだけど。

 「理久君が遊びに来てくれるようになってから優也君がひとりで外出することは無くなってますから、院長も喜んでいました」

 「父さんは俺の心配なんてしないよ」

 ゼリーの残りを口に含んだ。スプーン洗ってこよ。

 談話室から出て、キッチンとして使っている部屋へ向かう。

 俺が生活するのは、とある病院最上階、ワンフロワ全部となる。

 キッチンではないから、キッチンとして使っている部屋。そろそろキッチンとして使えるようにすべきなのかも。


 俺は小さい頃、自分の身体を研究材料として差し出す取引をし、ここに独りで住むことを要求した。

 父さんは俺の希望を叶えてくれて、更には毎月たくさんの本を用意してくれる。ここは、待遇のよい座敷牢。

 本を置く場所はいっぱいあるし、すごく幸せな空間だから、家に帰ることはほとんどない。

 というか、家に帰ると嫌なことばかり思い出すから帰りたくない。

 家には『使えない俺』の代わりに用意された俺がいる。『峰岸みねぎし家の長男』はひとりでいい。俺は要らないのだ。


 スプーンを洗い、食器乾燥機の中に放り込んだ。

 お母さんは仏壇の写真での存在だったし、父さんは仕事ばかりで家に居なかった。

 それが当たり前だった。

 家政婦がずっと家を仕切っていて、俺を傀儡として扱うために教育していただけだったから、家庭というものはよく分からない。

 ハセガワは家政婦が行っていた教育を知った父さんがつけた監視役ではあるが、いい人だ。でもそれだけ。

 理久と出会うまで寂しいなんて感じたことは無かった。

 それが今は理久が来てくれる日が待ち遠しくて仕方なくて、ひとりでいるのが嫌で嫌で仕方ない。

 どうしてしまったのだろう?

 初めて会った時は、何も感じなかったのに。

 今ではもう、理久が居ない日常が考えられない。

 理久が心配するから独りでここから出たいと思わないし、理久が居てくれるなら望むものは本くらい。

 俺は小瓶に込めた願いを覚えていないから、何か叶えたい願いも無い。

 先天性と後天性の病気、両方を治して欲しいとか、そういう願いかもしれない。それならそれで叶える気は無い。

 だって、"峰岸家の長男ではなくなった"俺は、この身体が貴重なサンプルとして医学的な価値があるからこそ、この場所──この城を手に入れたのだ。

 独りで出掛ければかなり高確率で狙われてしまうのは、そういった価値もあるから。

 何年か前に行った治験はとてもつらかったな。本も読めなかったから抗議の手紙を父さんに叩きつけた記憶がある。

 「理久が俺の身体を欲しいって言ってくれれば、なんでもいうこときくのに」

 投薬治験が主になるのかな?苦しいものは嫌だけど、理久のためなら耐えられる。

 「いや、別に要らねえけど」

 声に出ていたらしい。スプーンを洗いに来た本人に聞かれてしまった。

 「そうだよね。理久は医療従事者じゃないから、俺の身体は必要ないよね」

 「あ、そっちか……そっちでも要らねえかな」

 何だと思われたんだろう。よくわからないけれど、なんか余計に落ち込む。俺の価値ってなんだろう。

 少なくとも『契約者』としては理久より先輩だし、慣れているし、砂の量も見た目は少ないけれど貯まった砂が割合で見えるだけだから、実際の量はたくさんある。

 量を気にせず理久の代わりに使ってあげられると思う。

 多分、性格上受け取ってもらえないと思うけど、砂そのものを渡すことだけはしたくない。絶対にしたくない。

 理久の願いが何なのかは知らないけれど、この幸せな時間をできる限り終わらせたくない。

 「羽瀬川さん、午後から用事があるらしくて帰ったけど……どうする?本、読むか?」

 何となく、そんな気分ではなくなってしまった。

 「ううん。少し疲れたから、寝ようかな」

 まだ少し、あの悪寒がまとわりついているような気がするし。

 「そう。じゃ、俺は少し読ませてもらってから帰るわ」

 「そっか。それじゃ、おやすみ」

 「おう」

 

 寝室に戻る。そして『それ』を見た。

 枕元に置いていた昨日寝る前に読んでいた本に、モヤのようなものがかかっている。

 このモヤは『迷魂』が入った世界への扉、つまり本の特徴だ。

 「クリス、なんで教えてくれなかったの?」

 クリスは首を振った。感知できない『迷魂』も居るらしく、今回はそれらしい。

 本を片手に理久の元へ戻る。

 何事かと驚きながらも俺の手にある本をみて「おい『テラー』、お前は気付いてたか?」理久は『理久のテラー』に話しかけていた。

 通常『テラー』は固有名詞がないらしいので、クリスが特別なのだとか。

 『理久のテラー』は首を振った。

 やはり感知できない部類のようだ。かなりつよい『迷魂』は、時折自分の気配を消せるらしい。

 はらはらとページをめくって簡単に読み直すと、本を理久に手渡した。

 「理久は、この本読んだことある?」

 「あるけど……あんまり覚えてないな」

 「わかった。簡単にあらすじを話すね。『器』を探して?」

 簡単なあらすじと、登場人物を伝える。

 理久は名前が無いような脇役のキャラの中でも特に、騎士とか剣士とか、そういったものを好んで使う。

 場面ごとにどんな名前のない登場人物がいたかを伝える。物語に入るための『器』が決まった。

 「じゃあ、俺は寝てくる。少し向こうで待ってて」

 「おっけー。うっかりそのまま寝るなよ?」

 「わかってるって」

 読書室に理久を残し、寝室へ向かう。

 病院らしいベッドの横に置かれた無骨な酸素マスクを手に取ると、すぐ顔に当てた。

 先天性の病気。『オンディーヌの呪い』とも呼ばれる、この珍しい病気のせいで俺は寝る時に酸素マスクが外せない。

 寝ている間、呼吸が出来ないのだ。

 カーテンを閉めると明かりをつけていなかった部屋はかなり薄暗くなる。

 布団を被って、目を閉じた。

 元々少し眠かったおかげで、すぐに意識を手放せた。




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