81 中枢部へ忍び込みますわ!
気絶したアイツをチヒロが担ぎ上げ、わたしたちは城の下方へ進みはじめた。
目指すは最下層、地下10階にある制御室。
見つからないように慎重に、少ないけれど確実にいる見張りの目をかいくぐっていく。
「……チヒロ、今度はふたりですわ」
地下8階へと続く下り階段に、ふたりの兵士。
ここまで見張りはひとりだけだったけど、警備がきびしくなってきたのかしら。
中枢部が近いものね。
「ふ、ふたりですときびしいかもですわぁ」
「やっつける前にさわがれてしまいそうですのぉ……」
「問題ありません。私にお任せくださいませ」
抱えていたもうひとりのわたしを寝かせた直後、チヒロの姿が消える。
まるで爺やみたいに、風や煙のように。
「がっ!」
「ぐぇっ」
そこから一秒も経たないうちに、ほぼ同時に気を失う兵士たち。
彼らの身体が床に倒れるのと同時、もといた場所にチヒロがあらわれた。
「お待たせいたしました。まいりましょう」
「ぜ、全然待っていませんの……」
「ビックリですわぁ……」
「……また腕をあげましたわね、チヒロ」
もうひとりのわたしを肩にヒョイと担ぎ上げる頼もしい従者。
あまりの強さに爺やがダブって見えました。
階段をくだった先、地下九階。
ここまで来ると周囲の風景も一変。
もともと余計な飾り気のない城だったけど、なおさら無骨ね。
カベや天井にパイプがむき出しになってるし、床もなにもかも真っ白だし。
警備もさらに厳重で、定期的に何人かの兵士が巡回しているみたい。
それでも出会う兵士たちをチヒロが黙らせ、あるいはやり過ごして、目当ての地下10階へと続く階段までやってきた。
「……無事にここまで来られましたわね。あと一息ですわ」
「お嬢さま、お気をゆるめられませぬよう。目的達成の直前こそが、もっとも油断をするときです」
「そ、それにっ、帰りもおなじ道を進まなきゃいけませんわぁ……」
「もしも侵入がバレちゃったら、とっても大変なことになりますの」
「心得ておりますわ。脱出するまで油断いたしません」
必ず無事に帰るって約束したんだもん。
お父さまとも、アイシャとも。
絶対に、ここから帰ってみせるんだ。
「さぁ、行きますわよ……!」
緊張感がただようなか、一歩一歩、踏みしめるように階段を降りていく。
そうして最下層に足を踏み入れると、階段のすぐ前に無骨なドアがあった。
「こ、このドア、開きませんのっ」
「押しても引いてもダメですわぁ!」
「……この城の構造、物理的なダメージに極端に強いってエイツさんが言ってましたわよね。つまりブチ破るのも不可能ですわ」
「問題ございません。もうひとりのお嬢さまがコレを持っておりました」
チヒロがかついだアイツのポケットから、カードを取り出した。
……なんでカード?
「なんですの、ソレ」
「資料にございました。カードキー、というものだそうです」
ドアについたスリットに、カードをシュッと通すチヒロ。
するとビクともしなかったドアが急に半開きになる。
「開きましたわっ!」
「魔法みたいですのっ」
「……なんでカードで開くのかわかりませんが、まぁいいですわっ!」
城が浮く理由だってわかんないし、考えてもしかたない。
重いドアをあけて中に踏み入ったとき、目の前には見たコトもない光景が広がっていた。
広大な半球状の真っ白い空間。
中央にはカベや天井を走るたくさんのパイプとつながった、丸くて真っ白な物体が天井から半分だけ顔を見せている。
その球体の下にある、マドみたいなものとボタンがたくさんついた横長の机みたいなものが制御端末ってヤツね。
「お嬢さま。あの球体がアルムシュタルクの中枢にございます」
「アレでこの城を浮かせたり、兵器をコントロールしていますのねっ」
「ソルナ様、誰も警備がいませんのっ! チャンスですの!」
「えぇ、そうですわね……」
誰もいない、というのがちょっと気になるけど。
制御中枢だからこそ、誰も入らないように厳命されている、とかかしら。
さっきのカードもごく一部の人しか持たされてないのかも。
だとしても用心しつつ、制御端末に少しずつ近づいていく。
……特になにも起きないわね。
おっかなびっくり近づいて、とうとう端末の前へ。
「チヒロ、これからどういたしますの?」
「少々お待ちください。メモを出しますので。お二方、こちらお願いいたします」
気絶したアイツがテュケさんクラさんに雑にパスされる。
放り投げられるような形で。
「わっ、わ、わぁっ」
「お、落とさないように落とさないように、ですのっ」
……そういえば、もともとチヒロってアイツを暗殺しに来たんだったわよね。
まだちょっぴり恨んでるカンジかしら。
テュケさんクラさんが落とさないって信頼しているからこそ、の行動でしょうけども。
「……なるほど。お嬢さま、まず画面に手を置くようです。それで生体認証が通るようですね」
「画面……、これ、でしょうか?」
マドみたいな部分よね、きっと。
さっきから青緑のモヤモヤが映ってるところ。
手のひらを置いてみると、ブゥンっ、って音がして映し出されてる光景が切り替わった。
「ビっ、ビックリしましたわ!」
「そこからは音声認識で進むとのことです。こちらに書かれた言葉を画面にむかっておっしゃってください」
チヒロからメモを手渡された。
爺やの取ってきた情報から、さらに要点をわかりやすくまとめてくれているメモだわ。
本当に優秀なメイドね。
関心しつつ、指し示された部分に目を通す。
よぉし、コレを口に出せば全部が終わるのね。
少しだけ深呼吸して、気持ちを落ち着かせてから……。
「――管理者権限において命ずる。アルムシュタルクの攻撃、移動に関する全機能を永久凍結せよ」
ブゥゥゥ――、ン……。
……言葉を口にしたとたん、球体から何かが停止するような音が聞こえた。
成功、なのかしら。
これでもうこの城、動けなくなった?
物騒な砲撃とかできなくなった?
「……えと、これで終わったのかしら。よくわからないのだけれど」
「私にもわかりませんが、おそらく成功かと」
「おそらく、なのですわね。なんだかスッキリしませんわ……」
なんの盛り上がりもなく、成功したかどうかもハッキリわからないなんてモヤモヤするわね。
この場にエイツさんがいれば、成功か失敗かすぐにわかるのに。
「……いっそのこと、ソイツを起こして聞いてみましょうか」
ずっと気絶してるもうひとりのわたし。
この状況を見せれば、コイツなら判別できるでしょう。
怒って騒ぎだしたらまた気絶させればいいんだし。
「レディの眠りを妨げるなんざぁ、いけないことだぜぇ?」
「……っ!?」
この声……!
その場にいる全員が入り口の方へ、体ごと向きなおる。
「いやはや、素晴らしい。本当に、遺伝子や細胞レベルでおなじ人間なんだねぇ。疑っていたわけじゃぁないが、これで立証できたってわけだ」
パチパチパチ、と拍手をしながらゆっくりとこちらに歩いてくる、アイツは間違いない。
ドクトル――マシャード・ホルダーム……!