09 犬小屋だなんて言いませんわ!
なぜだかアイシャさんもいっしょに、やってきたのは寮の前。
学園の敷地内にあるから、来ること自体は簡単ね。
アイシャさんの護衛の騎士さんたちがゾロゾロついてくるおかげで、とっても目立ってしまいましたが。
「これが寮ですの。思っていたよりずいぶんご立派な造りですことね」
その辺の貴族屋敷より立派でキレイな三階建ての建物を、見上げて思った正直な感想です。
貴族の子どもたちがほとんど屋敷通いで、寮に入ってるのはごくごく小人数のはずなのにとってもご立派。
「関心するんだ。アンタなら『犬小屋以下ですわー!』とか言いそうなモンなのに」
「さすがに言いませんわっ!?」
いや、本物のソルナペティなら言うかも?
ともあれ敵を作るような発言は、ひかえていきたいわたしです。
「けど、確かに驚いた。寮なんて来る用事なかったから、中見るのちょっと楽しみかも」
冒険心をくすぐられているのか、屋敷を見上げるアイシャ嬢の瞳が、キラキラと輝いて見える。
かわいいところもあるのね、この子。
「……なに? 人の顔見てニマニマと。気持ち悪い」
「きも……っ!?」
わたしの視線に気づいた途端、冷たい目をむけられました。
相変わらず好感度底辺のご様子。
この機になんとか仲良くなりたいところです。
「さ、行きましょ。エイツの自室は三階北側廊下にある、東側の一番奥の部屋だったわね」
「爺や調べ。間違いございませんわっ。ところで……、この人数でゾロゾロ行きますの?」
護衛の騎士さん、軽く十人以上はいますわね。
こんな大人数で押しかけたら、謝罪どころじゃないのでは……?
「そうね。あなたたち、入り口で待っていなさい。不審者の侵入さえ見張っていれば、中の護衛はあなたの爺やでじゅうぶんでしょう? 姿こそ見えないけれど」
「いかにも! 爺やならば、いつでもわたくしを見守っていてくれていますわ! ……普段は見えませんがっ」
見えないけれどそこにいる。
不思議と安心感がありますわね。
「頼もしい限りね。じゃ、行きましょうか」
「えぇ! たのもー、ですわっ! ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデが参りましたわよ――ッ!!」
バーンっ!!
両開きの玄関トビラをいきおいよく開き、アイシャさんとともに寮へと突入。
玄関ホールにはレッドカーペットが敷いてあり、美しいツボや鎧が飾られているきらびやかな――。
ブゥゥ……ン。
――きらびやかな背景が、突如としてグニャリと歪む。
「な、なにっ? なんなの……っ!?」
「これって、まさか……っ!」
歪みがおさまったとき、まわりの景色は一変していた。
ボロボロに朽ちた色褪せたカーペットや、割れたツボ、クモの巣が張った鎧。
これじゃあまるで幽霊屋敷、だわね……。
「……あーらあらあら。ちょーっとだけ、厄介なことになりましたわねぇ」
「ソルナペティ。あなた、この現象を知ってるの?」
「トラップハウス。おもに泥棒の侵入を防ぐため、屋敷の入り口に仕掛けるマジックアイテムですわ。認証されていない者が家主の許可なしに入った場合、こうして魔法で作られた『よく似た空間』に飛ばされますの。とても高価な防犯グッズですわね」
「私たち、泥棒と間違えられたってこと? 生徒なのに寮への出入り、認証されていないわけ!?」
「いないわけ、ないと思うのですが……。ま、アイテムが作り出すのは侵入した場所周辺のごく狭い空間だけ。玄関から出ていけば、普通に元の世界へ戻れます。焦らずいったん外に出て――」
ガシャンっ。
「おや……?」
トビラが、玄関トビラが開かない。
ドアの取っ手がビクともしない、動かない。
そんなわけがないのに。
ガチャっ、ガチャっ!
「ひ、開かない……! そんな、出られませんわ!」
「う、うそ……っ!? 単にカギがかかってるだけじゃ――ち、ちがうわね。これ、ドアノブ自体が動かない……!」
か、完全にまずい事態になってしまいました。
単にトラップハウスの誤作動、そう思っていたのに、コトはそう簡単ではなさそうね……。
「こんなときこそ――爺や、おいでましっ!」
パチンっ!
指を鳴らして高らかに呼ぶも、しかし何も起こらない。
いつもなら風のように駆けつける、頼れる従者がちっとも姿を見せてくれない。
「じ、爺や……。トラップハウスに巻きこまれなかった、んですの……?」
「ど、どう、しよう……っ。まさかこれ、暗殺者のしわざなんじゃ……。私たち、ここで、殺され――っ」
アイシャさんがカタカタと小さく震えだす。
たしかに大ピンチ、ではあるのだけれど、怯えて恐怖するには早い。
まだまだ二人で協力すれば、出来ることがたくさんあるはず。
この危機を脱するためにもアイシャさんをなんとか勇気付けなくちゃ。
「アイシャさんッ!」
「えぅっ……!?」
ガシッ、と彼女の両肩をつかむ。
ビックリした様子のアイシャさん、けれどおかげで震えの方は止まったようだ。
「暗殺者の罠だと判断するには早いですわ。トラップハウスの設置には、それなり以上の時間がかかるものなのです。わたくしがここに来ると決めたのはつい先ほどのこと。時間的余裕はありませんし、わたくしたちと縁のない寮の玄関に、あらかじめ罠を仕掛けておく理由もございません」
「そ……っ、そう、ね……。けれど、だとしても出られるの……? 爺やさんだっていないのでしょう?」
「わたくしを誰だと思ってらっしゃいますの? このソルナペティ、多少の修羅場はかいくぐって参りましたわ。この程度のこと、切り抜けてご覧に入れましょうッ!」
「……あなたが頼れるかは置いといて、その根拠のない自信。いま限定で頼もしくあるわ」
よかった、少し落ち着いてくれたみたい。
初めてわたしに微笑んでくれました。
「さて、では参りましょう」
「……どこへ?」
「ただのトラップハウスなら、見えている廊下や階段はダミー。見えないカベにはばまれますわ。ですがこれ、ただのトラップハウスではなさそうなので。もしも奥まで行けるのでしたら、脱出手段も見つけられるかもしれません」
「奥に、行くのね……」
「あら、怖いんですの?」
「だ、誰が怖いモンですかっ!」
「もしも怖いのでしたら、わたくしの手を取ってにぎってくれてもよろしくってよ? おほほっ」
「手……っ!? …………。……っ、~~~~っ」
あら、黙っちゃいました。
さすがにこれ、からかい過ぎちゃいましたかね。
せっかく好感度上げるチャンスだったのに……。
「……ん」
と思ったらアイシャさん、なんと手を差し出しました。
顔を赤くしたまま、ぶっきらぼうに。
「……手、いいんですの?」
「勘違いしないで。いざというとき、アンタの身体を引っぱって盾にするためなんだから」
「ソレ、本当ですの?」
「うっさい。早く」
……好感度、多少は上がったと思っていいのかな。
ともかくアイシャ嬢の手を取って、わたしたちは階段の前へ。
「普通に来られましたわね」
「しかも普通に登れそうね」
アイシャさんが足を一段目にかける。
わたしも同じく、二段、三段と踏み出して、階段を登りはじめた。
「奥に行けるとなると、やはり普通のトラップハウスじゃありませんわね」
「この先、いったい何があるのかしら……」
「怖いものではないことを祈るだけ、ですわ」
がこんっ。
「……?」
階段の中腹あたりまで来たところで、なにかの軌道音みたいな音がした。
そして直後、まわりの景色が後ろにスライドし始める。
……いや、これ。
景色がスライドしていると言うよりは。
「ソルナペティ! 階段が、動いてる……!」
そう、動いていたのは階段でした。
なんと上から下へむかって、段がスライドして動いているのです。
「もうなにこれ! どうなってるのよ!」
「本当にっ! もうどうなっているのでしょう!!」