10冊目:万物の記録(アカシックレコード)007頁
数日間学校を休んだ後、登校する。
何事もなく穏やかに1日が過ぎてゆき、放課後になった。
図書室でハセガワの迎えを待っていた時、ふと窓の外を見たら部活に勤しむ流成の姿が見えることに気が付いた。
そういえば、中学生になってから流成とあまり話せていない。いつも色んな生徒が流成の周りに居て、声をかけにくくなってしまった。
休みの日には家に遊びに来てくれるけれど、その頻度も減ってるような気がする。
同じ部活動の生徒と楽しそうに笑う姿を見て、もやもやとした気持ちになった。
気がついたら窓に近寄っていた。自分の姿が反射してうっすらと見える。酷い顔をしていた。
もし、俺が普通の男の子なら、あの場で一緒に部活動に参加出来ただろうか?
寝ている時に息が出来ないだけなんて口では言っているけれど、実際は他にも悪い所はある。
だから、起きていてもあまり継続して激しい運動は出来ない。
俺は、普通の男の子として過ごせない。
「……いいなぁ」
羨んでも仕方ない。それは分かってる。
どうにもならないと、理解はしてる。
それでも、周りの皆が羨ましい。妬ましい。
じわじわと視界が滲んでくる。
どうして、俺の時間はみんなより少ないんだろう。
どうして、俺の体は皆が当たり前に出来ることが出来ないのだろう。
どうして、俺ばっかりなんだろう。
ずきりとした酷い頭痛に襲われた。
──こんな世界、大嫌い。
本を読むのが好きな理由は、別の世界に連れて行ってくれるから。
本の中の世界は、俺に意地悪しないから。
俺に意地悪ばかりする、この世界が大嫌い。
それなのに、大嫌いな世界に大好きな人達がいる。
それならいっそのこと、この世界が本の世界になっちゃえばいいのに……なんてね。
ハンカチで目を押さえながら、少しだけ瞑る。
大丈夫。俺は、慣れてるから。
独りでいるのも慣れているし、みんなと同じ時間を過ごせないのも慣れているし、体が扱いづらいことも慣れている。全部、慣れているから平気。
携帯電話に連絡があった。迎えに来てくれたらしい。
鞄を持って、図書室を後にする。下駄箱では何やら話をしている生徒が居た。
たしか流成のクラスメイトだ。何話してるのかな?
声をかけようとして、喉まで出かけたものを引っ込めた。
「でもさぁ、峰岸って変わってるよな」
思わず下駄箱の陰に隠れる。
「それな。なーんも話が通じねぇから面白くないんだよな」
「いえてる。本ばっかだろあいつ。見ろよこの写真。コレでなんも反応ねぇのマジであいつ男なん?」
「まじかよ……」
「そういや今日、昼休みに名守のとこいってたけどさ、迷惑がられてんの気付いてねえよな」
「名守、良い奴だから変なのに懐かれたんだろうな」
「親が峰岸のとこで働いてるんだってさ」
「うわぁ……」
耳を塞いだ。何も聞こえない。
その場に蹲る。何も聞こえない。
いわれなくても分かってる。分かってるよ。
俺は、普通の男の子として過ごせない。
病気だからとか、そういうことではない。
他人との過ごし方が分からない。
いつも、どう話せばいいのか分からなくて言葉を迷ってしまう。
いつも、言葉が少し遅れてしまう。
流成とはそうならずに過ごせた。だからすごく安心して過ごすことが出来た。でも、それは俺だけだったのかな。
眠くないのに息が吸えない。吸い方が分からない。
暫くじっとしていると、男子生徒の声が聞こえなくなった。
沢山、沢山俺の話をしていた。
目を開ける。ぐにゃぐにゃに歪んだ世界が広がった。
陰から顔を出すと彼らの姿も見当たらない。
……家に帰ろう。
ハセガワに目が腫れていることを指摘された。なんでもないと答えた。
翌日は、流成の所に遊びには行かなかった。
翌日も、翌々日も。
廊下で見かけても、声をかける勇気がなかった。
迷惑を、かけたくなかった。
嫌われたくなかった。
俺は多分、独りで居るべきなのだろう。
終業式の日、流成からメッセージが届いた。
どうやら夏休み中は部活の合宿や練習で忙しいのであまり遊べないらしい。頑張ってと返信をする。
既読の印がすぐにつく。返事はない。
今日は図書室が開いていないから教室でハセガワの迎えを待っていたら、終業式の日なのだからと追い出されてしまった。
大分暑くなってきたと思いながら、正門へ向かう。手頃な日陰に入り、腰を下ろす。
文庫本を取り出し、読み始めた。