89 もう一度、わたくしになってくださらない?
「い、いたた……っ」
なんとか、なんとか生きてるみたいね。
ここは地下一階……かしら。
上を見上げれば、開いた穴からテュケさんクラさんのおふたりが顔をのぞかせているわ。
「ソルナ様、無事ですのっ!?」
「お怪我しておりませんかぁ!?」
「わ、わたくしなら平気ですわっ」
腰とか腕とかいろいろ痛いけど、動けないほどじゃない。
……そうだ、アイツと女の子は――。
「……っ!!」
……アイツはわたしのすぐ隣にいた。
女の子をかばったみたいで、彼女の下敷きになって倒れてる。
「ちょ、大丈夫ですの!? 生きてます!?」
「う、うるさいわね……。このわたくしが、この程度で死ぬわけないでしょう……!」
そうは言うけどさ……。
「う、うぅっ、シャディアさま……」
女の子がポロポロ泣いてるし。
しかも足とかお腹とかから、かなりの量の出血が……。
「も、もうひとりのソルナ様が大変ですわぁ!」
「わたくし、ロープを用意してありますのっ!」
上の方からお二方の声が聞こえる。
その直後、すぐにロープが目の前にするりと垂れ下がってきた。
「ソルナ様たちっ! そのロープにつかまってくださいましっ!」
「わたくしたちふたりの力で、一気に引き上げますのっ!」
「わかりましたわッ! ほら、アンタからつかまって、引き上げられなさいな!」
「……あなた。この子のこと頼んだわ」
「えっ……?」
「シャディアさま……?」
女の子を渡されて、大事に抱きかかえたけども。
コイツってばなんのつもり?
「それから、ひとつ頼みがあるの。アルムシュタルクが落ちた以上、ワーキュマー側に存続の可能性はなくなった。すぐにでも王国軍が鎮圧にかかるでしょう」
「なんで今そんな話を……!」
「このわたくしが! 頼みがあると言っているでしょう! 黙って聞きなさいッ!」
「う……。わ、わかったわよ……」
「……はぁ。王国軍が攻め入れば、ワーキュマー軍に成すすべなどないわ。多くの死者が出る。この城から逃がした兵士たちも、たくさん死ぬ」
そりゃそうよね。
マズール伯とかお義父さまが本気で攻め入っていくんだもの。
「このわたくしがせっかく救ってあげた命に、結果のわかりきった無駄死になんてさせたくない。だからあなたに、わたくしの『影武者』をしてもらう」
「アンタの『影武者』を……? また?」
「わたくしの――ワーキュマー国家元首シャディア・スキニーの影武者として、国王の前で降伏を宣言なさい。……レミィ、あなたが従者として付き従えば、うたがう者もいないでしょう」
レミィ、と呼ばれた女中の女の子が、わたしの腕のなかで泣きながらうなずいた。
「ど、どうしてわたしがやらなきゃいけないのよ! アンタが自分でやればいいじゃない!」
「……。……このケガじゃ、しばらく動けない。それだけよ」
「そ、そう。わかったわ、引き受けたわよ。じゃあほら、ロープにつかまって――」
「あなた、わたくしのケガを見て言ってるの? この高さを、引き上げられるまでロープにつかまっていられるような状態に見える?」
「や、やっぱり……! アンタ、ここで死ぬつもりよね……! そんなこと、絶対に許さないから!」
お父さまと約束したんだ。
絶対にコイツを連れて帰るって。
「……はぁ、本当にバカね。わたくしにコレがあることを忘れたの?」
そう言ってふところから取り出したのは……通信端末、ってヤツだ。
そういえば地下7階のあの部屋を出るときに、台座から取り外していたっけ。
「わたくしひとりだけなら、コレをつかえばいつでもワーキュマーに戻れるの。わかったならさっさと行きなさい」
「う……、そ、それでも結局、家族のとこには連れて帰れないじゃないの……」
「そんなこと言ってられる状況? いさぎよくあきらめるのね」
「……わかったわよ。レミィちゃん、だっけ。しっかり捕まっているんですわよ!」
「は、はい……」
わたしにぎゅっと抱きついたのを確認してから、両手でロープをしっかりつかむ。
「聞こえてましたわね、お二方! そういうわけなので、わたくしを引き上げてくださいまし!」
「は、はいですのっ!」
「すぐさま引っ張り上げますわぁ!」
気合いを入れたおふたりの力強い引き上げで、どんどん上昇していくわたしたち。
倒れてるアイツを置いていくのは気が引ける。
でも大丈夫だって言ったんだもん。
信じる、しかないよね。
「よいしょっ、よいしょっ! もうすこしですわぁ!」
「せーのっ、どっこいしょぉ、ですの!」
最後の気合いの一声とともに、わたしと女の子の引っ張り上げ成功。
アイツもワープしたかしら。
心配になって穴のなかをふり返ってみる。
「……なに見てるのよ。さっさと行きなさいってば」
「う、うん」
まだいたわ。
端末を操作していたっぽいけど、ワープってなかなか時間がかかるものなのかしら。
「お、お二人とも、ここもいつまで持つかわかりませんわ! 急ぎましょう!」
「ですわぁ!」
「ですのっ!」
ふたたびお二方の先導で走り出すわたしたち。
レミィちゃんの重みがずっしりときて、体のあちこちが痛いけど、崩れゆく城のなかを必死に走る。
テュケさんクラさんが降りそそぐガレキや道をふさぐ倒れた柱を殴り飛ばして道を切り開く。
そしてついに、城の出口が見えた。
「あそこですわぁ!」
「もうひと息ですのっ!」
「はぁっ、はぁっ……、あと、すこしっ……!」
あと少しでチヒロのいる中庭。
棒みたいに重い足をむりやり動かして、歯を食いしばって駆け抜ける。
そうして門を飛び出して、中庭の芝生を踏んだ直後。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
「うわ……っ!」
どこかで大崩落でも起きたのか、大きな揺れが襲ってきた。
もう踏ん張れる脚力なんて残っていない。
思いっきり前のめりにバランスを崩し、とがって地面から突き出た地盤が目の前にせまって――。
ブワッ……!
もうダメ、って思った瞬間、体を風がつつみこんだ。
わたしとレミィちゃん、ついでにテュケさんクラさんも、風に乗ってふわりと浮遊する。
これって……。
「お嬢さま。お待ちしておりました」
「チヒロ……っ!!」
やっぱり、チヒロの風魔法。
風に浮かんだわたしたちにむかって、飛行ゴーレムに乗ったチヒロが飛んできた。
片腕でまとめてつかんで、ちょっと雑に機体の上に放られる。
ドサっ。
「いっ、たた……」
「少々乱暴にしてしまいました。緊急時ゆえ、お許しを」
「いえ、助かりましたわ、チヒロ」
チヒロの操る飛行ゴーレムが、崩壊するアルムシュタルクから離れていく。
脱出成功、ね。
「……お嬢さま。もうひとりのお嬢さまは――」
「無事よ。連れて帰る目的こそ果たせなかったけど、きっと無事」
「きっと、でございますわ」
「えぇ、きっと」
あちこちから火の手が上がり、ゆっくりと崩壊して地に落ちゆく浮遊城。
汗ばんだ顔に夜風を浴びながら、わたしはアイツの無事を祈った。