80 自分じゃ自分は見えませんわ!
テュケさんクラさんの涙ながらの訴え。
きっと貴族としてでも主従としてでもない、昔馴染みの友人としての言葉に、アイツの瞳が揺れる。
「わたくしたち、本当のソルナ様を見ようとしていませんでしたの……」
「ごめんなさい、ソルナ様……。本当にごめんなさい……」
「……本当の私。あなたたちに、それがわかるというの? 私にすらわからないのにわかるとでも?」
「ソルナ様……?」
「わからない……、わからないのよ……。アレが目の前に現れてから、なにもわからないのッ!!」
わたしのことをビシッと指さして、アイツが叫ぶ。
「ねぇ、私って誰? ずっと考えないようにしてた。国を立ち上げる大事な時期だからって、ずっと目を逸らしてた! 自分からも、セバスからもッ!」
肩をふるわせるソルナペティ。
瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれていく。
「自分がわからないから、そんな自分に仕えるセバスのこともわからなくなって、遠ざけて……。そうしたらセバスが死んで、もう謝ることもできなくなって……。もうなにもわからない……。私って誰? 私ってなんなのよ……っ」
「――そんなの、誰にもわかりませんわ」
いま、やっと実感した。
アイツの悩み、わたしとおなじだわ。
「……アンタ、なにを……ッ!」
「自分が誰なのか、本当の自分がなんなのか、自分でわかる人間なんて、きっとこの世に一人もいませんわよ」
だったらアイツのこと、わかってあげられるんじゃないかしら。
救ってやれるんじゃないかしら。
「なにが言いたいの……!? そんな教会の説教みたいなこと、わかった風に言わないで!」
「……質問よ。アンタと出会う前の、こっちのわたしがホンモノのわたしなのか。――それとも、お嬢さまとしてふるまうこちらのわたくしがホンモノなのかしら。あなた、どちらだと思います?」
「知るわけないじゃない! なんなのよ、いったい……」
「そうよね、わからないわよね。けどわたし、知ってるんだ。……ううん、アイシャに教えてもらったの。どっちのわたしも、本当のわたしなんだって」
「……どういうこと?」
「アンタのマネをしてるだけだと思ってた、わたしの演じるソルナペティね。アンタを知ってるアイシャからしたらちっとも似てなかったって。わたしのお嬢さまは、アンタのコピーなんかじゃない。わたしにしかなれないお嬢さまだったの。それに気づかせてくれたのがアイシャだった」
もしもアイシャがいなかったら、きっとわたしはまだコイツとおなじ悩みをかかえてうずくまっていた。
あの子に出会えたことに感謝だわね。
ありがとう、アイシャ。
「この世でわたしにしかなれない『わたくし』を、アイシャは好きになってくださいましたわ。アイシャにとって、わたくしこそが『本当のわたし』でしたの」
「本当の――」
「……そんなもんなんじゃないかしら。誰も自分じゃ、ホントの自分なんてわからない。自分以外の誰かの方が、案外知ってるモンなんだって思うのよ」
アイツの涙が、体の震えがいつの間にか止まってた。
わたしの言葉、ちゃんとアイツの心に届いているのかな。
「……なら、本当の私を誰かが知っているというの?」
「きっとたくさんいると思うわよ。……ホラ、そこのふたりだって」
テュケさんクラさんが、わたしの言葉にうなずいた。
「あなたたちなら、わかるというの……? このわたくしにもわからない答えを、知っていると?」
「はいですの。わたくしがよく知るソルナ様は、とても気位の高い気難しい方ですの。すぐキレますの」
「基本的に上から目線で、他人を使い倒すことにまったく躊躇がありませんわぁ」
悪口言われてる?
アイツいま悪口言われてる?
「……けれど、自分の目標や信念に忠実で、とても誇り高い方ですの」
「つねに前を――わたくしたちには霞んで見えないはるか前方を見据えて歩き続ける、そんなお方なのですわぁ」
「ビックリするぐらい前向きですのっ。未来への前進ですわ――ッ、って肩で風切り歩く姿、あこがれましたの」
「……そう。それが、あなたたちの知る『本当のわたくし』……」
……やっぱりアイツ、ちゃんと慕われてたのね。
ちょっと人を人とも思わないところがあるし、目的を達成するためなら犠牲が出ても関係ないってカンジのイヤなヤツだけど、いいところだって少しはあるんだわ。
「……そう、そうですのね。よくわかりました。いいえ、思い出しましたわ」
うつむいていた顔をあげる『ソルナペティ』。
はじめて出会ったときとおなじ、自信に満ちた表情で、手を口元45度にそえて高らかに笑う。
「お――っほっほっほっほっほっ!! そう、わたくしが、わたくしこそがソルナペティ=フォン=ミストゥルーデ! 貴族のいない世を作ることこそ、わたくしの使命なのですわッ!!」
おぉ、完全に復活した。
敵に塩を送るようなカンジになっちゃったけど、落ち込んでへこんで抜け殻みたいになったアイツを連れ帰っても、わたしの両親は喜ばないものね。
これでよかった……のかな?
「テューケット、クラナカール! このわたくしの輝かしい未来のために、まずはそこの侵入者をひっ捕らえなさいッ」
「えっ?」
「はい?」
「わたくしはそのあいだに、ドクトルに連絡を入れますわッ! 本国にもどったクシュリナードにも連絡して、ナメたマネをしてくれた王国に思い知らせてや」
「それダメですのっ!」
「ごめんなさいですわぁ!」
ゴッ……!
「りま゛っ」
アイツがふところから何やら四角くて平たい装置を取り出した瞬間、テュケさんクラさんに頭をブン殴られた。
あえなく気絶して、床にぶっ倒れるソルナペティ。
……気絶、だわよね?
うっかり力加減間違えて、死んだりしてないわよね?
「ぁ……、ぅう……、ぜん、しん……、みら……への……っ」
「よ、よかった、生きてますわ……」
「殺してませんのっ!」
「ちゃんと手加減しましたわぁ!」