82 とんだ神の祝福ですわ!
「追及してきた。そこで寝ているお嬢が生まれたその日から、追及し続けてきたんだ」
コツコツと靴音を鳴らしながら、ドクトルがこちらに歩いてくる。
なにかやらかす前にやっつけないと……!
「チヒロ、おねがいしますわ!」
「任されました」
命令を受けたチヒロが、瞬時にドクトルに接近。
目にもとまらぬ速さの回し蹴りを繰り出すも、
「!?」
なんとチヒロの鋭い蹴りはスカっ、と空を切ってしまったの。
確実に当たっているはずなのに、体をすり抜けたように見えたわ……。
「おっと、ムダだよ、ムダ。こいつぁホログラム――いわば幻影だ。本物の俺が、そんな危ないところに顔を出すと思うかい?」
「幻影……、ですか」
用心深いわね、アイツ。
ムダだとわかったチヒロはすぐにわたしのそばへ。
一方のドクトルだけど、両手を大きく広げながら悠々と語り始めたわ。
「――そう、話の途中だったねェ。追及さ。あの日から俺は、バースクレイドルの真実を追及し続けた。なぜだと思う?」
バースクレイドルの真実……?
言われてみればたしかにアレって生まれてくる命に祝福を授けたり、アイツみたいなそっくりさんを生み出したりと謎だらけ。
けれどソレはすべて神の起こす奇跡だって、バースクレイドルとはそういうものなんだって思っていた。
いいえ、世界中のほとんどの人がそう思っているはず。
疑問を持つ可能性のある人間といえば、ドクトルと――エイツさんくらいか。
「……尽きない好奇心。そういうことですわね」
「おや、もうひとりのお嬢。俺を理解してくれるのかい?」
「あなたを理解しているわけじゃありませんわ。ただ、あなたとちょっと、ほんのちょっとだけ思考回路が似通っていそうな方が近くにおりますので」
「なるほどねェ。ぜひとも会って酒でも飲み交わしたいモンだ」
「残念ながら飲める年齢じゃございませんことよ」
「そりゃ残念。――ま、そういうわけで俺ぁ好奇心のおもむくまま、バースクレイドルをいじり倒した。そして正体を突き止めたのが五年前。データベースの最深部にまでもぐりこんで、ようやく見つけた秘匿データだった。一万年以上の歴史が積み重なった膨大な集積データさ」
苦労したよ、とでも言いたげに首を左右にふるドクトル。
じっさい苦労したのでしょうが、よく意味もわからず聞かされるわたしたちはどんな気持ちで聞けばいいのよ。
「突き止めたその正体に驚愕したよ。なんとコイツぁ、古代人が永遠の命を得るために開発したシロモノだったんだぜ」
「永遠の命!?」
「古代ってなぁ今より相当文明が進んでいた。人々は一生を文明に守られた安全な空間で暮らし、それゆえに死を極端に恐れたんだろうさァ。そこで人間の生体データを登録し、バックアップにとって複製することが出来る装置を作った。これがバースクレイドルだ。『祝福』と呼ばれるアレぁ、胎児の遺伝情報をコピーするプロセスなわけだな」
と、とんでもなく壮大な話をされているわね。
テュケさんクラさんが早くも目をまわしそうになっているわ……。
一方わたしはなんとかついていけてます。
だからこそ、ひとつ気になった。
「で、でも、だとしたらどうして祝福を受けないと人は産まれてこられないんですの!?」
「ソイツを説明するには、順を追っていかないとなァ。まず、結果としてバースクレイドルは永遠の命を得るためのものとして不適格だった。それがなぜなのか、お嬢たちならわかるんじゃないか?」
「……わたくしとコイツは、顔も、声も、まったく同じですわ。けれどそれぞれ意思を持って、ちがう人生を歩んでいる。まったくの別人ですの」
「正解。そのとおり。しょせんアレで作られる複製人間は、まったく同じ遺伝情報を持っただけの別人だ。もとの利用法は早々にあきらめられた。……だが、廃止されなかった。さぁ、なぜだと思う」
「知りませんわよ」
「答えは『管理するのに都合がよかったから』だ。遺伝情報はもちろんのこと、どこで登録されたのか、誰と誰のあいだに生まれたのかまで、こと細かに記録する。民の管理をする支配者層にとって、たいへん都合のいいシステムだったのさ」
心底くだらない、と言いたげにため息をつくドクトル。
「管理者のためのツールとなったバースクレイドル。しかし登録を義務としても、当然ながら従わない者が出るよなァ。後ろ暗い過去を持つ者、体制に不満を持つ者、そもそも支配の外で暮らす者。この問題を解決するために、どうやら当時の支配者はとんでもない暴挙を行った」
「暴挙……?」
「『死滅遺伝子』の散布。誕生までにバースクレイドルに登録しなければ死ぬ、と遺伝子に書き加えるウイルスかなにかを、おそらく蚊にでも乗せて世界中にバラ撒いたんだろう」
……正直、半分くらいしか理解できなかった。
けれどとんでもないことをした、ってことだけわかる。
絶対にやっちゃいけないことを昔の支配者はやってしまったんだ。
「結果、体制にあらがう勢力は全滅。世界の人口も激減して国自体が立ち行かなくなったんだろう。文明も見る影もなく衰退して、今日に至る、というわけさァ」
「……わたくしたち、習ってきましたわ。一万年前、『神の祝福』を受けたわたしたちはバースクレイドルのおかげで安全に産まれてこられるようになった」
「とんだ『神の祝福』があったもんだ。ヒヒっ」
とんでもない、衝撃的な歴史の真実が明かされたわね。
けれど不可解、とっても不可解。
ドクトルはわざわざこんなことを説明しに……?
「……歴史の授業、とっても興味深い内容でしたわ。ご教授いただき感謝いたします。して、あなたは歴史の授業をするために出てきていらしたの?」
「いいや。今のはあくまで本題に移るために必要な基礎知識さァ。俺ぁ最初にバースクレイドルを作ったヤツの気持ちがよくわかる。死にたくないのさ。死が怖い、というと正確じゃぁないが、死によってこの優秀な、類い稀なる頭脳が失われることが怖いのさ」
「そ、そうなんですのね……」
「この頭脳でこれからも、様々なものを生み出したい。この世の全て、はるかな未来をも目にして、尽きることのない好奇心を満たし続けたい……!」
ハァハァ言いながら目を血走らせているわ。
怖いわ。
「ずいぶん前置きが長くなっちまったねェ、ヒヒっ。まず結論から言おう。俺の目的は古代人とおなじく永遠の命。そのための理論がいま、もうひとりのお嬢のおかげで偶然にも、完っ成したのさァ!!」