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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
10冊目:万物の記録(アカシックレコード)
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10冊目:万物の記録(アカシックレコード)012頁

 不思議な夢だと思った。

 会ったこともないお母さんが居て、物凄く料理が下手で、でも優しくて暖かくて、いい匂いがして。


 幸せな夢だった。

 けれど、何処か寂しかった。

 みんな、俺が知っている人たち。

 みんな、俺を知っている人たち。

 それなのに、知らない人みたい。


 千隼に抱きつかれた時、咄嗟に体が動いて体術をかけたのには驚いた。

 体もすごく軽くて、動きやすい。

 俺の体なのに、俺の体じゃないみたい。

 俺なのに、俺じゃない。

 そして、理久に出会って思わず抱きついたら、酷く驚かれた。

 理久も、理久じゃない。

 匂いも、全部全部同じなのに、違う。


 ここに俺の居場所はない気がした。


 落ち込んでいるからと、お母さんがホットケーキを焼いてくれた。

 数日過ごす中で理解した、万物を黒焦げの炭に変える能力者でもホットケーキだけは綺麗に焼けるらしい。何故だろう。

 優しく、頭を撫でてくれた。お母さんって、こういう人なのかな。

 メープルシロップがたっぷりとかけられたホットケーキを口に運ぶ。熱々で、甘くて美味しい。これ、好きかも。

 お母さんがくすりと笑った。

 「好きな物は変わらないのね。……ねえ、優也。あなたは優也だけど、優也じゃないよね?」

 「へ?」

 一瞬、何を言われたか分からなかった。

 「私はお母さんなのよ。息子のことくらい、分かります」

 そういうものなのだろうか。そういうものなのだろう。

 「えっと……多分、そう。俺の記憶では、お母さんは俺が生まれた時に亡くなった。だから多分……あなたが知っている峰岸優也ではないと思う」

 「そっか」

 にっこりと笑うと、お母さんは優しく、とても優しく抱きしめてくれた。

 「お母さんって呼んでいいのよ。ちゃんと、帰り方はわかる?優也は少し方向音痴だから心配なんだけど」

 「……たぶん『起きたら』帰れると思う」

 「どういうこと?」

 少しだけ迷ったあと、虐待が原因ではないかという部分は伏せて、お母さんに病気の話をした。

 小瓶のことは話さなかったけれど『寝てしまう』前に、夢を見たいと願った話もした。

 お母さんは疑うでもなく、笑うでもなく聞いたあと、また頭を撫でてくれる。

 「嘘をついてるとか……思わないの?」

 「思わない。たとえ少し違っても、優也がどんな子かくらい、お母さんはわかります」

 涙が溢れて、止まらなかった。


 二週間ほど経ったある日、強烈な眠気に襲われた。きっと『起きてしまう』のだろう。

 『起きたら』13歳になっているかもしれないな、なんて思う。

 夢の世界ではあるけれど、お母さんに『ありがとう』と『さようなら』を伝えた。

 お母さんは、またおいでとは言わなかった。

 だから、また来ますとも言わなかった。

 俺はこの世界にいるべきでは無いから。

 言葉代わりに優しく、優しく抱きしめてくれた。

 幼い頃からずっと、ずっと、仏壇の写真としての存在でしかなかった人間。

 俺には、とてもじゃないけれど受け止めきれない優しさと、暖かさ。

 幸せな夢の世界だったと思う。



 目を開ける。見慣れた7階の部屋だった。

 手を握ったまま、千隼がベッドにもたれかかって寝ていた。風邪をひいたら大変、布団をかけてあげよう。

 ……あれ?今回は誕生日が来る前に目が覚めたみたいだ。そんな事もあるのかと驚いていると本を持った理久が部屋に入ってくる。

 おはようと声をかける。おはようと返された。

 「ねえ理久聞いて。凄く素敵な夢を見たの」

 「へえ、どんな夢?」

 「あのね、あのね、えっと──」

 ふと、不安になった。話したら忘れちゃわないかな?

 それから、お母さんの夢なんて子どもっぽくないかな。だって俺、もうすぐ13歳なんだよ?

 ちょっとだけ迷って、にっこりと笑った。

 「やっぱり教えない!」

 「な、なんだよもう……」

 理久が拗ねた。ごめんね、口に出したら思い出が逃げちゃいそうだから、教えてあげないの。

 「なーいしょっ!」

 「こいつめー!!」

 頭をぐりぐりと撫でられた。えへへ。やっぱりこっちの理久がいいや。


 お母さんと過ごした夢の世界は幸せだった。

 ふたつの世界は比べようがない。

 比べようがないけれど。


 俺は多分、この世界が大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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