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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
2冊目:守護者 (ガーディアン)
17/105

2冊目:守護者 006頁

 何故腹の傷がなかったことになっているのか、そんなこと今はどうでもいい。

 まだ痛みは残っているが、身体は動きそうだ。

 優也に近寄る。辛うじて息はしているが、意識は無い。

 優也の奴、わざと腹に攻撃させて隙を作ったように見えた。

 なんでそんな無茶をと思いつつもそれは俺のせいだとも思う。

 俺が怪我をしなければ、油断しなければ、優也はあんな行動をとることはなかったはずなのだ。

 だって、本人が言っていたのだ。

 俺に怪我をさせたから自分の信念をねじ曲げると。

 優也の身体を抱き寄せた。

 身体に空いた穴から、だらだらと赤い液体が優也の身体から流れて、少しずつ呼吸が浅くなっていく。

 自己治癒能力はどうなっているのかクリスに訊ねる。すると、今聖剣の自己治癒能力は全て俺に充てられていることを説明される。

 どうやら、優也の聖剣は自分が使うぶんの能力を他人に一時的に貸し与えることが出来るらしい。

 聖剣の所有者は優也であり、能力を使えるようにしているのも優也だ。どうすればいいのか訊ねると、ペア相手なら簡易的ではあるものの操作する事が出来ると教えてもらう。

 言われた通り優也の胸元にあるペンダントを握り、目を瞑った。

 集中すると、何となく自分の体の中に暖かな塊があるような気がする。

 この暖かな塊を、ペンダントを通して優也に返すイメージを作る。

 俺にこびりついている分は、恐らくペアだから使える範囲の別枠の能力なのだと思う。

 移動出来たと思う。ゆっくり目を開けると、優也の傷が少しづつ癒えているのが目に見えて確認できた。

 「よ、良かった………」

 安堵のため息が漏れた。とりあえずこれで『迷魂』も回収できたし、優也も死なせないで済む。

 壁にもたれながら、優也が起きるのを待とう、そう思ったのだが。

 「うわぁ『聖剣士』様、結構派手にやったんだねぇ」

 死ぬはずの矢敷錦が部屋に入ってきた。

 「良くもまぁ、杏子の中に『人型の迷魂』が入ってるなんて『聖剣士』様は見破ったと思うけど……へぇ『人斬らず』が、斬ったのか」

 優也の怪我は回復していないし、意識も戻っていない。 

 恐らくここで襲われれば間違いなく死ぬ。

 相手の意識を視る。敵意は感じない。

 「お前…『契約者』か?」

 「あ、理久君。姿が変わらないのに女の子の器を借りるとはすごいねぇ……安心して欲しいな。俺はあんたらを襲わない。むしろ感謝してるかも」

 そっと錦は優也に上着を被せた。

 「杏子に入ってた『迷魂』は俺のパートナーに取り憑いて殺しやがった奴なんだ。どれだけ追いかけても俺はあの『迷魂』に勝てなかった。何度も殺されたんだ。……ありがとう」

 錦は頭を下げると白紙の本を取り出し、ページを破りとった。

 「あんたらも、そろそろこの世界から出た方がいい。話が変わりすぎているから、扉が壊れてしまうかもしれないよ」

 「ああ、こいつが起きたらそうさせてもらう」

 「それじゃ。俺は、あんたらの事は友好的な相手だと思っているけど……ひとつだけ理久君に伝えないといけないことがある。『峰岸優也』の願い事は、かなり危険なものだと推測できる。注意しなさい」

 矢敷錦が破りとったページを飲み込むと、姿が消えた。


 暫くすると優也が目を覚ました。血が足りないようで少し顔色が悪い。

 最後に言われた事以外、優也の本名を知っていたこと含めて伝えたが 『矢敷錦の器を借りていた契約者』の検討はつかないらしい。

 あれ、そういえばあの人は俺の名前も知っていたような。

 友好的な相手なら優也は別に気にしないらしく、白紙の本を取り出していた。

 確認すると矢敷錦は死亡しており、杏子はまた、正しい杏子として物語が進んでいた。

 どうやら崩壊は免れて、少しずつ進んでいるようだ。

 暫くは時間があるだろう。

 「なあ優也、現実世界でのこと。話があんだけど」

 優也は本を開いたまま微笑んだ。

 「うん、そうだよね。何から話そうか」

 「お前のお兄さんに会った。上手くいってねぇの?」

 優也が目を丸くして首を傾げた。

 「……あれ、そこなの?」

 「え、それ以外にあんの?」

 「いや、俺の病気のこととか、問い詰められると思ったといいますか……」

 そうか、確かに珍しい病気なら聞きたいことがあるのが普通か?でもなんていうか、そういうのってデリバリー?なんていうだっけ?とにかく難しい問題だと思うし。

 「いや………お前『寝る期間』だっけ?それでも本読んでたし、なんか変わんないから別に…」

 「そっか、変わんない、か。そっかぁ」

 優也が笑い始める。

 「でもなあ、びっくりしたんだぞ?急に寝て、その後は起きてるけど寝てるとか意味不明だし」

 「うん、ごめんね。『起きたら』ちゃんと話をするね」

 「いや、別にお前の病気に対しては、どうすればいいかさえ分かれば、後どうでもいいんだけどさ」

 「お、おぅ……」

 そこまで興味持たれないのは初めてだとか膨れている気がするが、俺が一番気になるのは優也の兄さんと優也の関係なのだ。

 折角の兄弟なら仲良くして欲しい。俺のように何も出来なくなってからでは遅いから。

 「たしかに、兄貴とは……上手くいってない、そう表現するのが正しいと思う」

 「嫌いなの?あの兄さんのこと」

 もし優也がお兄さんのことを嫌っているならこの話は終わりになる。俺は可能な限り優也の味方をしたいから、無理に関係を取り持とうとは思わない。

 けれど優也は目を伏せながら「嫌っては…いないよ。凄く、凄く大切にしてくれてることは理解してる」小声で恥ずかしそうに言った。

 「何も用事がなくても会いたいとかは思うか?」

 「分からない……けど、読書の邪魔をしないなら、別に居てくれて構わない……」

 優也はペンダントを両手で弄りながら、ぽそぽそと本音を答えてくれる。

 「はぁ………」

 思わずため息が出た。これ、お互いがちゃんと本音言い合えば解決するじゃん。

 優也が不安そうな声を上げる。

 「な、何かおかしなこと言った?」

 「いやぁ、不器用な兄弟だなあって思って」

 「もしかして兄貴、俺の事嫌ってるんじゃ……ないの?」

 「自分で確かめたらいいんじゃね?俺にするみたいに、抱きついてやるとかさ」

 白紙の本が、場面転移とは違う光り方をした。

 どうやら物語は終わりらしい。

 少しだけめくってみると、主人公の咲良秀峰含め全員殺されるという話らしかった。盛大なネタバレを食らった。というか『黒田棗』から、守ってほしいとか言われた気がするけど、これはこれでいいのだろうか。

 白紙の本を見る限り続編がありそうな気配はしたが、出来たらホラーは読みたくないなぁ。

 少し気になったことを聞いてみる。

 「優也は『寝ている期間で』寝ていても、本の中では起きてるのか?」

 優也は首を振った。

 「どちらでもない。今回みたいに起こされれば起きるけど…」

 どうやら、自発的には起きられないらしい。

 「よく今まで『キラー』とか『危険な契約者』に出会わなかったな」

 「一応ほら『迷魂』が居ない本に入る『契約者』は滅多にいないし、うっかり『迷魂』が居る本を読んじゃうこともかなり少ないし……それに、俺寝てるだけだから多分、その………気付かれてないんじゃないかな」

 確かに、一理あるのかもしれない?


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 本の世界から追い出された。

 時計を見ると1時間ほど経過している。

 本の中の世界での体感時間と、こちらの時間の進み方は全く異なり、あちらの世界で体感時間が何日と過ごしても現実世界では殆ど時間が経っていないことはよくあるらしい。

 書架に寄ったあと、優也の寝室へ向かった。

 優也は機械に呼吸を任せたまま眠っているようだ。

 暑かったのか、布団は蹴り飛ばしてしまっている。

 枕元に植物図鑑を置いた時、優也の目が開いた。

 凄くびっくりした。

 優也はじっと俺を見ると、図鑑に視線を移す。

 「……読むか?」

 そっと手に握らせる。はらはらとページをめくったあと目を瞑った。

 どうやら寝てしまったらしい。

 幸せそうな寝顔。はだけていた寝巻きを元に戻そうして、それに気づいた。

 優也の真っ白で綺麗な腹に、本の中で負った傷とほぼ同じ大きさの酷い痣ができていた。痛々しいまでに赤黒い。

 よく見ると、少し離れた位置には青みがかった痣がある。

 まさか。

 悪いと思いながらもズボンを下ろし確認する。たしか、左脚の太腿だった気がするが。

 先日の『鳥型の迷魂』と戦った時に傷を負った場所にも、青い痣ができていた。

 慌てて俺の腹を確認するが、何もない。

 優也は本の世界で負った傷が現実世界で痣として現れているのだろうか。

 腹の赤黒い痣を触ると痛むのか、少し苦しそうな声をだして眉間に皺をよせていた。

 服をきちんと着せて、布団を被らせる。

 すぐ蹴り飛ばされてしまったので、腹に軽くかけるだけにした。

 もしかして、殺されたりすれば痣はもっと酷くなるのだろうか。

 なら、痣が何度も同じ場所に出来たら?

 とりあえず『迷魂』が迷い込んだ本をうっかり読んでしまった場合は俺が起こしに行こう、そう思った。

 

 




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