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本の中の聖剣士  作者: 旦夜
プロローグ
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プロローグ:人型の迷魂 (すこしむかしのおはなし)

 扉となる本を読んだあと、横になった。

 暫くすると眠気に襲われて、夢として扉をくぐる。


 舞台は比較的人気の高い舞踏会の様な世界らしい。

 服装は物語の登場人物達から見ると都合の良いものに変換されるようで着替える必要は無いが、自分から見るとドレスばかりの人達の中で普段着。かなり違和感は、まあ、ある。

 『迷魂(めいこん)』は、色んな形になって物語を少しずつ食ってゆく。

 実際に文字が消えたりだとか、そういったものではなく、言葉の持つ力を食らってゆくらしい。

 『迷魂』を探していると舞踏会の端にファンタジー世界でよく見るカラフルな髪や瞳とは掛け離れた、日本人らしい外見をして立派な服をきた俺と同じくらいの男の子がぽつんと立っていた。

 その異様さに声をかけてしまう。

 「きみ、どこのだれ?」

 男の子は俺を見て、酷く脅えた様子だった。

 「ここ、てんごく?……僕、しんだの?」

 うーん。何か変だ。

 『契約者』かと思ったけれど違うみたい。

 クリスに確認すると、恐らく今回の『迷魂』がこの子らしい。

 俺は『迷魂』を聖剣で切って壊して回収しているが、流石に人の形をしているものを切り伏せる勇気は無い。

 やられたことはあるけれど、気分がいいものでは無いし。

 心残りを消せばいいとも言われたので、そちらにする。

 「ねえ、俺と少し遊ばない?一緒にご飯たべよ?美味しいよ」

 手を差し出す。男の子は手を握ってくれた。


 テーブルに並んでいるお菓子を、ふたりで口にしてゆく。

 美味しいとあれこれ食べる男の子を見ながら弟がいたらこんな感じなのかな、なんて思う。

 沢山食べて満腹になったのか、男の子が船を漕ぎ始めた。

 人気のない場所へ連れ出し、膝枕をしてあげようとしたが、拒否された。

 「僕はチハヤ!名前も言える!5歳!お前より歳上だ!お兄さんなんだぞー!!」

 優しく頭を撫でた。

 「俺はユウヤ。6歳です……俺の方が歳上みたいなんだけど」

 まあ、彼の判断は正しいのかもしれないとは思う。

 彼──チハヤが死んだのは、恐らくつい最近のことではなく、言霊を大量に食らって本を移動してきた力の強い『迷魂』の可能性が高い。

 『テラー』の感知にかかりにくく、力をつける『迷魂』は、誰かに残酷な殺され方をした幼い子供の魂であることが多いのだという。

 まあ、本人が5歳って言ってるし、俺は年齢、隠す必要は無いし、別にいいか。

 というか、俺ってもしかして身長ちっさい?確かに彼は俺より大きい気がするけど。

 悶々と色々考え事をしていると、チハヤが不安そうに顔を覗き込んできた。

 「お、お兄ちゃんだったの…?」

 そんな目で俺を見ないで。

 「お兄ちゃんなのです!だから、安心して膝枕されなさい!」

 無理やり寝かせた。チハヤは、暫くしてすやすやと寝始めた。

 チハヤの寝顔を見ていると、なんだか俺も眠くなってきた。

 この世界なら呪いの影響は受けないから好きに寝られるのだけど、今回はチハヤを守るという目的もあるから、寝ていられない。

 俺以外の『契約者』が『迷魂』へどんな事をするかは分からないのだ。

 扉はひとつでは無い。

 「ねえクリス。ひとつ聞きたいんだけど」

 「なにかしら?」

 銀髪でオッドアイの『テラー』に訊ねる。

 「俺の瓶の中身で、この子を生き返らせるって願いは叶えられる?」

 小瓶を召喚する。

 中には数粒の砂が入っている。

 クリスは暫く、俺の瓶を見つめていた。

 そして、残酷な話をする。

 「出来ない。全部使っても少し足りない。それに、生前を知らない人間を生き返らせることは出来ない」

 瓶の大きさは変わらないが、瓶の砂の量は願いの大きさに比例して貯まり方を変える。

 いわばパーセンテージでの表記みたいなものだ。

 瓶に込められた願いよりも少ない量の砂で叶う願いなら叶えることが出来る。

 人ひとり生き返らせる願いが数粒になるような願いって、俺はどんな願いをしたんだろう。

 どう考えても何十年とかかりそう。

 砂を使えば歳を取らなくするということも出来るらしいので、高校生くらいになったら年齢の進みを少しの間止めてもいいかもしれない、なんて思いながらチハヤの寝顔を眺める。

 俺も、普段はこんな感じで寝ているのかな。


 チハヤが目を覚ます。

 「よく寝れた?」

 俺の問いに対しての答えはなかった。

 「ユーヤ、遊ぼ!いっぱい!!!」

 「え?あ、うん」

 学校で同い歳の奴らと話していても思うけれど、なんの脈絡も無ければ唐突な行動が多すぎると思う。

 俺、別に大人しい方ではないんだけれど。達観しているというのはこのことなのだろう。

 「えっと、何をして遊ぶ?」

 ずっとひとりっ子で、突然兄貴が一昨年くらいに出来たけれども殆ど関わりは無いから、どういうものがお兄さんというものなのか分からない。

 俺の身の回りの世話をしてくれるハセガワの真似をすればいいだろうか?

 「お花!いーーっぱいつむ!」

ヤバい。全くそういう遊び、わかんない。

 「じゃ、お花摘みに行こうか」

 「うん!」

 王城の花壇みたいなお花を根っこから引きちぎろうとするチハヤ。……いや、ちょっと待って?ヤバくないですかこれ。

 「ち、チハヤ!!待って。それ誰かが植えてるお花だから、その、そこのお花摘みはやめとこ?ね??」

 「そ、そうなの?」

 どうしよう、やっぱりどうしていいかわかんない。

 

 なんとかチハヤの花壇破壊を阻止すると、どっと疲れが出てきた。

 「ねえ、ユーヤのそれ、すごくきれい!」

 「……へっ?」

 首から下げているペンダントのことを言っているのだろうか?

 「それなーに?」

 「あ、えっと、これ、俺の宝物。ものすごく大事なものなんだ」

 「かっこいー!!」

 「ありがとう」

 チハヤが触りたいというから、首に下げたまま、ペンダントを触らせてあげていた時。

 城の内部がすごく騒がしくなっているようだった。

 そういえばこの作品、最初に王様と第一王子が殺されて、第二王子が圧政を行うみたいな話だったなぁ。

 確か、舞踏会にいた人間のうち子どもたちは第二王子を支持するように城内で教育……あれ、これヤバくない?

 あの本『子どもたちを全て』とか書かれてた気がするぞ。

 俺にシナリオによる強制力は働かないが、こういう漠然とした括りの場合は少々まずい。

 小瓶を召喚し、白紙の本と羽根ペンに形を変える。

 本を開くと、この本の話が浮き上がる。

 《子どもたちを全て捕らえると、第二王子を支持するよう教育が施された。》

 羽根ペンから溢れ出てきた黒いインクで書き足した。

 《辛うじて逃れた子どもたちもいたようだが、行方は知れない。》

 多分これでいいはず。

 このまま、城外へ出られれば──

 本を閉じようとして、じわりと浮き上がった文字見る。

 俺が書いた文章の横に、書きなぐったような字が現れる。

 《城外へ逃げようとした子どもたちは、全て殺された》

 他の『契約者』が、俺と同じように話を書き換えたらしい。

 まずいな、と思った。

 こちらが『子どもたち』に該当する者である事がバレたとみていいだろう。

 書けば書くほど瓶の中の砂を消耗するが、背に腹はかえられない。

 「ねえ、チハヤ。俺のこと、お兄ちゃんって呼んでくれる?」

 「やだ!僕がお兄ちゃん!!ユーヤ、僕よりちっちゃいもん!」

 「じゃあ、それでいいよ。兄弟ごっこしよ?」

 「兄弟ごっこ?どうするの?」

 「俺がお兄ちゃんって呼んだら、チハヤが返事をする。誰かに兄弟かって聞かれたらはい、って答える。兄弟じゃないこと、誰が気づくかで遊ぶんだ」

 「ふたりだけの、ヒミツのカンケーってやつですか!!」

 「え?う、うん」

 よくわかんないけど乗り気になってくれて良かった。

 本の強制力は、登場人物として描写されるものに強い影響を与える。

 俺とチハヤは今『その他大勢の子どもたち』になっているから、城外へ逃げようとすると確実に殺されるだろう。

 だから、こう書き加えてしまおう。

 相手の文字は書きなぐりだったから、文章の最後がハッキリしていなかった。

 句読点、ちゃんと付けて、書きましょう、っと。

 《と伝えられるが、剣を持った兄弟が逃げ切ったという噂も後に出回った。》

 書き上げたあと、しばらくするとまた、本の元々の文章が浮かんできて、話が続いてゆく。

 多分、こちらの勝ち。これ以上書き加えると、シナリオが耐えきれないことは相手も分かっているだろう。

 なんせ、そこまで掘り下げる内容でもない。

 この章で大事なのは第二王子が謀反を起こして圧政が敷かれるようになるということなのだから。

 後に子どもたちの中には、剣聖に匹敵する才能のある子も居て、主人公と敵対するのだから、その中で剣を持って逃げ切った子どもくらい居てもおかしくないだろう。

 ペンダントを人間が扱うサイズの剣へと変える。

 「お兄ちゃん!走るよ!城門まで一直線!」

 「なになに?かけっこ?」

 「そう!」

 チハヤの手を引いて、走り出した。

 


 城下町まで逃げ切った。やっぱり俺の勝ち。

 本を確認すると、追っ手が派遣されるとか、そういう書き換えはされなかったみたいだ。

 というか、追っ手を差し向けたたところで文章の流れからして逃げ切るのが自然だから、無駄な砂の消費を控えただけかもしれない。

 これからを少し考える。

 シナリオ通りに行けば、これから王子の圧政が始まる。

 他国にいる主人公は別の問題を対処している上に、まだこのクーデターすら知らないはず。

 今回は使わないが、路銀のようなものは持ち合わせていないから、バスや電車のような金銭感覚で乗れる相乗り馬車にも乗れない。

 登場人物の『器』を借りている普通の『契約者』であれば小銭などを持っていたりする。

 残念ながら俺は、シナリオの強制力が働かない俺自身として本の世界に入れる代償として、そういった描写すらされないような細々とした出来事に対して少し不便だ。

 捕まることを書き換える前提で子どもの『器』を使った『契約者』だと、書き換え相手は想像すると思うから、もう少しだけ待てばいい。

 クーデターは絶対に起こる。子どもたちの中で逃げ出せる子どもが居てもおかしくは無い。

 抜け道さえ用意すれば、話は勝手に進む。

 普通に考えれば、すぐに国外へ出た方がいい。しかし、そうせず国内に留まっていたのには理由がある。

 多分、もう少しで──ほらきた。

 本を確認していると、元々の文章《王子は玉座に座る。》が現れる。

 数秒後、本の書き換えが発生した。

  《国外へ逃げようとした者を捕え、処刑することにした。誰ひとり王子は見逃さない。》

 先程とは違って書き殴った字ではなく、読める文字。

 多分相手は二人組なのだろう。文字の癖も違う。

 さてさて。事前に予習した読者であれば、書き換えるならここだと思いました。

 何もせず国外へ行こうとすれば、殺されるように仕向けるでしょうね。

 俺も少しだけ書き加える。

 《しかし、運良く逃れる事が出来た者は居た。なかでも、子どもはひとりも捕まることはなかった。》

 追加の書き換えは発生せず、元の文章が現れて、物語が進んでゆく。

 先程と同様、そこまで掘り下げる内容でもないのだ。

 沢山国民がいれば、逃げ切る人は当然居るし、子どもなら見つかりにくさもあるだろうし。

 これ以上加筆すれば物語が耐えきれない。

 どうやら、今回も俺の勝ち。

 このまま国外へ出られる可能性と、国内で留まる可能性、ふたつを提示できた。これで十分。

 「チハヤ、ちょっと冒険に行こうよ」

 「お兄ちゃんでしょ!」

 「はいはい、お兄ちゃん」

 チハヤの手を握った。


 国外へは、簡単に出ることが出来た。

 城門から堂々と出ても、捕まらない。

 だって『捕まらない子ども』なんですもの。

 漠然とした括りになると、俺にも風評被害というか影響はあるのだ。

 国から少し離れた位置にある森へ移動する。

 凶悪な魔物が現れるとか、そういう森だった気がするけれど大丈夫だろう。

 恐らく今は過去編とかなんとか、そんな感じの新章プロローグ。強い敵はそんなに居ないと思う。

 今回、主人公が終幕へ導くまで付き合う必要は無いわけだし。

 普段はシナリオの進行を続けてやっと異変として捉えられる『迷魂』は既に目の前にいるのだ。

 本にはただ、シナリオが通常通りの進行を繰り返してゆく文章が書き出されている。

 とりあえずこれでいい。

 突然目の前に現れた魔物を切り伏せたりと大変ではあるが、魔物から取れる魔石をチハヤが気に入ったので取れる度に渡す。

 チハヤは嬉しそうに、きらきらと光る魔石を眺めては光にかざして遊んでいたが、突然座り込んだ。

 「チハヤ、大丈夫?」

 顔を覗き込むと、かなり辛そうだった。

 俺自身の身体能力は、聖剣でかなり強化されている。

 強化されていなければ、ずっと寝てばかりいる病院暮らしが森の中で魔物と闘うなんてできっこない。

 だから、ひとりで移動する時より気を付ける必要があったのに。

 「チハヤ、休憩しようか」

 チハヤが首を振った。

 「僕は、お兄ちゃんだから。僕のお兄ちゃんは、弱音吐かないもん」

 「そっか………」

 無理矢理立って歩き出そうとするチハヤの横で、そっと横になる。

 「チハヤお兄ちゃん。俺とっても疲れた。休憩しよ?」

 チハヤは満更でもなさそうな顔で「そっかぁ、ユーヤは仕方ないなぁ」隣に寝転んだ。

 すぐに聖剣は使えるように準備しておこう。

 それから、本の内容も確認して──

 強い眠気に襲われる。

 元々俺は、寝ている間の夢としてこの世界に入っているのだから、現実の時間と合わせると体感かなりの時間を起きている。

 それにプラスして、走って歩いて、歩き回って魔物を倒していたのだから、こうなるのは必然というか。

 ああ、眠い………

 瞼が重くなって、意識が遠のいた。

 

 目を開けると、魔石が近くに積まれているだけで、チハヤの姿はなかった。

 慌てて名前を呼ぶ。返事は無い。

 焦燥感に駆られて走る。

 森の中は危険なのに。

 「お兄ちゃん!!どこ!!!!」

 できる限りの大声で叫んだ。

 返事があった。

 「お兄ちゃん、ねぇ………やっぱり君の文字だったんだ」

 いかにも魔法使いと言わんばかりの格好をした女の人からの返事だった。

 「あんたが、俺らを殺そうとしてた『契約者』ってことかよ」

 「そうだよ?キミを殺すのは俺。俺の愛しのユウヤ君」

 恐らく『女性の器を借りた男性』だとは思うが、さっぱり検討がつかない。

 「俺、お前が誰かわかんねぇんだけど」

 確かあの『器』の名前は宮廷魔導師・師団長のクレールだったか?

 聖剣を握る。『器による補正』で、クレールに魔法を使われたら戦闘はかなり厳しいと思う。

 物語の強制力が強い分、話の主要人物は強力な能力を持っているのだ。

 「ユウヤ君の字は綺麗だし可愛いからね。愛する者のことくらい、すぐに見抜けるさ」

 「俺はさっぱりお前が誰か分からないけどな」

 「現実世界での居場所を教えてくれれば、会いに行くし、たくさん可愛がってあげるのに」 

 「絶対教えたくねえよ」

 剣を振り向きながら背後へ振った。

 激しい金属音。

 「騎士が背後から不意打ちってどうなの?」

 筋肉の逞しい男性が、背後から襲ってきたのだ。

 男性の剣を弾きながら反動を利用して真横に跳躍する。前後で挟まれるのは流石に不味い。

 男性は剣を構え直し、俺へ追撃する。

 「この程度で、不意打ちになると思っていないからな」

 「さいですか」

 俺は俺自身として物語に入っているから現実世界との姿は変わらない。

 けれど、普通の『契約者』は毎回『器』を利用するから現実の外見とは外見は全く違うし、毎回異なる外見になる。

 俺が生活している場所に辿り着ける人っていないと思うけど、そろそろ現実世界でこいつらが誰なのか判別しないと『寝ている間』に襲われそうな気がする。

 危機感はあるが、やはり検討がつかない。

 クレールの魔法が男性を援護する。

 魔法を避けながら男性の剣を受けていたが、背後に回り込んだ火球を避けきれなかった。

 一瞬息が吸えなくなる。

 男性はその隙に、俺の脇腹へ剣を叩きつけてきた。

 剣を盾のように向けて、男性の剣を受けた。

 樹木に全身が叩きつけられる。肺から空気が漏れた。

 俺の剣は聖剣だから、折れることは無い。

 だからこそ、無茶な防ぎ方をした。

 あのままなら、胴体を真っ二つにされていてもおかしくはなかったから。

 絶対に斬られないなら、そちらを取るしかない。

 「あーあ。ユウヤ君大丈夫?」

 クレールの声がする。身体に力が入らない。

 「とりあえずジョージ。止血できるくらいの軽い回復魔法の準備するから、ユウヤ君の手足切り落としといてくれる?後でいっぱい遊びたいし、どこに住んでる誰なのか……聞きたいことも沢山あるからさ」

 「お前は悪趣味だな。そうやって現実でも同じことやるから去年壊しちまって事件になったろ?」

 「ああ、あの、お兄ちゃんってずっと泣いてた子かな?可愛い子だったから勿体なかったねぇ。後始末、大変だった」

 でも楽しかったなあ、なんて微笑みながら、クレールは続ける。

 「でも安心して?ユウヤ君に出会ってから、俺はかわったよ。ほかの子は要らないし、部屋中にユウヤ君のお話がいっぱいなんだ。でもね、足りない。本当のユウヤ君はどんな反応するのか、知りたくて仕方ないんだよ!」

 悪寒がした。

 まさかこいつ、自分で話を書いて『物語の俺』を好きなように………?

 ジョージと呼ばれた男性が近づいてくる。手の中にあるペンダントを握りしめた、その時だった。

 「ユーヤに、酷いことするなぁ!!!」

 チハヤが俺の前に庇うように立っていた。

 「チハ、ヤ……危な…い、から………かく、れて、て…」

 「お兄ちゃん、でしょ!!」

 チハヤは震えながら、俺を護ろうとする。

 怖い筈なのに、俺を護ろうとする。

 「お兄ちゃんは!逃げません!!!」

 変な所で頑固だな、この子。

 何とかして『迷魂』とバレる前に、チハヤをこのふたりから逃がさないと。

 聖剣の力をすべて自己治癒へ切り替える。早く動けるくらいまで回復しなければ。

 クレールが当然奇声をあげた。

 「さいっっっこう!!!まさか!今回の『迷魂』って人型ぁ?しかもしかも!!気に入ったから、もーっと遊びたかったけど、すぐに壊れちゃった子じゃん!ラッキー!!」

 一瞬、なんのことか分からなかった。

 そしてすぐに意味を理解した。

 人型の『迷魂』は主に、残酷な殺され方をした幼い子どもの魂を核とする。

 外見は、殺された時の生前の姿と同じもの。

 残酷な殺し方をした犯人ならば、生前の姿をした『迷魂』をすぐに判別出来るだろう。

 「おま…えら、が、チハ、ヤ、殺……した、のか」

 「うっかり壊しちゃったんだよ。いやぁ~まさか『迷魂』としてまた現れてくれるなんてねぇ!」

 まだ身体は動かない。早く、その首を切り落としてやりたい。

 「ふふふ、ふふふふ………ユウヤ君ともこれからたくさん遊べて、壊れちゃったお気に入りとも遊べて…『人型の迷魂』まで回収!今日は最高!超ラッキー!!」

 ジョージが剣を構えた。

 「おい、クレール。ユウヤは両手足を一旦切り落とすとして『人型の迷魂』は、どうすればいい?」

 「ユウヤ君に懐いてるみたいだから……ユウヤ君を人質にして、連れてくるしかないかなぁ?斬ると砂になっちまうかも」

 「了解した」

 ジョージが、立ち塞がるチハヤを片手で突き飛ばした。

 「悪く思うなよ」

 大きく振り下ろした剣が、俺の腕を切断しようと迫ってくる。

 「そっちこそ!」

 剣はすんでのところで俺の腕に届かなかった。

 ジョージの胸に、聖剣が突き刺さる。

 ペンダントを剣に変えるなら、大きさも当然変わるわけで。

 どんなに登場人物による補正があったとしても、中身は付け焼き刃に過ぎない。

 恐らくジョージの中身はそこまで運動が得意な人間では無い。

 体格も異なると推測し、反応が遅くなると踏んで賭けてみた。

 ああ、自分の体って最高ですね。

 少し身体が動きそう。剣の能力をまた身体能力強化へ振る。

 ジョージの身体を胸から上を縦半分に切り裂いて、首を切り落とした。

 クレールが目を丸くしている。

 「いわ…き………?」

 恐らくジョージの本名と思われる名前を呼んだ。

 呆けているなら好都合。

 全力で跳躍し、クレールの首を切り落とした。

 ば、か、な、クレールの口が動くが、音は聞こえなかった。

 ふたつの『器』が壊れると同時に、周囲に砂埃が舞う。

 小瓶を召喚すると、栓が締まっているにも関わらず、砂は俺の瓶の中に吸い込まれていった。

 増えたような気はするが、目視はできない量だと思う。

 『契約者』を殺してしまえば、その相手が持っている砂を少し手に入れることが出来る。

 他に『契約者』がいれば、クレールとジョージという主要人物の『器』が壊れたことにはすぐ気づくだろう。

 話が進めば『器』として拝借されて壊れてしまった登場人物は何事も無かったかのように現れる。

 また『借りる者』がいなければそれは本当の登場人物だ。

 その場に倒れるように横になる。

 全身が痛い。特に背中の火傷が痛い。

 暫くは誰も襲ってこないと思う。

 ああ、でも魔物が来たらどうしよう。なんて思っていたら、チハヤが優しく俺の頭を撫でてくれた。

 「ユーヤ。すごくがんばりました。えらい」

 「ありがとう。チハ…お兄ちゃんも、かっこよかったよ」

 「えへん!」

 そういえば、チハヤは5歳と言っていて、彼らは去年チハヤを殺したと言っていた。

 「……チハヤ、聞いてよ。俺とチハヤ、同い歳だったみたい」

 チハヤは首を傾げた。そりゃそうか。

 『迷魂』に、歳を取るという概念は無いのだ。

 生きていたらなんて仮定の話は、無意味に過ぎない。

 無意味に過ぎないのだが、この子は多分おかしい子だった。

 「おないどしー?じゃ、恋人?」

 「は?」

 どうして、同い歳からの恋人に発展するのだろう。

 「おないどし、親友をこえた…友情………」

 何を言っているのだろう。いやマジで。

 「ユーヤ!!僕!ユーヤのこと幸せにするね!およめさんになって!!」

 やばい、全く理解できない。

 なんか、そういう本読んだことある気がするけど、うーん。

 「やっぱり……初めては…ユーヤみたいな、キレイな子がいいなぁ………ね、ちゅー、して?僕もしたい」

 マジで何言ってんですかね?とりあえず彼の希望はできるだけ叶えたほうがいいのだけど。

 流石に俺の理解力がたりません。

 「頬でいいなら?」

 身体を起こして、チハヤの頬に軽く口付けをした。

 「これでいい?」

 「さいっっっっこう!!!」

 チハヤに抱きしめられた。艶かしい手つきで俺の顔を触ってくる。もうどうにでもなれ。

 「ユーヤ、ほんとにキレイ………」

 チハヤは俺の頬に口付けをすると同時に、きらきらと輝く砂になって消えた。

 ────あの。何なんですかね、これ。チハヤの心残り、何だったの?

 小瓶で砂を回収すると、確実に少しだけ増えたことを確認できた。やはり、かなりの力をもつ『迷魂』だったのだろう。

 クリスが「私のユウヤに……」なんて、少し怒っている気がするけれど、なんかもう今日は疲れた。

 とりあえず、横になる。

 難しいことはあとから考えよう。

 怪我も痛いし、火傷も痛いし、とりあえず寝ちゃおう。おやすみなさい。

 この世界では、呪われていないから。


挿絵(By みてみん)




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― 新着の感想 ―
挿絵があるのが素晴らしいですね。マルチクリエイターです
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