90 最後の影武者仕事ですわ!
浮遊城アルムシュタルクの『爆発事故』による墜落・崩壊から3日がたった。
……王国の公式発表なのだけれども、じっさいに爆発自体はわたしたちの起こしたものじゃないし、ウソはついてないわよね?
わたしはアイツの頼みどおりにアイツを演じる影武者として、前に会談が行われた旧議会場で、ワーキュマー国家元首シャディア・スキニーとしてワーキュマー側の席に座っている。
ワーキュマーから新しく来たお偉いさんのおじさんと、足をケガしている女中のレミィちゃんを両脇にして。
「アルムシュタルクを失った以上、ワーキュマーに王国に対抗する手段は残されておりません。ここに王国への無条件降伏を宣言します」
「うむ、よくぞ決心してくれた」
国王陛下と固い握手をかわしたこのとき、ワーキュマー共和国の独立は夢と消えた。
……アンタの決心、たしかに伝えたわよ。
会談が終わったあと、ワーキュマー側の控室。
チヒロがわたしの警護を行うなか、お偉いさんのおじさんが涙ぐんで目元をハンカチでぬぐっていた。
「う、うう……っ。シャディアさまの理想国家が終わってしまわれた……」
「……恨みますわよね、わたくしのこと」
「いえ、いえ……。そこのレミィからも聞きました。無意味な犠牲が出ぬように、とシャディアさまご本人が決断されたこと、だと……」
「うぅ、シャディアさま……」
レミィちゃんも泣きそうになってるわね。
なんというか、居づらい……。
「……そ、そうだわ! アイツにも報告してやらないとね。シャディア・スキニー、いまはやっぱり本国にいるのかしら」
「いえ、それが……」
ど、どうしたのかしら。
言いよどんで、言葉をえらぶように目を左右に泳がせて。
「それが、行方知れずなのです……。あの夜以来、シャディアさまのお姿を見た者は誰もおりません……」
「そ……っ、それ、本当に……?」
無言でうなずくお偉いさんの様子に、ウソの気配は見られない。
アイツが処罰を受けないようにかばっているんじゃ、とかって疑問を挟むには、あまりに痛々しかった。
「……それと、もうひとつ。クシュリナードさまのお姿も見えぬのです」
「クシュリナさんまで!? ど、どうして……」
「わかりません。アルムシュタルクからの避難者たちが首相官邸にワープしてきたときには、大勢の者が見たと言っておりますが、その後からぱったりと消息が途切れてしまわれまして」
たしかにあの人がいたなら、今日この場にも来ているはずよね。
クシュリナさんまで姿を消していたなんて、いったいどうなっているのかしら……。
「我々はこの後、ワーキュマー共和国――いえ、すでに旧マシュート領でしたな。そこまで戻って王国からの沙汰を待つといたします」
「出来る限り寛容な沙汰となるように、取り計らってみますわ」
「かたじけない……」
〇〇〇
ワーキュマー側の控室から、王国の控室までもどってきた。
部屋で待っていてくれた面々は、会談に参加していた陛下とお父さま、それからマズール伯にエイワリーナ公。
強面のおじさんばっかりだけど、こっちのほうが落ち着くわね。
「ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデ、任務完了いたしましたわっ」
「ご苦労だった、ソルナペティ嬢。酷な役目を背負わせてしまったな」
「いえ、アイツの頼みでもありますもの」
陛下からのねぎらいの言葉をありがたく頂戴したところで、お父さまに伝えないとね。
ただでさえ連れ帰るって約束を守れなかったところに、さらにこんなこと、伝えにくいけど……。
「……お父さま」
「どうしたんだい、ソルナちゃん」
優しく微笑んでくれるお父さまに、わたしは告げました。
アイツと、それからクシュリナさんも、行方がわからなくなってる、って。
「ごめんなさい、お父さま……。あのときわたくし、アイツのこと無理やり引っ張ってでも連れてくるべきでしたわ……」
「そうか……。……いいや、ソルナちゃんが気に病むことはない。生きてるかもしれないだろう? クシュリナード君が消えた、という話も気になる」
「で、でしょうか……」
「そうさ。あの子が自分の夢や命を、簡単にあきらめるとは思えないんだ。……娘が入れ替わっていることに気づかない父親が、言えたことでもないかもしれないがね。ははっ」
お父さま、わたしの気持ちが軽くなるように言ってくれてるのかしら。
それともホントにアイツの生存を信じて……?
「ともあれ、これでムダな血が流れずにすんだ。マズール伯には少々退屈な展開かもしれませんが」
「俺とて戦闘狂ってわけじゃあねぇ。マシューんとこの小僧と一戦交えて、どんなモンか試してみたかった、ってのも本音だけどよ」
「クシュリナさん、どうしたのでしょうね……。そういえば陛下、彼もアイツもいなくなったとなると、誰が今回の件の責任を取るのかわからなくなりませんこと?」
「たしかにそうであるな。反乱の首謀者側が全員消息不明となると、どうにも……」
「むずかしい問題でしょうが、どうか寛大な処置をお願いいたしますわ」
「無論。旧マシュート領の民とはすなわち、我が国の民であるからな」
よかった。
元ワーキュマーの人たちにきびしい罰がくだることはなさそうです。
あとはもう、アイツが見つかるのかどうか。
消えたクシュリナさんなら、なにか知っているのかもしれないけれど……。
あのまま城の崩落に巻き込まれた、なんてオチだけはナシなんだから。
これ以上お父さまやお母さまを悲しませたりしたら、絶対に許さないんだからね……!
〇〇〇
……。
…………ん……っ?
……暗闇のなかに、突然意識がともったような感覚。
重たいまぶたを開けると、見知らぬ屋敷の天井が見えた。
「……わた、くし……?」
ここは、どこかの部屋のベッドのうえ……?
「おぉ、気がつかれましたかな、シャディアさま」
「シャディア……。あぁ、わたくしの、こと……。わたくし、生きて、る……?」
「えっぇ、生きております。一週間も意識がお戻りにならなかったため、大変心配いたしました」
ベッドのわきにいた、見知らぬ執事のような男。
ここがどこなのか、自分がいまどうなっているのか。
記憶が混濁するなか、ひとまず上半身を起こそうとして、
「い……ッ!」
激痛に視界がゆがみ、起き上がれないことに気づく。
「お体を動かされぬよう。致命傷こそ治癒魔法にてふさがっておりましたが、あくまで応急処置。無理をなされば傷口が開きます。あちこちの骨も折れているご様子」
「ここ、は、どこ……?」
「マシュート家の別邸。隠し邸宅というべきですかな。あぁ、申し遅れました。わたくし、クシュリナードさまにお仕えしております執事でございます」
「クシュリナード……?」
……そうですわ、思い出してきた。
わたくし、崩落するアルムシュタルクのなかで死を覚悟して、それから……。
乱れた記憶の糸を少しずつ手繰り寄せようとする。
けれどすぐに意識が遠くなって、わたくしは夢のなかへ――バラバラになった記憶のピースを形にするために、あの日に起こった出来事を追体験する夢のなかへと落ちていった。