95 あなたとわたしは家族なのですわ!
初めて出会ったときとおなじようにカウンターを挟んで向かい合う、うり二つのわたしたち。
最初のときとちがうのは、貴族と何でも屋の立場が逆転してること。
どうしてこんなところでわたしの何でも屋を引き継いでいるのか。
生きていたならどうしてこれまで顔を見せなかったのか。
聞きたいことならたくさんあるわ。
けれど、それよりなにより優先するべきことがある。
コイツに会ったら渡すと決めてた、アレをドレスのふところから取り出した。
「これ、受け取ってくださいまし」
「……なにかしら、この紙切れは」
差し出した封書をアイツはうさんくさそうに受け取った。
受け取りすらせずに払いのけられる覚悟もしてたから、ひとまずホっとしたわ。
「わたくしとアイシャの結婚式の招待状ですことよ。あなたを招待いたしますわ」
「はぁ? よりによってどうして私なのかしら」
「えっと、そのぉ……」
あの理由、面とむかって話すとなるとすっっっっっっっごい恥ずかしいわね……。
「だから、えっと……。あなたってつまり、アレですわ。わ、わたくしと、その……、し――姉妹みたいなモンじゃございませんことッ!!!?」
うわぁ、最後のほう声がうわずった。
そのうえ早口で、一気にまくし立てちゃった。
ちゃんと聞き取れたかしら。
「……姉妹ぃ? このわたくしと、あなたが?」
よかった、聞き取れてた。
鼻で笑われたけど。
上等ですわ、ここまで来たら言いたいこと全部言ってやりますことよ!
「そうですわよ! 姉妹ですわ! 家族なのですわ! お父さま、あなたのことをとっても心配していましたのよ! お母さまだって、心の底ではあなたが無事かどうか不安なはずですわ! わたくしの結婚式に来なくても、せめて両親に顔だけでも見せていってほしいんですの!!」
この五年、お父さまがいつもコイツのことを気がかりにしていたことを知っている。
だから一目だけでも会ってほしいんだ。
精一杯の気持ちをこめた言葉を、アイツは黙って聞いていた。
それからおもむろに封書をひらいて、中の招待状に目を通す。
「…………。……あなたの結婚式には行けない。わたしがなにをしたのか、あなたもよく知っているでしょう? 大勢の貴族が、王族が、あなたたちを祝福しにやってくるでしょうね。そんな場所に反乱の首謀者がノコノコ出ていけば、どうなるかしら」
「わ、わかっていますわよ……。ソレを渡したのは、あくまでわたくしのワガママ。アンタを家族と思ってるって、伝えたかっただけなのだから」
「それともうひとつ。一か月後のこの日取り、私が王都を発つ日とおなじなの」
「依頼でも入ってるの?」
「依頼じゃないわ。私はこの国を出る」
「この国を!? 出てどこに行くつもりですの!」
「さぁ、どこかしら。行くあてなんて決めていないわ。貴族制度のない国に行って成り上がるもよし。一から貴族のいない国を立ち上げるもよし」
……やっぱりコイツってば、いい意味でなんにも変わっていないのね。
これと決めた目標を、どんなことが起きても曲げない姿。
くやしいけど少しあこがれちゃうわ。
「何でも屋をやってたのも、渡航資金を稼ぐため。貯まった以上、この国に用はない。どこかのご立派な貴族さまのせいで、スラムが隠れ蓑として心もとなくなってしまったことだし、ね」
「悪ぅございましたわね」
「……そういうわけだから。ま、一応受け取っておいてあげるわ。感謝なさい」
ヒラヒラと招待状を揺らしながら、店の奥へと消えていってしまったアイツ。
生きていたのがわかっただけでも収穫、かしらね。
「……ソルナ様。お話、終わりましたの?」
「えぇ、終わりましたわ。お二方、人払い感謝いたしますわ」
なにも言わずに入り口に立って、見張りについていてくれたテュケさんクラさん。
おふたりもアイツと話したいことがあったでしょうに、グッとこらえてくれたのね。
「ごめんなさい。わたくしばっかり話してしまって」
「いいえ、充分ですわぁ。もうひとりのソルナ様が生きていてくださった。それだけで……」
「わたくしたち、それ以上なにも望みませんの」
〇〇〇
その日から、結婚式の準備のためのあわただしい日々が過ぎていった。
貴族の婚礼ってホントに大変なのよね。
この五年、何度も結婚式に参列したから、なんとなく察しはついていたけれど。
知らない人の式にまで普通に呼ばれるんだもの。
それくらい参加者が膨大なのよ。
家格が高いならなおのこと。
今回は最高位である公爵家同士の婚姻なわけだから、そりゃもう大変。
貴族全員とまではいかなくても、すべての家から最低一人は参加することでしょう。
招待状を書きすぎて、近ごろ腕が痛いですわ……。
「……ふぅっ、終わりましたわッ」
お屋敷の執務室にて。
最後の一通を書き終わって椅子の背もたれに体をあずける。
あぁ、なんて解放感……!
「お疲れさまでございます、お嬢さま」
「このあとは式場で使う備品の手配のチェックに、出席の返事がきた招待状のチェックに……」
あぁ、なんて絶望感……。
「すべて手配しておきました」
「チヒロッ! あなたは本当に優秀な、わたくしの右腕ですわッ!!」
「お褒めにあずかり光栄にございます」
「ところで、その。返事がきた招待状のなかに、アイツのモノは……」
「ございませんでした」
「ですわよね……」
やっぱり来ない、わよね。
そりゃそうか。
「国元に帰っているお父さま、もうすぐ王都までおいでになりますし。式を待たずにアイツの生存をお伝えしてさしあげようかしら」
「式のあと、にした方がよろしいかと。お心が乱れてしまわれるかもしれませぬゆえ」
「んー、たしかに。素直にわたくしの結婚を祝える心境じゃなくなってしまうかもですわね」
だったらチヒロの言うとおりにしようかな。
親バカなお父さまには刺激が強すぎるニュースだものね。
「そういうわけでお嬢さま。本日の作業は終了にございます」
「はぁーッ、今度こそ終わりましたわ――!」
気づけばもう夜もどっぷり。
今度こそ背もたれにもたれかかって、のびーっと両手を上にのばした。
「さぞお疲れと思い、本日はお嬢さまに差し入れがございます」
「おぉっ、なんでございますの!?」
「こちらにございます」
そう言って、案内されたのは……わたしの私室の前?
しかもチヒロってば、トビラを開けずに横で待機しているだけ。
「お入りくださいませ」
「な、なんですの……?」
わけがわからないながらも、自分でトビラを開けて入室。
そしてわたしは目を丸くした。
だってベッドの上に、ネグリジェを着たアイシャが座っているんだもの。
「お、遅いわよ、待たせすぎっ」
「え、えっと?」
「どうぞ、ごゆるりと」
チヒロがうやうやしくトビラを閉める。
なんなのでしょう、この状況。
差し入れってアイシャのこと?
「あ、あの、アイシャ…………、さん……?」
「は、早くこっち来なさいよ。疲れているんでしょう? た、たくさんよしよししてあげるんだからっ!」
……うん、もう深く考えない。
それからわたしはベッドの上で、アイシャにたくさんよしよししてもらいました。