08 みんなの視線が冷たいですわ!
王立ルクイエ貴族学校は三年制の学校。
貴族の子どもなら基本的に入学が必須で、寮もあるけどほとんどの生徒が王都にある屋敷から通っている。
それぞれの家の当主たちは領地にいる場合と王都にいる場合が半々で、わたしが演じるソルナペティ嬢のご両親は、今はミストゥルーデ領の本拠地にいる。
将来の国政をになう若者たちの育成に力を入れている、と言えば聞こえはいい。
けれどぶっちゃけ、王家のおひざ元に各地の貴族の大事な子どもを集めて、まとめて人質にしている、とも言えるわよね。
反乱なんて起こす気が湧かないように。
そんな邪推、口が裂けても言えないけれど、みんなそう思っていることだろう。
さておき、建前上は大事な大事な貴族の子どもたちをあずかっているアカデミー。
校内で暗殺されてしまいました、なんてことが起きたら大変なことになる。
というわけで今現在、校内のあちこちに警備兵や騎士がうろついて、目を光らせています。
ほら、今もこうして廊下を歩いていると、いかつい騎士さんがすれ違いざま、わたしをジロリとひとにらみ。
(な、なんだか落ち着かないわね)
悪いことしたわけじゃないのに居心地が悪い。
狙われている当の本人だからかな、どこに行っても誰かの視線を感じます。
(早いとこ教室に入っちゃおう)
なんてったってクラスのみんな、『わたくし』と目を合わせてくれないからね~。
視線を気にする必要もナシ!
……わたしの責任じゃないんだけど、言ってて悲しいわね。
ガラリとドアをあけて教室に入ると、案の定。
一瞬だけわたしの方を見たみんなが、すぐに視線を外してしまった。
どうしてこんなに嫌われてるのか、爺やさんにもらったソルナペティ情報に入っていないのよね。
誰かに理由を聞く、ってのも気まずいし……。
「ソルナ様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。今日もお美しいですわぁ」
歓迎してくれるの、テューケットさんとクラナカールさんだけですよ。
おふたりのお優しさ、身に沁みますわぁ……。
「おふたりとも、ごきげんよう。わたくしが美しいなど当然ですが、お二方もなかなかですわよっ!」
「まぁ、お上手ですわぁ」
「ソルナ様にお褒めの言葉をいただくだなんて、光栄ですの……」
褒め返したらとっても喜んでいただけた。
……むしろどうして、この二人にだけこんなに慕われているのかしら。
こっちの情報も、もらっていないのよね。
このふたりとの馴れ初めをわたしは知らない。
知っているのは二人が下級貴族の出身だということと、ソルナペティ嬢の取り巻きをしていることだけ。
影武者には不要な情報だって判断されているのかな。
(爺やさんなら知ってるかしら)
聞けば教えてくれるかも。
影武者生活に必要だって言えば、なおのこと。
クラスじゅうから嫌われてる理由もふくめて、あとで聞いちゃおっか。
……というわけで、放課後。
ひとりで中庭に出て、他の生徒と離れたところで指を鳴らす。
「爺や、おいでなさい」
シュンッ……!
「ははっ、お嬢様。わたくしめはここに」
相変わらず風のように、どこからともなく参上しますね。
そろそろ驚かなくなりました。
「じつは爺やに確認したいことがございますの」
「なんなりとお申し付けくださいませ」
「テューケットさんとクラナカールさん、どうしてわたくしに良くしてくださるのかしら」
「……ふむ。お嬢様にお仕えする以前より、お二方とは仲がよろしかったようですが。それ以上は何とも」
「あら、爺やでもご存じないと」
たしかに情報では、ソルナペティとあのふたりは幼なじみだったみたい。
当のふたりからそれとなーく聞き出せないかしら。
「お力になれず申し訳ございません」
「結構。じゅうぶんですわ」
爺やさん、本当によく尽くしてくれてるもの。
本当のご主人さまじゃないのにね。
「ではもうひとつ。わたくしがクラスメイトに避けられている理由、知っていて?」
「そちらであれば、しかと把握しております。――お嬢様、右一列前の席が常に空席であることにお気づきでしょうか」
そういえば……?
思い起こすと、ずっと誰も座っていませんわね、あの席。
「あの席に座っていた生徒は、お嬢様のとある行動が原因で不登校となってしまわれました。ゆえに皆、お嬢様にあのような態度を取っているものと思われます」
「そんなことが……」
そりゃ嫌われるわ、『わたくし』。
悪役令嬢呼ばわりされますわ。
「その生徒は貴族ではなく豪商の息子。たしか、エイツ様と申しましたか」
「いま、どちらに? 実家に戻られたのかしら」
「いいえ。アカデミーに学籍を置いたまま、寮の自室で過ごしておられます」
「で、『わたくし』いったいなにをやらかしたのかしら?」
「エイツ様の家ですが、もともとミストゥルーデ家御用達の商人でしてな。あるとき、お嬢様の一声がかかり――」
「……打ち切りましたの? 取引を?」
「いかにも。御三家の御用達を外された屈辱に、エイツ様は教室にて大勢が見つめる中お嬢様に詰め寄り、逆にお嬢様にこれ以上ないほどこっぴどくののしられこき下ろされたのでございます」
そ、それは来られなくなりますよ。
いろんな意味で折れちゃいますって。
「これは……。エイツさんからかなりの恨みを買っていますわね、わたくし」
「まさに」
「暗殺との関係、ありやなしや?」
「可能性はゼロとは言い切れませぬな」
「ですわよね」
エイツさんが暗殺者を雇った黒幕、かもしれない。
そうでなくても教室に入るたびにみなさんから冷たい目をむけられるの、そろそろ耐えられなくなってきましたし。
それに――。
『お姉さま、クラスの皆さまに嫌われてますのぉ? ぷぷぷっ、ざっこ♪』
それに、友だちたくさん作ってシーリン嬢をわからせたい気持ちもありますし。
「わかりましたわ。いったん、エイツさんに会いに――」
「見つけたわ、ソルナペティ=フォン=ミストゥルーデッ!」
おっと。
この高らかなフルネーム呼び、あの人の登場ですか。
視線をむければやっぱりでした。
青みがかった白髪をなびかせ、キレイなお顔をムスっとさせたアイシャベーテ嬢の登場です。
「あーらアイシャさん。わたくしに、このわたくしにわざわざっ、会いにいらしてくださったのかしらっ!?」
「だ、だれがわざわざアンタなんかに好き好んでっ!」
「なんか、ですのね……」
相変わらずしっかり嫌われてますね。
この子とは少しでも関係性を良くしていきたい、仲良くなりたいと思ってるのに。
おもに決闘で命を取られないために。
「たまたま見かけたから、たまたま声をかけただけ。そう、たまたま。ただの気まぐれよっ」
「そ、そうですのね……」
「で、あなた、これからなにか用事でもあるの? ないのだったらお茶っ、その、ふたりで、ごにょごにょ……」
「ありますわ。エイツさんに会いに寮まで行こうかと」
「エ、エイツ……? 誰よそれ」
「豪商のご子息ですわ。わたくしの家の御用達でしたの。どうしても一度話がしてみたくて」
「どうしても……っ!? そ……って、わた……とのお茶会……り優先……」
「……?」
なんでしょう、うつむいてブツブツつぶやいていますわね。
声が小さくてよく聞き取れません。
「……行くわ」
「はい?」
「私もついていくって言ってるの。断るだなんて言わせない」
「え、えぇ……?」
どうしてですのぉ……?
何がなんだかわけがわからないまま、アイシャさんと一緒に行くことが決まってしまいましたわぁ……。